4章5話 証拠写真、ばっちり頂きましたっ
ʚ斗真ɞ
「お腹すきましたね、何か食べましょうなのです!!」
「そーだね!」
――ダブルデートとやらが始まり半日が経過した。
ぶらぶらと店を巡っていると、姫がそう言って、隼に腕を絡ませた……いちゃいちゃをいちいち見せてくるんじゃない。
「なにがいいですか? 学食には空きましたので、できれば学食にはないもので!」
「クレープっ!!!」
と、隣を歩いていた天詩が声を張り上げ、俺たちはびくっと肩を跳ねさせる。
「なんだよ、急に……」
「クレープがいい! ……ダメ??」
急にあざとくなるなよ、おい!
そりゃ誰もが惚れるわ! と納得してしまう程の上目遣いに、俺はばっと目をそらしながも頷く。
「い……いいんじゃないか?」
「日岡さんは甘党だよねー、変わらない」
「隼くんは黙って」
「わおシビア」
「隼様、私が癒してあげるのですっ」
カオスな会話を進めながらも、俺たちはクレープ屋さんに到着する!
店に近寄った瞬間、漂う甘い香りに、俺たちは鼻をひくつかせる。
チョコやバニラ、抹茶やチョコレートの香りを、俺は目を細めて堪能する……ああ、香りだけで満足だ!!
「うううぅうううっ」
感情に浸っていると、天詩が両手を頬に添え、メニューとにらめっこを始める。クレープの味くらい、すぐ決められるだろ?
「言っておきますが、悩んでいる時間はありませんよ! 午後も買い物しまくりますから!!」
「僕は抹茶にしようかなー」
「ううっ、待って、二つで悩んでるの……っ!!」
天詩はどうやら、イチゴクリームかキャラメルチョコレートで悩んでいるらしい。おデブまっしぐらメニューだなおい。
「誰がおデブよ」
「口に出してない」
「顔にありありと書いてあるのよ!」
「勘違いだろ」
「いいから、急いでくださいー、なのです!」
「うっ……じ、じゃあ、イチゴクリームで……」
天詩が名残惜しそうにメニュー板の前から離れると、俺はメニューをざっと見て、気になったキャラメルチョコレートを選ぶ。
と、既に手にクレープを持ち、姫が嬉しそうに飛び跳ねた。
「美味しそうなのですーっ! 一緒に食べましょう、隼様!」
「しょうがないなあ、半分こね?」
「クリームがもこもこふわふわ! 生きてる、生きてるも同然! ずっと眺めてられるわ……」
天詩のクレープ愛は、俺には理解しがたいが。
全員が買い終わると、俺たちは近くにあったベンチに腰掛け、クレープを堪能し始める!
一口頬張り、俺は感動のあまり唸ってしまう。
確かに、ふわふわの生クリームは、びっくりするほど濃厚で美味しかった。皮も、こんなに薄いのに、もちもちしていて、甘みもある……クレープて最高じゃないか!!
「最高です、最高すぎます」
「学食とは全く違うねえ、美味しい」
食べ進めていると、なんだか居心地が悪くなり、俺はあたりを見回す。
どうやら俺たち……いや、俺を除いた三人は、注目を浴びまくっているからのようだ。
「もしかして、あの二人、あの前の映画に出てたさ、確か……並楽くん、と天詩ちゃん、じゃない?」
「まさか!? でも、確かに美男美女……声かけちゃう!?」
「それに、あの黒髪の女子、すんごいかわいくない? モデルか何か? 人形みたいじゃん」
「でも、地雷系の香りするよね」
「あの男子はそこそこだけど……エリート集団じゃん、混じりたい!!」
「私と隼様が熱愛報道されてますよ、幸せなのです!」
「噂されてないだろ!」
「そこそこの男子とやらは黙っててください!」
「おい、なんだ、地雷臭女」
「なああんですとーっ!!」
ものすごい剣幕で睨んでくる姫から距離を取りながらも、俺はふと、地雷系というと、黒花も当てはまるんじゃないか……と思う。
昔、初めてできた彼氏を束縛したとかなんとか言ってたしな……ある意味、二人は気が合うのかもしれないぞ?
「ねえ……近い」
「ああ、ごめん」
と、姫から距離を取ったため、必然的に、隣に座っていた天詩との距離は近くなり、俺は慌てて元の位置にずれる。
「……ねえ」
「まだあるのか」
「……キャラメルチョコレートクレープ、美味しい?」
はあ? という顔を向けると、うらやましそうな目をして、天詩が俺のクレープを見ていた。
「あ、ああ……美味しいが?」
「ふ、ふうん、美味しいのね……」
めっちゃほしいって顔してるぞ?
