これは夢だったのかもしれない

まれ

第1話 

 これは夢だったのかもしれない。今でもそう思う。




 ある日、家に見知らぬ女が二人とこれまた見知らぬ男が一人いた。

「もうおそいよ~」

 茶髪のゆるふわ系の女が俺に話かけてきた。意味が分からず、戸惑っていると残りの二人も会話に入ってきた。

「おせーぞ崇!もう昼だぜ?」

 言われて時計を見た。確かに12時を過ぎていてそろそろ昼ご飯の準備をする頃だった。

「もう、みんなそんな責めないの。寝ぼけてるだけだって。おはよう、崇くん」

「お、おはよう」

 一応挨拶は返しておいた。だが、依然として誰一人わからない。挨拶をしてきた女は黒髪のロングで優しそうな印象を受けた。

 それにみんな俺の名前をなぜか知っていた。この状況はなんというか不思議ではあったが、同時に心の落ち着く感じがした。まるでいつもこの人たちといるようなそんな気が。

 ふと気になって、冷蔵庫に張られた紙を見た。それは料理当番と掃除当番の割り振り表だった。すぐに自分のスマートフォンで日付を確認した。今日の日付は7月の23日。そして、当番は昼ご飯担当だった。当番はここにいる4人で回しているみたいだった。だから、毎日朝、昼、夜、掃除と割り振られている。用事等で変更することはあるだろうが、基本的にはこの通りみたいだ。

 当番表に書かれた名前と彼女らの会話の呼称から最初に話しかけてきた茶髪の女が みなみ、優しそうな黒髪の女が亜耶、正直うざそうな男が賢哉ということがわかった。

 


 そんなこんなで名前と顔が一致させていると昼ご飯ができた。冷蔵庫にあるもので簡単にできるもの。そして白ご飯が余っていた。これはもうチャーハンしかないっ!と思い、チャーハンにした。至ってシンプルな見た目と味付けにしておいた。もちろんそのままでも美味しく、味変もオッケーな最高のチャーハンだ。

「ん~~。おいし~。さすが崇ね」

 みなみがそう頬に手を当てて言う。

「だな!うめー!」

「ほんとね。美味しい」

 みんな、言葉は違えど喜んでくれたのがわかる。それを見て自分もうれしくなった。きっと、料理人もこんな気持ちでお店をやっているのだろう。少し気持ちがわかった気がした。

