4章7話 部屋に侵入することが常識

ʚ天詩ɞ


いぎゃあああああああぁぁぁぁああぁぁっっっ???!!!!!



押入れから顔を出して四つ這いになり、すぐに視界に映った光景に、私は硬直していた。


悪魔のキーホルダーを渡そうと思って斗真の部屋へ向かった矢先、信じられないものを見て、ただひたすらに息を詰める。



――ひなたと、斗真が……ベッドで、え、え、ええぇ!?




私の気配に気づいたのか、まるで弾丸に打たれたようにして、ひなたがこちらを振り返る。

斗真は寝たふりをしてごまかそうとしてるのか、ぴたりとも動かない。



――どどっ、どういうことよ……っ!?



私は荒い息を繰り返しながらも、固まった脳を回転させる。


なんで、ひなたが斗真の部屋にいるの……!? 穴がばれた? それか、侵入!? しっしかも、ベッドで何してるのよ!?

しかも、私がここに入ってきたこともひなたに知られたっ、もしかしたらこれまで入ってきてたことも、ば、ばれてたぁ!!??


心臓がどごどごと音をたて、体重をかけていた手ががくがくと震えだす。

どうしよう、もうわかんないよ……!!!


「ぁ、の」


かすれた声をひなたが出す。でも、私はそれどころじゃなくて、ずりずりと身を引いていく。



「ま、まって、てんし、あのっ」


「……ん……」



と、斗真が小さく寝返りを打ち、ひなたはびくっとしてベッドから転げ落ちる。

その瞬間、私は頭をひっこめ、部屋へと後ずさる!


「てんし、まって……!」


ひなたが止めるけど、私は反射的に押し入れへと体を投げ入れ、頭をごんと打ちながらも部屋へと転げかえった。



……はあ、はあ、はあ。



部屋に戻ると、私は本能的に、教科書やノート、貴重品などをつかみ、よろよろと部屋の外へ足を向ける。



――待って足、止まって!! ちゃんと話せば……!!


急に現れた脳内天使が私の足を止める。

確かに、ひなたと話せば、もしかしたら……。


――話すって何を?? これまでよば……侵入してたことを、語り合うのっ!?! バカなの!? そんなの、黒歴史大会じゃない!!



それを遮るようにして、脳内悪魔が囁く!

それは……絶対に無理だああ!!



――でしょでしょ?? しかも、ひなたと斗真がしてたこと、見たんでしょー? 夜で二人きり、暗闇、さらにベッド……。



いわああああああぁぁあああっ!!!! いやあああああああー!!!!!!


悪魔の圧勝、私は勢いよくドアに手をかけ、部屋を飛び出した。

ちょうど押入れががたんと音を立て、私は押されるようにしてドアを閉め、廊下を走る!



ううううううあああああーっ!!!! もう嫌だああ!!!!!





ʚひなたɞ






おわったよおおおおおおおお!!!! いやだああああああああああ!!!!!



私は部屋に一人取り残され、うわああと顔を涙で濡らす。


親友に、誤解させたっ!! 

私、別に変なことは……いや、へ、変なことは……えーと、変なこと……へ、変……ううううっ、私のバカあああ!!!!


あんな光景見たら、誰だって誤解するでしょうがあああ!!!


とにかく、気まずい。後で同じ部屋に戻ってくるとか、気まずすぎるよ!!


私は発作的に身の回りの物を抱え、どたどたと部屋を出る。



「……ええ……横山さん……?」


と、廊下でたむろしていた女子たちが、涙で顔をゆがませる私を見、ぎょっとする。


「だ、大丈夫……??」

「お構いなくうぅ……ううううあああああ」

「「横山さぁんっ!?!?」」


私は驚愕の色を浮かべる女子たちの横を通り過ぎ、よたよたと長い廊下を進む。



と、私はぴたりと足を止める。




……思えばさっき、天詩だって、押入れの中を当たり前のようにして通ってきた、んだよね???



もしかして、いつものことだったり、したのかな……?