「そう、美味しいのね、ふーん、そう」
おねだり下手か。
俺はため息をつき、天詩の顔にクレープを押し付ける。
「んうううー!!」
「食べたかったんだろ、食え」
天詩は鼻の先にチョコレートを付けながらも、俺を睨む。
が、その顔はすぐに幸せそうな笑顔に変わった。
「おいしぃーっ、やっぱりキャラメルとチョコレートの愛称は抜群だぁ!」
……かわい……こほんっ、ま、マヌケだな、こんなことで喜べるのは。
「おい、礼を言え」
「うん、ありがとっ!」
やはり単純だ。お菓子には目がないやつなのかとしみじみ感じる。
……でも、こんな幸せそうな顔をした天詩を見ていると、俺も自然と微笑んでしまうのはなぜなのか。
――こんな楽しい思い出は、天詩と出会っていないと、絶対に起こらなかった。
悪魔だと罵られ、煙たがられ、嫌われていた頃に刻まれた深い傷。
その傷を、天詩は知らないフリをしながらも、優しく覆ってくれた。
天使のように、幸せの光を振りまいて、人を笑顔にする。
――ありがとう、天詩。
って、何思ってんだ、俺!!
俺は、心に咲いた素直な言葉に、自分でも驚く。
「なによ、人の顔をじろじろと見て」
と、顔中に生クリームをつけながらも、天詩が俺を怪訝そうに見た。
「……それ、俺のクレープなんだが」
「うっ、ごめん……美味しすぎて……」
俺のクレープを手に、申し訳なさそうに頭を下げる天詩に、俺はぶっきらぼうに告げる。
「なら、交換するか?」
「へっ」
俺は、天詩の手からイチゴクリームクレープをもぎとる。
「そっちが気に入ったんだろ? 交換でいいだろ」
「で、でも……私、口、付けたよ?」
「今更気にしてないだろ?」
すると、顔を真っ赤に染め、天詩がもごもごと口ごもる。
「う……わ、わかったわよ……ありがと」
「俺の方がありがとうだ」
「悪魔のくせに」
「悪魔だからだ」
俺は優しい悪魔だからな。天使に感謝を述べるなんて事、余裕でできてしまう、ふっ!(どや)
「お前だって、天使のくせにな」
「天使だからだよ?」
と、目に笑みを含みながらも、天詩が口角をあげる。
「そっか」
「ん」
俺は、なぜだか吹っ切れた気持ちになり、イチゴクリームクレープにかぶりつく。
「あっま……」
「はい、チョコと食べたらちょうどいいわよ?」
「むぐっ」
天詩が俺の口にチョコレートクレープをねじ込む。
確かに美味しい。さすがクレープマスター……じゃなくて!
「お、おい! 顔にクリーム付いただろうが!」
「さっきのお返しー」
天詩が、クレープに片手を添えながらも、小悪魔の微笑を浮かべた。
俺はその笑みに思わず硬直し、しばらく天詩と見つめ合う形になる。
あどけない顔をした天詩、なんだか新鮮だな……。
「わあ、アツいね」
「あーんし合ってる……カップル、いいなぁ」
「「…………!!!!」」
周りの声に、俺たちはようやく我に返り、ばっと身を離す。
直後、反対側からつんつんと叩かれる肩!
「もう遅いなのですよー! 証拠写真、ばっちり頂きましたっ」
にやにやとしながらも、姫がスマホの画面を見せてくる。ちなみに嫌な予感しかしない。
でも、俺たちは反射的に画面を覗き込んでしまう。
……そこには、天詩から『あーん』されたクレープを真っ赤な顔で頬張る俺と、それを楽しそうに眺める天詩のツーショットが映されていた……!!!
「け、消せっ!! 今すぐにだ!」
「『今すぐにだ』って、『カムサハムニダ』と発音似てますよねー」
「おい、聞いてんのか!!」
「聞いてませーん」
知らんぷりをし、いつの間に買っていたのかアイスコーヒーに口をつけながらも、姫はにやりと笑いかけてくる。
俺はますます頬を赤く染め、絶叫したい気持ちで頭を抱えた……ああああ!!
「ううううああっ、もう、今日は散々よ……!!」
横で、同じく膝に顔をつける天詩。
俺の感情を一言で表そう。……恥ずかしすぎる!!!
動画サイトで、このようなドッキリ動画が流れてきて、『いやありえんだろ、自作自演かリア充め!!』と思っていた俺に起こるとは思ってなかった……あああ、誰か助けてくれ!!
「いやああああああああぁぁあ、なのですっ!!」
と、姫が時計を見、絶叫する、うるせい!
「もーっ、二人がもたもたするから、時間なくなっちゃったじゃないですか! これから数時間バスで移動しようと思ってたのに!」
いや、誰のせいだよ!! てかどこまで行くつもりだ!