 昼食を食べ終わり、バタバタした昼が終わった。

「みんな、これから何するの?」

 みなみがそう訊いた。

「何って特にないかな。土曜日だし」

 一応こう答えたが、実を言うと何も覚えていなかった。そもそもこいつらが誰で、何をする予定だったのか。もともとなかったのかもしれないが。

「俺はバイトー!すまんな、みなみ」

「私は友達と遊ぶ予定なの」

 賢哉と亜耶はそれぞれ予定があったようでみなみの遠回りな誘いを断った。

「そっかー」

 みなみは少し残念そうな声で呟いた。

「じゃあさ!崇!どっか行かない?」

 先に何もないと言ってしまっているため、断りづらく俺は了承した。

 そして、お互い着替えるために一度各自部屋に戻ることになった。

 部屋に戻ってから、事情の知っていそうな母親に電話をした。

「もしもし?崇?どうしたの?急に」

「えっと。家に知らない人たちが住んでるんのどういうこと?」

「何言ってんの?あんた」

「え?」

「二ヶ月前からシェアハウスにしたんじゃないの。忘れたの?大丈夫?」

「は?意味わかんねぇ」

「じゃあね。切るから」

「ちょっとまっ」

 切れた。まさかこの状態が親公認だったなんて、思いもよらなかった。

 ってか、聞いてねぇーよ。説明しとけよ。って言いたいけど、二ヶ月も前からあいつらと暮らしてたんだよな。俺が忘れてるのか?なんで?記憶喪失なんだろうな傍からみれば。

 みなみにそれとなく聞いておくか。ってか、デートみたいになってる……。

とりあえず着替えてリビングで待つことにした。すると、すぐにみなみもリビングに来た。

「おっ待たせー!」

「待ってないよ。行こうか」

 っと言ってみなみを見ると、思わず息を飲んでしまう程可愛かった。

 白のワンピースに麦わら帽子、帽子と同じ色のバッグを持っていた。

「どうしたの?見惚れちゃった?」

「え、あ……」

 俺は図星を指されてうまく言葉が出なかった。

「いいのいいの。あとで感想聞くから」

 みなみはそう言って玄関へ向かい靴を履いた。

「じゃーん‼どう?」

 ベージュのサンダルを履いていた。すごく夏らしくて可愛かった。

「似合っているよ。夏らしくていいな」

「でしょ‼完璧」

 みなみは満面の笑みでとても嬉しそうだった。

 俺も靴を急いで履いて出ようとした。

 ドン!と鈍い音が額に痛みを伴いながら響いた。

「え?……」

 俺は思わず声が出てしまった。何が起きたのかさっぱりわからなかった。まるでそこに壁があったかのような音がしただけ。

「あちゃ~、やっぱりダメだったか~」

 みなみはこうなることがわかっていたようで苦笑いしていた。

 というか頭大丈夫?

「みなみ、どういう事か教えてくれない?」

 戸惑いの声色を少し見せたのちみなみはこう答えた。

「とりあえずリビングに戻ろっか」

 みなみの今までの雰囲気と違うトーン低めの声で告げた。

 そしてリビングのソファーと椅子に座り、(ソファーにみなみ、机を挟んで対面の椅子に俺)数秒の沈黙の後喋り始めた。

「あ、あのね。崇。自分のここでの記憶どれくらいある?」

 みなみに訊かれて改めて思いだそうとする。しかし、靄がかかった気も若干するが  全くと言っても過言ではないほど覚えていなかった。覚えていたのは自分の名前とよくわからない別の記憶。これが自分の記憶ではないことだけはわかる。

 このことをみなみに言うと。

「やっぱり、そうだよね。そんな気してたもん。教えたげる。その記憶、外の記憶だから」

「え?……」

 また固まってしまった。外の記憶?言っている意味が分からない。

「ま、そーゆー反応するよねー。夕飯の時に詳しく教えたげる。もちろん自己紹介も含めてね!」

 俺はみなみに言うだけ言って自分の部屋へ戻るように促された。




 それからしばらくして、賢哉が帰ってきた。これでこの家に全員が揃った。

 ちょうど、晩御飯もできたようで全員で食べることになった。亜耶が当番だった。

「ごちそうさまー!っということで、自己紹介するよー」

 自己紹介がみなみの言葉が合図となって始まった。

「改めて、みなみでーす!好きなことはおしゃれ!よろしくね!」

「次は私ね。亜耶よ。好きなことは部屋でゲームをすること。基本、表には出ないわ」

「最後は俺の番か。賢哉だ。男同士よろしく。好きなことはみんなで遊ぶこと。トランプとかな。バイトを週三外でやってる」

 俺のことはみんなの方が詳しそうだったのでよろしくとだけ言って自己紹介は終わった。だが、肝心の話が終わっていない。この場所がどこか。一人しか出られないというのはどういうことなのか。疑問はいっぱいある。



 みんなからこの場所のことを聞いた。主体的にはみなみが説明して、補足やわからないことがあればその都度、賢哉と亜耶が答える。そうして理解を深めた。

 要約すると、この場所っていうのは俺の心の中らしい。つまりこの家は俺の心の棲み処というわけだ。それでこいつらは元の俺の人格の欠片らしい。なにかあって分れたということだろう。あと、一人しかこの家から出られないというのは身体が一つしかないからというのが主な理由らしい。

 これが今俺が置かれている状況である。

 これからどうしていくかはみんなと一緒に考えなければならない。

 このままみんなと過ごすのかあるいは一人で生きていくのか。

 いろんな選択肢があるだろう。

 でもまだ俺は決めたくない。いや、いずれ一人になってしまうかもしれないという恐怖が今ある。だから俺は今は一緒にいたいと思った……。

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