いつも、私が知らないときに、斗真くんと、会ってた……??



ううわああああーっ、精神が、精神がああ!!!



私が誰かの部屋の前で力尽き、がくんと膝をつくと、ちょうどその部屋のドアが開き、



「うああ……!? ひなた、さんん!?!?」

「みうううううううああああああああああああ」

「ぎゃあああぁ!?!?」


ちょうどその部屋から出てきて、ぽかんと目を丸くする美雨を見て、私は足に縋り付いて雄たけびをあげたのでした。





ʚ天詩ɞ





「どうか……一日だけ、泊めてください……帰るところがないんです……」

「ひうっ……天詩さん、なのですか?」


私が行く宛もなく寮内を彷徨っていると、ちょうど自動販売機で飲み物を購入している風環さんと出くわし、私は地面に土下座する。そして、逃げないようにして、風環さんの白いつややかな足をつかむ!!


「お、お願いします……うう……」

「ふあっ、足に絡みつかないでくださいよぅ! くすぐったいい!」


と、風環さんがくすぐったそうな声を出し、足をバタバタとさせる。

私は必死に食らいつき、許可をいただこうと奮闘する!


「お願いしますっ、緊急なんですっ!」

「ひぇえ……み、美雨さんとか、いるじゃないですか……それに、帰るところがない!? 部屋でも燃えたんですか!?」

「とにかく、もう一秒でも外にいると、ひなたに出くわしちゃうの!! 気まずすぎるのよぅ!!」

「ひいい、は、はあ……」

「そんな顔せず! 一日でいいから! あの時のお詫びとでも思って!!」

「うっ……」


そうよ、あのときのこと――虐めてきた事は忘れないんだからね……お詫びとして利用させてもらうわよ!!


「わかったわね? ……泊めてくれる?」


必殺、カワボよ!! 私はできるだけ甘い声をつくり、上目遣い!!


すると、しばらく困った顔をしていた風環さんが、とうとう諦めたような息をついた。



「……わかりましたのです、訳がわかりませんが、責任は強く感じておりますので、どうぞ泊まっていってください……ああもう、なのです!!」

「わああっ、ありがとー!!!」


飛び上がり、勢いで風環さんにしがみつくと、風環さんは困ったように苦笑する。


「……でも、なんでそんな急になのですか……? 部屋がなくなったとかですか? それとも虫が出て? もしや喧嘩??」

「詳しいことは、風環さんの部屋で言うから!」

「誘導がうまいのです、天詩さん……」


こうして私は無事、風環さんの部屋に泊めてもらえることになった!!! よし、気まず回避だあ!!




ʚɞ




「……こ、これは」


風環さんの部屋に誘導され、部屋の中に顔を向けた瞬間、私はぽかんとする。



「えへへ……いいでしょう!! 


よ、よくないよお!?!?


一面壁中に貼られた隼くんの写真に、私はぎょっと身を引いた。


「集めるのに一苦労でして……えへ、でも幸せな気持ちになるのですよ!」

「は、犯罪の香りが……」

「なにか言いましたか?」

「異論ありませんっ」


にっこりと向けられた笑みに、私は慌てて姿勢を正す。

そうだった、隼くんへの愛情が恐ろしいんだったよ、風環さんは……。


「では、どうぞお入りくださいーなのです」

「ど、どうも……って、ひっろ!!」


一歩踏み出し、私は部屋の広さにまたもやぎょっとする。

私の部屋よりも確実に一回り大きいよっ!? ほんとに何事!?


「えーっと、それはほら、あはは」

「……」


触れないほうがいいわね。お金と闇の香りがしたわ……。

私が身震いしていると、風環さんはふと時計を見て、はっとしたようにして目を見開いた。


「あっ、まずい、時間なのです! ちょこっと行ってまいりますね! 勝手にくつろいでいてください!」

「ひっ、え? 何が起こるの!?」

「隼様のお仕事が終わる時間なのです! すぐに出かけないと、他の女子に取られてしまいますっ」

「……」

「その後、隼様が部屋に戻られる前に、隼様の部屋にしんにゅ……お、お出迎えをしないとなのです! その後、百通のラブレターを靴箱に入れて、隠しカメラに盗聴器をセットし、隼様の髪の毛を一本いただき、ああオフショットも撮影しないとですし……ああ忙しい、ではまた後で!」


ばたばたと部屋を出ていく風環さんを見て、取り残される私。




……なんだか。


部屋に侵入することが、さも普通のことのように思えてきたよ??