「仕方ないです……この時間からだと、そろそろ学校の方向へ進まないとなのです……せっかく遠出でしたのに!!」
「いや、そんなもたもたしてないよ!? ちょっと騒いだだけで……そう、三十分くらい」
「その三十分が命取りなのです! 分刻みで念密に計画を立ててましたのに……」
「「分刻み!?」」
そりゃ崩れるだろうよ! まあ、俺のために計画を立ててくれたのは嬉しいが……。
「でも、隼様と一緒でしたので! この計画も、隼様を想って考えましたのです!」
「隼のためかよ!!!!」
「姫ったらー」
精神ズタボロ(色んな意味で)、俺は早くベッドに転がりたいと心の底から思う。一時退散だ、早く帰らせてくれ……!
「帰るまで、バスで数時間はかかりますからね―。とにかくバス停まで行きましょうっ!」
あっけらんとした姫を恨みながらも、俺たちは慌てて立ち上がる。
……あと忘れてないからな!
あの写真は、後で絶対に消してもらう!!!
ʚɞ
「断ります」
「消せ」
「断ります」
「消してくれ」
「断りますーのです」
「よくやるよねー、ね、日岡さん」
「話しかけないで」
「わー、厳しい」
「隼様っ、大丈夫ですか!?」
――バスの中。
数時間に渡る、写真消滅の戦いを行ってきた俺は、眠い目をこすりながらも姫に講義をしていた。
「頼む、消してくれ」
「嫌ですよ! いつか使えそうですしねー。あ、そだ、送って欲しいですか?」
「いらねぇよ!!」
「斗真の番号はこれだよ」
「隼、勝手に教えんな!!!」
隼にねだられて、番号を渡したのが間違いだった!!
すぐに俺のスマホに着信が届き、例の写真が送られてくる。
俺は仕方なく(仕方なく!)写真を保存し、そして姫をブロックする。
「はわー!? なぜ消すのです! 最低ですね!?」
「いらない連絡先は消す! 以上!」
「ぐぬぬっ……」
「あ、日岡さんも斗真の番号いる? シェアしてあげる、日岡さんの番号は?」
「おい、勝手にあげるなよ!!」
と、その提案に顔をしかめていた天詩だが、頬をほんのり桃色に染めながらもスマホを操作する。
やがて、ぴこん、と通知音がなり、俺のスマホに天詩からメッセージが届いた。
――ブロックすべきか? しないべきか?
「なによ、ブロックしないのー?」
と、挑戦的ににやにやとしてくる天詩! くっ、試されてるのか!!
……でも、別に持っておいて損はない気がする、な?
いつか脅せる材料になるかもだし、色々と使えるもんな? な??
「ふ、ふんっ、しょうがない、残しておいてやろう」
「へ、へえ? それはどういうことかしら?」
「まあ使えるからな、色々と」
「ふうん、なら、私もブロックしないでおいてあげるわ」
「そもそもお前が繋げてきたんだろ!!」
「しょうがなくよ! ま、フレンドが一人増えたんだし、フレンドの数稼ぎにはなったわよ、よかったわ!」
「おい数稼ぎかよ!?!?」
「……よし」
俺と天詩を繋がせる口実で、もう一人、天詩のフレンドの数をかさ増しさせた人物がいたが……それに気づかず俺は天詩と睨み合っていた。
ʚɞ
「次で降りますよ! 降り遅れないでくださいなのです!」
アナウンスとともに、バスが学校の最寄り駅に滑り込み、俺たちは急いでバスから降りた。
いつの間にか空は夕焼けで紅く染まっていた……ずいぶんと遠出したもんだ。
確かに、あの後更に遠くに行っていたら、門限には確実に間に合わなかっただろう。
と、俺は、思い出したようにして、バッグの中に手を潜り込ませ、あるものに指を触れさせる。
―――キーホルダー。
もっと詳しく言うなら、天使の羽根が生え、頭に輪っかが浮いた、小さなマスコットのキーホルダー、だ。
初めに入った店で、あげたい人が頭に浮かんだため、即購入したのだ。
……ま、朝、迷惑かけたし? そのお詫びというか?
視線の先にいる、髪を亜麻色に輝かせた天使――いや、天詩を見、俺は少し口角を上げてみせた。
「疲れましたのです、早く帰りましょう!」
「ほとんどバスに乗ってただけじゃない……」
「姫は本当にか弱いなあ」
「えへへ、なのですー!」
と、じゃれ合う二人から距離をおき、天詩が軽く俺の方を振り返った。
「ほら、悪魔さんも、行くわよ?」
「……だな」
バッグからするりと手を出し、俺はみんなの方へ駆け寄った。
……キーホルダー、今日が終わるまでに渡せるといいが、な??
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