第4話 生きる価値なし
二時限目の授業が始まってすぐに勢いよく扉が開けられて生活指導担当の教師、中村が入ってきた。がっしりとした体格の男性体育教師だ。肩を怒らせてまっすぐ俺の元にやってくると、大声で怒鳴った。
「貴様あんなことしていいと思っているのか!」
教室全体が震えるほどの大声だ。初手でそれとか調節機能バグってんのか。叱るんじゃなくて相手を威圧してやろうという魂胆がバレバレだ。その時点で教師失格だ。それに俺は何も悪いことをしていない。
「あんなことって、いじめられたから復讐しただけだが」
堂々と答える。
「ふざけているのか? 先生に向かってなんだその口の聞き方は!」
中村が怒鳴る。今そこを気にするのかと驚きだ。なんと器が小さいのだろう。
「言葉遣いとかどうでもいいことは気にするんだな。いじめは放置するくせに」
きっと器が小さいから、いじめ問題は入らないんだろう。だから見て見ぬふりをする。情けない奴だ。鼻で笑う。すると中村は激昂する。
「貴様ァ!!」
怒り狂った中村におもいっきり顔面を殴り飛ばされる。机を吹っ飛ばし、ロッカーに叩きつけられる。
「先生が暴力振るっていいのか?」
「これは指導だ!」
何が指導だ、ふざけやがって。俺は立ち上がる。
「指導なら暴力振るっていいんだな。なら俺も指導してやるよ。いじめは放置するくせに被害者には体罰するような糞教師になあ!」
おもいっきり糞教師のみぞおちに横蹴りを突き刺す。足がめり込み、糞教師は一直線に吹っ飛ぶ。そして黒板にぶつかり、前のめりにバタンと倒れる。意識を失い、口からは血を吐いている。
クラスメイトは動揺してざわざわする。しかし怖いのか誰も文句は言ってこない。授業をしていた女教師も黙ったまま動かない。
「先生授業を進めてください」
「は、はい」
俺が何事もなかったかのように言うと、先生はビクッと肩を震わして頷き、倒れている体育教師を無視して授業を再開した。
そして授業が終わると逃げるように退出していった。そしてすぐに男性教師を一人連れて帰ってきた。
「奈佐、着いてきなさい」
堅物眼鏡の男性教師に従い教室を出る。女性教師はそのまま教室に残った。気絶した奴の介抱でもやるのだろう。
校長室に着いた。堅物眼鏡は「入れ」とだけ言って去っていく。介抱を手伝うのかもしれない。
中には三人の教師がいた。浅黒い肌にいがぐり頭の校長とキツネのような教頭、見るからに高飛車そうな女性教師だ。
「退学だ」
校長が開口一番言った。まあそりゃそうか。退学になること自体はしょうがない。だが確認することがある。
「田辺たちや中村先生も処分されるんですか?」
「なぜ彼らを?」
「俺をいじめて暴力を振るった」
「そんな事実はない」
校長が堂々とのたまう。今すぐに殴り飛ばしてやろうか。腸を煮えくり返していると、扉が開いて人が入ってきた。
「待ってください! 退学はやりすぎです!」
委員長だった。お得意の正義感を発揮して着いてきたのだろう。何の役にも立たない正義感を発揮して。もしくはさっき俺にいじめを放置していたことを咎められて罪悪感を覚えたのだろう。
だがやりすぎとはどういうことだ。まるで俺にも悪いとこがあるみたいだ。そういう上から目線がムカつく。
「君は?」
「クラスメイトです。奈佐君はいじめられていました。いきなり退学はひどいと思います」
「やけに庇うな。もしかして共犯か? なら君も退学だ」
「え!?」
委員長は急に脅されて狼狽える。俺たちの判断に文句をつけるな、口答えするならお前も退学にするぞ、と脅しているのだ。なんて糞な教師だろう。だが俺は乗ることにした。
「そうです。僕は
両手で顔を覆う。
「えっ!?」
委員長が驚いてこっちに振り向く。なんで庇った私が刺されるの!? とでも思っているのだろう。だがいじめを放置していた奴に今さら善人ぶられてもムカつくだけだ。教師共もムカつくが八重坂もムカつくのだ。だからとりあえず巻き込んで困らせることにした。
「嘘をつくな、クズめ」
校長が俺を蔑んだ目で見てくる。チッ。俺は嘘泣きをやめて、顔を上げる。
「嘘をついたのはお前だろ、クズ」
