第29話「サイドストーリー・フォーレとマクスウェル」
「それでね、フォーレちゃんには分かんないだろうけどクソ上司がね……」
マクスウェルが愚痴っている。相手はフォーレ、まだ高校生だ。
「マクスちゃんも苦労してるんですねえ……」
「そうなのよ! ホントにあの営業ときたら何の考えもなく言うがままに受注してね……」
「社会人って大変ですねえ……」
フォーレの言葉にマクスウェルは大仰に頷く。
「ホントにね、あの営業の頭に隕石が落ちたらって思ったことは一度や二度じゃないわよ……」
物騒な話になってきた。もちろんマクスウェルは平和主義者だが無謀なクライアントには厳しいものであった。
「マジでアイツらは脳みそが詰まってるのか疑うわよ! そんなものが一人月で出来るわけないでしょっての!」
一人月とは一人が一ヶ月作業して出せる成果である。この場合マクスウェルは明らかに一人では無理な成績を求められている。
「無理ですよねー……分かってない人が多すぎますよ!」
フォーレもいい気になって話を合わせる。人月の意味など知ったことではないがマクスウェルが知っている知識に会わせて会話を進める。
「マジでアイツらには隕石か自然発火現象でも起きないかって思ってるわ、見積もりもクソも無い、受けられると思ったら受けるしかない単細胞の集まりよ!」
「そうですね、営業はそんなものですよねー」
もちろんフォーレは営業のイロハなど知らない、マクスウェルに話を合わせているだけである。
「まったく……アイツらのせいで無理筋の依頼がどれだけ増えてるか……おかげでガチャを引く時間さえ無かったのよ! ひどいと思わない?」
「それはひどい!」
二十四時間限定の無料ガチャのことである。フォーレには深い事情は分からないが無料ガチャが引けないことは万死に値すると思っている。しかもそれがガチャのSSR確定権付なら尚更である。
「でしょう! せっかく運営が珍しく最高レア保証してくれたのにクソ営業のおかげで台なしよ!」
「大変ですねえ……社会に出るのが怖くなります……」
「社会なんて出るもんじゃないわよホントに……」
マクスウェルの愚痴に話を合わせるフォーレ、社会の構造など詳しくはないがガチャのシステムや確率には人一倍敏感だ。
「そうよ、実装側の苦労なんて知ったこっちゃない。そんな連中が営業をやってるのよ……」
フォーレにも多少の理不尽は伝わったのか労るコメントが入る。
「マクスちゃんも苦労してるんですね……私にはまだまだ分かりませんけど無茶振りされてるのは分かりますよ!」
「でしょう! 素人目に見ても無茶振りなのを平然と割り振るのが
マクスウェルの魂の叫びだがフォーレには表面だけしか伝わらなかった。高校生に社会人の悲哀を伝えようというのがそもそも無理な話だった。
「まったく……学生に社会人の制度を教えようなんて無理な話よ……そんな無茶振りされても困るだけだっての……」
「それはそうですね、実際私も社会人のギルド活動事情なんて分かんないですし……」
「フォーレちゃん、社会人じゃ……まあそこ探るのは無粋ね、とにかく分かりっこないものを求めてるのよ、運営はね」
「酷いですねえ……私からすればここで社会人の関係性を求めるのは無茶ってものだと思いますよ! 何しろ時間帯が非社会人限定なんですから!」
「でしょう! こんな時間に社会人限定イベントを組まれてもこまるっての! 私がたまたま有休取ってたからいいようなものの……」
妹のアルコール濃度が丁度薄いところを設定されていたから良いようなものの、時間がずれれば一人でレイドボスに挑まなければならなかったことを考えると肝が冷える。明からに一人で倒すには難易度がきつすぎるボスだった。
「まったく……運営はプレイ層の分析が出来てないんでしょ! じゃなければこんな無謀なボス戦が始まるわけないっての……
マクスウェルもこのボス戦が非現実的な戦闘になる事は承知だったものの、実際に戦闘になると勝てないプレイヤーがほとんどだったのは承知のようだ。
「こんな無謀な戦闘やらせるのは端から無理だって知ってるからでしょ? 真面目に考えたらこんなもん無理だって分かりそうなものよ」
現実的なマクスウウェルの考えが刺さるわけもない、現実的な課金主義だったのを譲歩した妹がそれにのって課金誘導をした。
妹はネトゲの成果を社会的影響まで求めてない、そんな当たり前のことがここでは違ったようだ。
マクスウェルに取っては些細な問題らしく解答を返していた。
「まあ運営が無謀なクエストを出すのは今回が始めじゃないですからね……」
「それもそうね……胸クソの悪い話だけれど期待のしすぎはやめるべきなのかもね」
「今回は無事にこなせましたけど無理そうならギルドの皆さんに頼るのもいいんじゃ無いですか?」
フォーレは妥当な提案をする、しかしマクスウェルはそれを渋るようだ。
「私の会社の営業のしわ寄せをギルドの皆に押しつけるのもね……フォーレちゃんとかだと気軽に頼めるんだけどね……」
「もっと気楽に頼んだ方が良いですよ、一人で出来ることには限界がありますから」
「それであなたもギルマスを頼っているの?」
マクスウェルはフォーレのギルマス依存を知っている。兄妹なのだから助け合いは当然とは言えギルド内ではそれを知らない以上依存関係と思われるかもしれない。
「まあギルマスは人が良いですからね。マクスちゃんも頼んでみたら案外簡単に協力してくれると思いますよ?」
「あまりそういった方法には頼りたくないのだけれど……まあ急ぎで必須のクエストには頼んでみることにするわ」
「それが良いですよ! ギルマスは怖くないですから」
「あなたとギルマスの関係が気になるけれど……それは余計な詮索なんでしょうね。ギルマスにそこまでの信頼は置けないけれど……」
「もう少し人を信じてみませんか?」
「ええ、ギルマスを信頼しているあなたのことは信用するわ。たまにはギルマスに頼ってみるわよ」
こうしてギルマスの仕事が一つ増えた。それは決して悪いことではなく、手間の代わりにギルドの結束が一段固くなったのだった。
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