ʚひなたɞ





「ええーっ、羨ましいですーっ!!!!!」

「……はあ?」


――美雨の部屋の中。


あの後、美雨は慌てて部屋に入れてくれて、お茶を入れてくれた……ありがたいっ!

たまたま倒れ込んだのが美雨の部屋の前でよかったあ!!


そのおかげで落ち着いて、私は美雨に、事の成り行きを説明した(押し入れに穴がとは言いづらかったから、『斗真くんの部屋に行く手段があって……』とにごした)


その途端、美雨はきらきらと目を輝かせて私にしがみついてきたっ!?



「斗真さんにいつでも会えるですとお!! 幸せじゃないですかあっ!!」

「ええ!? もっと引かれると思ってたよ……!?」

「はえーっ!? 引くわけないじゃないですかあ! 好きな人といつでも繋がっていられる……はあ……」

「美雨気持ち悪い」


よだれを垂らさんばかりにうっとりとする美雨を小突きながらも、私はため息をつく。



「ここからが問題なんだよお……私、その……いろいろあって、寝てる斗真くんの上にまたがっててさー、それでなんだけど」

「またがってたぁ!? なんですかそれ!!」


と、最後まで言わせてくれずに、美雨がかっと目を見開く。

うんそりゃそうだよね、スルーしてくれるわけないよね。


「えーっと、実は、斗真くんに、き、キス、しようとしてなかったりしてたり……」

「はあああえええー!! キスだあああああ??!!」

「怖い怖い怖い」


私が意を決してそう言うと、美雨ががばっと立ち上がる。

そのまま掴みかかってきそうで、私はばたばたと逃げながらも弁解する!


「殺しますよ!! 私の愛するぺっ……愛するひ、人なんです!! 取られてたまりますかあーっ!」

「あの時と言い分が違うよーっ!? それに違うの! あれはーっ、なんというか、勢いなの!!」

「勢いでキスですと!? ますますひどい! ひどすぎます!!」

「ひやーっ!?」


ばっこーん!! と地面にはっ倒され、その上からずしん! と美雨が乗っかってくる。

私を馬乗りにしながらも、そのまま美雨が熱弁をふるい始める。


「いーですか。もし私にその、斗真さんにいつでも会える手段があるならですよ! まずは、一日中こっそり居座って、布団の匂いをかぎまくります。ラブレターを机の上に並べて、隠しカメラ、盗聴器を仕掛けます。その後、毎日玄関に居座って、おかえりなさいをします!!」

「気持ちわっる!!」

「気持ち悪いとはなんですか!」


馬乗りのまま、美雨はますます語調を強める。


「とにかく、そのような手段を活用せずして何になるんですか! しかも、くだらない取り合いを天詩さんとしたなど……漁夫の利で、私が奪っちゃいますよ!?」

「それはっ! だ、ダメっ!!」


私はばっと身を起こし、美雨を背中から揺さぶり落とし、立場逆転、私が美雨を馬乗りにする!


「斗真くんは、ゆっ……ゆ、譲らないんだから、ね!」

「私こそっ! 誰が譲りますかー! 私のものなんですー!」

「いーやっ、私のだよーっ!!」

「んむむむううー!!」



それなら私は、これから毎日斗真くんの部屋にこもって…………ん???

私はそこまで考えて、ぴたりと思考を停止する。






……これ、部屋に侵入することが常識、みたいになってない?? 


あれ、実際そうなのかな??!




なら、天詩と気まずくなる必要……ないのかっ!!? 誤解さえ解いたら、これ解決なんじゃ!?!?

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