第2話
先日あの不思議な空間で他の住人と出会ってから三週間が経っていた。頻繁に来ることのできる場所ではないらしい。どういうきっかけでこの空間に来ることができるのかわからない。
今日はたまたまこの場所に来ていた。
リビングには誰もいなかった。今この瞬間誰かが外にいるかもしれないしいないかもしれない。外へ出て確認することもできるが条件がわからない以上今出るべきではないだろう。
ということは各自部屋にでもいるのだろう。
しかし、誰の部屋に行くべきか。これは非常に難しい選択だ。
普通はまず男同士である賢哉のところに行き仲良くなるが生憎と一番外出の可能性が高く苦手なタイプだと感じている。あのちょっとウザいノリ。
次にみなみ。一番仲良くしている気がする。偏見だがあの性格だと暇なときはリビングに居そう。でも今日はいない。これも外出している可能性がある。
最後に亜耶。引きこもりがちという情報から部屋にいることはほぼ確実だろう。だが、彼女は比較的とっつきにくいイメージがある。あくまでイメージなので実際は違うかもしれない。そう考えると少し希望がある。
俺は亜耶の部屋に行くことに決めた。亜耶の部屋は二階の一番奥の部屋らしい。俺の部屋の隣の隣だった。亜耶の部屋に行く途中にある俺と亜耶の間の部屋。ここがみなみの部屋だったらしい。“みなみ”と書かれたプレートがぶら下がっていた。っていうかなんで俺の部屋ここなの?二階には三部屋しかないので仕方がなかったのかもしれないが。賢哉の部屋はどこにあるのか気にはなったがしばらくはどうでもいいので頭の中から追い出した。
気を取り直して、亜耶の部屋のドアをノックした。しかし、返事はなかった。だが、電気の明かりがドアの隙間から漏れていることに気づいた。
おそるおそるドアを開け、覗くとヘッドホンをしてパソコンに向かって指を動かす亜耶の姿があった。彼女はこっちの存在に気づいてないようで淡々と指を動かしていた。左手はキーボードを、右手はマウスをひたすら動かしていた。
部屋に至っては女の子らしいものは控えめでベッドの方に少しぬいぐるみが置いてある程度。
彼女が何をしてるのか気になって、パソコンの画面を覗き込んだ。すると彼女はいわゆるFPSをやっていた。非常に滑らかな動作でドンドンと敵を
「あら、いたの」
なんの動揺もせず、冷静にそう言って来た。普通はびっくりしたとかなんとか反応するもの。だが彼女は違った。
「勝手に入って悪い。FPS上手いんだな」
「ずっとやってるもの。たまにホラーゲームもやるわよ」
「へ、へぇー。ホラーね……」
俺はホラーが苦手だ。別に幽霊とか信じてるわけではないんだけど、あいつら脅かしてくるだろ?あれが無理。
「崇くんはゲームとかしないの?」
「俺はアドベンチャーゲームとかしかやんないなー。友達とかいないし。ここの住人なら俺のやってることとかなんでも知ってんじゃないのかよ」
「私は一日中ゲームに集中してるから外のことなんて知らない。たまにみなみと賢哉くんがはなしてるのを聞いてるくらい」
なんでも知ってるわけではないらしい。
「で、何しにきたの?」
当然、そのことを訊いてきた。まるでゲームするのに邪魔だからさっさと出ていけと言わんばかりに。
「いや、気づいたらここにいて……。リビングに誰も居なかったから誰かの部屋に行って親睦を深めようと……」
ちらっと亜耶を見ると少し……いや気のせいだろう。
このちょっとクールそうな彼女が嬉しそうだったなんて。
「それで、確実に部屋にいる私のところへ来たと」
「迷惑か?」
「そんなことないわよ。あなたに何かあったからここにいるんでしょうし」
そうだったのか。でもその何かがわからない。靄がかかっているようなそんな感じだ。
この機会だ。どうせなら訊きたいこと訊くか。
「あのさ。ここでも現実の様子観れるんだよな?どうやって観るんだ?」
