第51話「テストプレイ用装備誤配布事件」
「これは……ここまで酷いのは初めてだな……」
俺は思わず独り言をいわずにはいられなかった。俺のギルドの倉庫には伝説系と呼ばれる最強装備が人数分入っている。もちろん心優しいギルメンが共有倉庫に寄付してくれたわけではない、それはアイテムについているメタデータの『debug.rod』や『debug.knife』などの文字列から分かる。
「すごいものが入ってますねえ……これは善意の第三者の仕業に違いないですね」
「フォーレ、どう考えても誤配布なのは分かるだろうが! そんなもん使ってたらペナルティ食らうぞ! 素直にロールバックを待っとけ」
こんなもの絶対ロールバック案件だ。伝説系の武器は獲得のために気の遠くなるような量のアダマンタイトを集め、それを最大進化するには大量の金剛砥石とある程度の課金を必要とする。それが最大覚醒で全種配布されている、明らかなバグだ。
「本番環境でデバッグしたのね、担当者の胃に穴が開きそうだわ」
マクスウェルは思うところがあるのかしみじみとそう言った。さすがにそれを手に取る気は無いようで、フォーレ以外は装備に触ろうともしていなかった。それが普通のことではあるのだが、常識のあるメンバーで本当によかったと思う。
「debugなんて文字が入ってなけりゃ自分の物にしたんだがなあ……」
ファラデーは割と欲望に忠実そうだ。それでも明らかな誤配布に手を出すほどの度胸は無いらしい。
「私は事務処理道具があれば貰っておいたんだけどね……戦闘系ばかりじゃない」
ヴィルトは冷たい声でそう言う。実用主義者は自分に用の無いものはとことん興味が無いらしい。
「私にはオーバースペックですね。ちょうどよかったら気がつかずに貰っちゃって高もしれません、メタデータとか確認しませんから」
メアリーは自分の実力に合うものが無かったらしい。なんだかんだで結局誰一人手を出そうとしない平和なものだった。
「さて、何時間でメンテになると思う?」
俺はそう問いかける。現在はメンテ明け一時間。悪質ユーザが大声で詫び石を要求しているとまことしやかな噂が流れている。
まあこれだけやってしまうと詫び石も止む無しだろう。運営もさすがに超えてはいけない一線だと思うぞ。
「天啓が降りるまで何時間かしらね。サーバを電源断で落とすほど運営も無能ではないでしょうけど、多少の整合性は犠牲になるかもしれないわ」
「マクスウェル……お前運営に関わってるのか? 事情通みたいだが」
「歴史的な事情と推測よ」
『プレイヤーの皆様、ただいまより緊急メンテナンスを行います、終了時間は未定です。申し訳ありませんがログアウトをお願いします』
「思ったより早かったわね」
「こんなもんだろ。ここの運営にしては手が早い方だ」
「じゃあね、復旧したらまた会いましょう」
「じゃあね!」
こうして俺たちはログアウトをした。メンテナンスでは誤配布期間の戦闘データのロールバックと詫び石を三十連分ということで落ち着いたのだった。
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