第31話「新ボスの実装」
『本日より新ボス『デッドリードラゴン』を実装しました。皆さん奮って討伐に参加してください』
「そういえばそんな時期だったな……」
「そう言えばじゃないでしょ! 実装日だから戦闘職が集まって対策を練ってるんでしょ」
マクスウェルはそう言い放つ。そういや今日のギルドハウスには人数が多いと思ったんだ。
「新ボスってwikiに傾向と対策が出てから挑めばいいんじゃないか?」
俺は効率を求めるのですぐに出てくるであろう攻略法を待てばいいと思っている。
「ギルマス、空気を読めよ。口火を切る役目の重要さが分からないのか?」
ファラデーも久しぶりにあったような気がするが、とにかく最速攻略を目指しているらしい。おそらく最速は『本物の』廃人が手にするだろうから、最速組くらいを狙っているのだろう。
「私は会計処理でログインしただけなんだけど、なんでこれに参加させられてるの?」
ヴィルトの疑問にマクスウェルが答えた。
「あなた算術師のジョブもそこそこ上げてたでしょ? アイテムの効果底上げが出来たはずよ」
「私に戦闘は無理だと思うんですがね……」
ヴィルトは乗り気でないが、他の皆は勢いで建設的な議論をしている。
「ファラデーはタンクになるべきね、あなた騎士もそこそこ極めてたでしょ?」
「俺は確かに騎士スキルも結構持ってるが、慣れないことはするべきなのか?」
「フィールズがタンクはやればいいんじゃないか? 本職だろ」
「俺はタンクくらいできるが、タンク役一人は分が悪いぞ?」
「モースがタンクやってるでしょ? なんでログインしてないのかしら?」
「アイツは野良で組んでいることが多いからな。一応ギルドの仕事もやってるから席はのことしているけどあてには出禁だろ」
議論は深まっていくものの、船頭多くして船山に上るを地でいくように話が統一されなかった。意見はバラバラであり、中には全員突撃戦法を採ろうと提案する人もいた。
「私はまだレベルが低いので不参加にさせてください」
メアリーがおずおずとそう言う。結局メアリーは戦力外になったのだが、途中でメアリーを肉壁にして多少の時間を稼ごうという、非人道的な意見まで浮かんだことからこの話し合いが恐ろしくなった。
「じゃあメアリーとギルマスは不参加で、残りのメンバーの総力戦ということでいいかしら?」
「ヒーラーが居ないんじゃないか?」
そう、今この場にヒーラーが居ないのだ。回復をどうやってこなすつもりだろうか?
「ヴィルトの算術スキルで回復アイテムの効果を上げられるでしょ、幸いギルドにはたっぷりポーションもあるしね、それに頼ればいいわよ」
「荷が重いですね……」
ヴィルトはそう愚痴るが選択肢はなかった。
「ヒーラーのヴィルトは何が何でも死守、タンクのどちらか一人がつきっきりで守りなさい。私がリーダーでいいわね」
有無を言わせぬマクスウェル。その強引な意志の統一力で方針は決定した。そして蚊帳の外にいるのが一人。
「あのー……私も参加したいんですが」
フォーレがおずおずと手を上げる。そこへ残酷な一言を投げつける。
「フォーレちゃんはレベルとプレイスキルがね……ダメージソースになるのは否定しないけど、守る人数が一人増えるのはちょっとね……」
「そうですか……」
フォーレにはあとでビールの一本でも奢ってやろうかと思った。マクスウェルの発言は冷たいようだが効率的だ。
「じゃあこのメンツでボス部屋へ参加するわよ? 準備はいい?」
「問題無い」
「任せろ」
「やるしかないですね……」
考え方は人それぞれだったが、参加の意志を示したことでボス部屋への道は開かれた。解放条件は現行ストーリークエストをクリア済み、であればボス部屋直結のポータルを開ける。そして参加者達は血気盛んに殴り込みをかけにポータルへ入っていった。
そして俺はフォーレとメアリーと一緒にビールを飲んでいた、俺の奢りだ。ギルドのメンバーのメンタルケアはギルマスの仕事だからな。
「なかなか難しいですねえ……」
「私は参加出来なくてよかったかな……足を引っ張っちゃいそうだし」
「まあ新規実装のボスだし、すぐに結果が出るだろ。たぶん勝てないんじゃないか? wikiが更新されるまで攻略法は無いしな」
「すぐwikiに頼るのは悪いクセだと思うんですがね」
「それは一理あるがな、残念ながらウチ程度のギルドじゃ試行錯誤するほど人材がいないよ、結局こういうのは試行回数だからな」
「そういうもんですか」
諦めたようなフォーレの表情、目の前のビールを飲み干して脳内にデータを送って意識を混濁させた。つまりは現実逃避だ。
その時、ハウスの真ん中にポータルが開いた。どうやら早速負けたようだな。
「いやー! 勝った勝った! まさか勝てるとは思わなかったわ!」
え……? 勝った? 嘘だろ……」
「マクスウェル……勝ったって聞こえたんだが?」
「勝ったわよ、雑魚だったわね」
「いやいや、鳴り物入りで実装されたボスがそんな雑魚なわけないだろう?」
よく見ると参加者は全員微妙な顔をしている。何かあったのか?
「実は、マクスウェル以外は全滅したんだよ……」
ファラデーが重い口を開く。
「え? ギリギリで倒したって事?」
「それがマクスウェルが退避をしていたんだが、ボスの到達不可能地点を見つけてな……安置から一方的に殴って倒したんだ」
ああ、実にこのゲームの運営らしいバグだ。たぶんwikiに乗る前に修正が入るだろうな。
「とにかく勝ったので称号は手に入れたわ! ギルドの名が上がったわね!」
こうして俺のギルドに『終焉の竜を倒せし者』という称号が追加された。箔が付いたなとは思ったのだが、どうしても納得のいかないものがあった。
なお、当然だが翌日のメンテで新ボスの安置は削られるように修正されたのだった。
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