まず、これを訊いた。理由は今俺の体がどうなっているのか気になったからだ。
「それはリビングにスクリーンがあってね。そこで観れるの」
え?そんなのは見たことがない。一体リビングのどこにあるのやら。
「あーでも、あんまり観れないと思うわよ?」
「え、なんで?」
観れない。そんなことがあるのか。俺の体なのに。
「それはね。私たちはあなたに観せるかどうか決めることができるの。つまり、あなたに外の世界の出来事を観せないことができるのよ」
なんでそんなことになってるのかと思いながら頷き続きを促した。
「理由は主にあなたの負担を減らすためね。賢哉くんはいつも観れないようにしてる。私は外に出ないし。みなみはみんなに知ってもらいたい子だから観れると思うけど滅多に出れない」
とまあこの話はこんな感じ。他の質問も丁寧に亜耶は教えてくれた。ある程度この空間に詳しくなったと言ってもいいほどに。
まとめると、この世界は俺の精神世界で現実で何かあるとここに来る。外に出られるのは一人だけ。それ以外の人は見えない壁に阻まれる。現実はリビングのスクリーンで観ることができるが俺以外は操作権を持ってる。ここの住人である彼女らはそれぞれ俺の一部だったが分れたあと記憶の共有はできないしそれぞれ自分の役割がある。それは本人たちにしかわからないらしい。亜耶の役割はまだ教えられないとのことでおあずけ。
俺たちはその後二人でゲームをすることになった。パソコンの画面に映して。
最初にやったのはみんなが知っている人気のレースゲーム。この空間で他のプレーヤーが参加できるはずもなく二人しかいない。そう二人しか。普通はNPCがいるがここにはいない。亜耶曰く、NPC作るのがめんどくさいとのこと。それにNPCは五人までしか作ってないらしい。だから、残り十人分埋めるのは無理。
勝負の結果はもちろん惨敗。二位と表示されてはいるが一周遅れとかいう差で負けている。何も惜しくはなかった。
気を取り直して、次のゲームをした。今度は人気のある格闘ゲームになった。もちろん一対一。全五回戦で勝負。俺は使い慣れた好きなキャラを選択し、亜耶は強そうな大柄な男を選んだ。彼女は格闘ゲームをやったことがないのか一回戦は操作確認を中心にしていた。そのおかげか今度は勝つことができた。まずは一勝。手加減なんてもんは知らない。こっちは先ほどこっぴどくやられたのだから。
「格闘ゲームするのはじめてか?」
俺は少し煽りを込めて亜耶に言った。
「ええ。でも、もう大丈夫よ。覚えたから。本気で行くわ」
どうやら、本当にはじめてだったらしい。
二回戦が始まるとキャラの動作の雰囲気や隣の人の雰囲気の違いに俺は気づいた。これが彼女の本気のときに出る雰囲気のようだ。
煽ったのがさらに火の勢いを強めた気がする。正直やばい。
亜耶の行動パターンが全く読めなかった俺は亜耶にこてんぱんにやられた。それどころか俺の行動パターンを完全に予測していたように思える。というかそうじゃないと説明がつかない。完璧な立ち回りをしていた。
最終的な五回戦勝負の結果はご存じの通り、一対四で俺の負け。
俺はこのゲームでは決して弱いというわけではないのだ。そこそこ勝ってきている。だが、それ以上に彼女が強すぎた。プロ並みに。このゲームにプロがいるのかは知らないが。
ゲームの天才というのは彼女のことをいうのかもしれない。そう思った。思ってしまって、気づいた。
亜耶たちは俺から分かれた存在。すなわち、以前俺が持っていたもの。
いや、まだ断言はできない。俺から分かれた後に発現したのかもしれない。
どっちにしろ、俺にその才能の種を持っていたことは確かだ。
そう考えて、考えて、目が覚めた。
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