マリア
「あぁあぁぁあぁぁああぁあぁあぁああぁぁぁッ!!」
正気が消し飛んだリゲルの絶叫に、マリアは心が満たされる思いだった。
マリアは、裏社会時代にリゲルが滅ぼした村の唯一の生き残りだった。
当時、巡回牧師として村を訪れていたリゲルは、イザークという偽名を使っていた。
その頃はまだ子供だったマリアは、イザークに恋をした。
御利益があるという白銀の粉を、村に流行らせる手伝いもした。
大人たちが楽しそうに白銀の粉を舐めているのを見て、私も欲しいとイザークに駄々をこねたが、その時は「お酒と一緒で、子供にとっては毒だから」と、絶対に舐めないよう釘を刺された。
大好きなイザークの言葉だから、素直に従った。
なのに、行き着いた先はあの惨劇だった。
両親が命を賭して逃がしてくれたことで、私だけはなんとか助かることができた。
助かった以上は仇をとらなければと思い、イザークのことを、白銀の粉のことを、裏社会の組織のことを調べた。
結果、初恋の人が名乗っていたイザークという名前は嘘で、本当の名前がリゲルであることを知った。
白銀の粉については、〝ベリアル〟という名前の、文字どおり悪魔のクスリであることを知った。
裏社会の組織についても知ることができたけど、その頃にはもう組織は潰滅しており、そのせいで一時、リゲルの手がかりを失うこととなった。
その後は、ひたすらに、ただひたすらにリゲルを捜した。
必死に捜し続けて……この町でリゲルを見つけた。
リゲルは裏社会で稼いだ金を使って、自堕落な生活を送っていた。
そんな彼の表情に映るのは、虚無だけだった。
そんなのは駄目だ。
何もない人間を殺したところで、両親の、友人の、村のみんなの仇を討てたと言えるだろうか?
答えは、否。
なんでもいい。
しっかりとリゲルの心を満たした上で、仇を討とう。
そう思ったところで、ふと思い直す。
ただ殺すだけでいいの?
そんな何の変哲もない仇討ちで、私は満足できるの?
答えは、否。
ならば、どうする?
考えた末に出した結論は、リゲルの心を愛で満たしてやることだった。
満たした上で、その全てを否定してやることこそが、最高の仇討ちになると確信した。
そのためにはリゲルを籠絡させる必要があるが……自信はあった。
なぜなら、彼のことは、誰よりも長く、誰よりも深く見てきたから。
問題は、私がリゲルを愛せるかということだったが、思いのほか
かつて私は、
その延長線上で、彼を愛せばいいだけの話だった。
それに、彼を愛せば愛すほど、仇討ちを為した際に、彼を苦しめることができる。
そのことを思うだけで、彼のことを想える。
やることは決まった。
だからすぐに行動に移した。
リゲルが通っている娼館の娼婦になり、彼の虚無を言い当て、彼が欲する言葉をくれてやった。
この程度のことは、誰よりも長く、誰よりも深く彼を見てきた私には造作もないことだった。
それから、リゲルの家に隠してあった〝ベリアル〟を、一切の痕跡を残すことなく盗み取った。
その〝ベリアル〟を使って、町人の一人をヤク中に仕立て上げた。
ヤク中と会う時は、顔も体つきもフードの付いた外套で隠し、声音も変えて接触するよう徹底した。
そして、こんな嘘を伝えた。
リゲルがクスリの売人だという嘘を。
そのクスリを、銀髪の女に売ろうとしているという嘘を。
そう仕込みに加えて、リゲルの行動パターンを逆算した上で、
ヤク中がナイフを持ち出してくれているかどうかは賭けだったが、期待どおりに持ち出し、期待どおりに刺しに来てくれた。
あとは、リゲルを庇って刺されるだけ。
リゲルが牧師で治癒魔法を使えることは知っているので、刺される箇所さえ気をつければ助かることはわかっていた。
ナイフに刺されるほどの重傷を負った場合、傷痕が残ることも、そのせいで娼館にはいられなくなることも、罪悪感を覚えたリゲルが援助してくれる可能性が高いことも、わかっていた。
しかし、一足飛びで身請けするという話になったのは嬉しい誤算だった。
そうして、
私との生活が、リゲルにとって何ものにも代えがたい幸福だと思わせるために、食事の際は適宜ごく少量の〝ベリアル〟を混ぜ込むことで多幸感を与えた。
そんな日々を続け、リゲルの心が愛で満たされたと確信したところで、最後の詰めに入ることを決意した。
私が〝ベリアル〟を服用していると見せかけ、
これこそが、死ぬこと以上の苦しみを彼に与えることができる、最高の仇討ち。
そして実行に移した結果、期待以上の光景が私の目の前に拡がっていた。
(あぁ……
正気を失い、叫び散らす彼を見ているだけで、心が満たされていく。
このまま逝けるなんて、なんて幸せなんだろう――そんなことを思っている内に。
マリアの意識は、決して覚めることない闇の底へと落ちていった……。
仇を愛した女 亜逸 @assyukushoot
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