委員長が関係ないことを知っていた上で脅したと堂々と認めたのだ。正真正銘、嘘つきのクズだ。
「とにかく教室に戻りなさい」
「でも……!」
「退学になりたいと?」
「ッ……すみません……」
校長に睨まれた委員長は逡巡したが、やがて俯きながら校長室を出た。
はあ、何しに来たんだか。まあ、臆病なんだろう。だから怒られたり嫌われたりしたくなくて優等生を演じる。殴られたくないからいじめは見て見ぬふり。でも罪悪感を負いたくないから心配するふりをする。今も俺に責められて罪悪感を覚えたから来ただけ。でも退学にはなりたくないから引き下がる。姑息で滑稽な臆病者だ。
「君も帰っていいぞ」
校長が興味なさげに言う。
「まだ話し合いは終わってねえだろ」
「最初から話し合いなどしていない。通告しただけだ」
「いいのか? いじめを放置していたこと世間にバラすぞ」
すると教頭が細い目をさらに細めて笑った。
「やればいい。だが暴行するような奴の言うことを誰が信じる? 嘘つき呼ばわりされるだけだ。それだけじゃない。お前の両親は犯罪者の親としてバッシングされるだろう。父は会社を首になり、母はノイローゼになって自殺だ」
教頭は口の端を醜く吊り上げる。それは反撃してこないと分かっている者を安全な立場から一方的に見下し、嘲笑することに愉悦を感じている笑みだ。他の二人も同じように顔を歪めている。
「冴えない中卒として平穏な人生を送るか、親に迷惑を掛けながら犯罪者として惨めな一生を送るか、好きな方を選べ」
思わず言葉を失う。人間の言葉とは思えなかった。屑やろうが……! あまりの衝撃に怒りが遅れて沸き起こる。こいつらは生きてちゃいけない人間だと確信する。
だがこいつの言葉は事実だ。無視できない。母は泣き崩れるだろう。両親に迷惑を掛けてしまう。
でも、じゃあどうすればいい? この屑共におとなしく従えばいいのか? いじめられていた頃と同じように耐えればいいのか?
拳を握り締めながら考える。その沈黙を自分たちに従う意思表示だと捉えたのか、三人の醜い笑みはさらに深まる。その笑みを見て覚悟が決まる。
絶対にこんな奴らを生かしておいてはいけない。皆殺しだ。
立ち上がり、手刀を振るう。校長の首が飛び、宙を舞う。残り二人は突然の血が飛び散る凄惨な光景に硬直する。その硬直した教頭のみぞおちを貫手で貫く。
「ぽひゅぅ」
間抜けな声と共に、血を背と腹から滝のように溢れさせ、教頭は床に倒れた。俺は残りの女性教師の方を向く。
「ま、待って! 待って! 私は何もしてないわ!」
俺に睨まれて我に返った女性教師が必死に顔を歪めて懇願してくる。だが今さらもう遅い。人の話を聞かない奴が聞いてもらえると思うなよ。
俺は無視して女性教師の胸に前蹴りを突き刺す。足が貫通すると同時に背中の血肉が吹き飛び、校長室の壁に叩きつけられる。女性教師は胸に大穴を開け、白目を剥いて崩れ落ちた。
三人の死体から血がドクドクと溢れだし、校長室はさながら血のプールのようになる。
「ふぅ」
俺は凄惨な光景に動揺することもなく、ソファに座って一息吐く。
「ひっ」
入口の方から小さな悲鳴が上がった。見てみると委員長が尻餅をついていた。たぶん部屋を出たはいいけど、このまま帰るのも罪悪感を感じて扉の側で聞き耳を立てていたのだろう。そうしている内に俺が三人を殺した。悲鳴が聞こえていたはずだが、恐ろしくて入ってこれなかったのだろう。だから全部終わって静かになってから入ってきた。
「お前はいつも遅いな」
鼻で笑う。だが委員長は返事をしない。まるで化物でも見るかのような目で俺を見ていた。そして転げるように逃げ出した。失礼な奴だ。
だが、どっちが化物だろうか。いじめを平気でしたり、見逃したりする奴とそれに復讐しただけの奴。おかしいのは前者じゃないだろうか。
もちろん親には申し訳ないと思う。でも間違ったことをしたわけじゃない。
だから後悔はしない。
「もしもし、警察ですか?」
俺は清々しい気持ちで自首した。
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