3章18話 私が一位を取ったら、好きになってくれますか?

ʚ斗真ɞ


「あっ、斗真さん! てっきり漫画でも読んでるのかと思えば、勉強ですか!」



――放課後。


俺が真剣かつ真面目かつ本気で(強調)勉強に励んでいると、ちょうど黒花が図書室にやってきた。

休み時間に隼と行った勉強会は、正直言って集中できなかったからな。天詩との時よりはましだったが。


だから、この自主性の塊の俺は、わざわざ放課後に、たった一人で勉強をしているのだ! 俺偉い!!


「もしもーし、斗真さん! 聞こえてますか?」

「うるせえい! 俺は集中してるんだ!」

「んへーすみませんー」


とことん無視していると、黒花が俺の顔を覗き込んでくる。集中力が切れたぞ、どうしてくれるんだ。


「てかお前なあ、今日一日中引きこもってただろ! 授業もさぼりやがって」

「ちゃんと先生に許可はもらってるんですー! しかも、さぼってません、その倍の勉強は行ってるんですよ?」


とりあえず、その顔をどけてくれ。教科書が見えん。


「どうせなら、私が教えてあげましょうか? はあしょうがないですねー、どの教科ですか?」

「いや、何も言ってないんだが」


遠慮なく隣に座りながらも、黒花が俺にぐいっと身を寄せる。いや、近いから。


「相手が斗真さんなら、なんでも教えてあげますよ! なにしろ、元ペットのあなたですし」

「うるさい」

「きゃふんっ」


頭を軽く小突いてみせると、黒花がこてんと首をひっこめた。そういう黒花がよほど小動物っぽいが?


「うぅー、元ペットに叩かれたぁ……」

「言ってることはやばいな」


うるうると目を潤ませ、黒花が俺を睨んでくる。

元ペットってなんだ。『元』がついただけで、原点に戻ってる気がするんだが!


「とにかく、勉強だ。お前、邪魔するか勉強するかに絞れ。邪魔するなら離れろ」

「勉強しますよーう」


黒花は慌てたようにして身を離し、手に持っていたノートを開く。

ちらりと見た瞬間、目に映った、整ったノート! テストにおいて、三種の神器なのではないかと疑いたくなるほどだ。


「ふふーん、凄いでしょう。魂を注いだので、生きてるも同然のノートちゃんです」

「よくわからんが……凄く綺麗だな」


感覚の揃った文字に、丁寧に引かれた線。しっかりと色分けされたそのノートには、本当に魂が込められてそうだ。


俺が『貸してほしいなーそれいいなー』という視線を向けていると、黒花がうんざりとした目を向けてくる。


「はあ、貸してほしいんですか? しょうがないですね……」

「よっしゃ、恩に着る!!」


俺がそのノートをありがたく頂戴すると、それしか持ってきていなかった黒花は、暇そうに頬杖をつく。


「あ、なんかごめんな」

「いいんですよー、こうやって斗真さんを眺められるだけで」


なんか怖い。普通に飛び掛かってきそう。


「……でもすごいなお前。一日中勉強できるのもだし、今何もしなくていいのも」

「えへへ、それほどでもー。そういう斗真さんも……えーと……」

「誉め言葉に悩まないでくれる!?」


目を彷徨わせる黒花に、俺は純粋に傷つく。迷うくらいなら言いかけないでほしかったな??


「すみませんって、ごめんなさい!」


俺が拗ねていると、黒花が腕に手を絡めて謝ってくる。

ちらりと見ると、綺麗な瞳を潤ませる黒花。くっ、純粋な俺には、かわいい女子を傷つけられない……!


「……うむ、許そう」

「ちょろいです」

「何か言ったか?」

「いーえ、なんにも」


怪しんだが。

とりあえず黒花のノートを写しながらも、俺は小さく感嘆のため息をつく。


「てかお前、一位狙ってるんだろ? 尊敬通り越して化け物だわ」

「嬉しいようで嬉しくないんですが! 例えるなら、人参がいいのにごぼうと呼ばれた心境です!」

「ごめん、意味がわからない」

「凡人にはわからないでしょうねー。……斗真さん、本当に一位ってすごいんでしょうか?」


黒花が、だらんと手を机に伸ばしがらも、唐突にそう聞いてくる。


「すごいだろ、かなり」

「えー、じゃあ……もし私が一位を取ったら、好きになってくれますか? なんて」


は??


と言いそうになり、過去の過ちから慌てて口をつぐむ。

何を言い出すんだ、こいつ。

黒花は小首を傾げながらも、俺を見上げる。


「言ってる意味がよくわからないが」

「そうですか……斗真さんは勉強不足です」


何とは言いませんけど、と言いながらも、黒花は頬を膨らませる。そういう仕草はかわいいと思うが……何を言っているのかはさっぱりだ。


でも、勉強不足、という言葉に俺は、謎に急かされる。


「じゃあ、何を勉強すればいいんだ! テストまで、あと少しだぞ!」

「んー……例えば、私と付き合ってみます?」


は??


っと危ない、また言いかけた。


「真面目な話なんだが!」

「こっちだって真面目ですー!!」

「……とりあえず、勉強するわ」

「はい! 私が一位になったら、付き合ってくれる約束ですからね!」


「は??」



あ。勝手に口が。


「ううぅう……」


涙目で俺を見つめてくる黒花。

俺が悪かった、だからそんな顔はしないでくれ、頼む!! その顔には弱いんだ!!


「わ、わかったわかった、わかったから……!」

「んふ、やっぱりちょろい人ですね……こほん、では、一位を取れるように勉強してきますねー! では後ほど、未来の彼氏さん!」

「え、ま、まっ……」


慌てるが、もう遅い。黒花は手を振り、軽やかに図書室を去っていった。


……黒花が一位になったら、付き合う? 俺と?



……これ、いろいろとまずいんじゃないのか。


その時の俺には、ただひたすらに勉強に励むことしかできなかったのだが。




ʚ天詩ɞ




――夜、10時。


「おやすみい」

「おやすみ!!」


ひなたが目を閉じ、寝息を立て始める。

さて、今日も夜がやってきた! 


私は押入れに手をかけ、ぴたりと制止する。

……約束、だしね? べ、別に、私の意思じゃないから! 約束は守る女って事!


何度も言うけど、これ、夜這いじゃないんだからねーっ!!


勢いで押入れに飛び込み、止まると思いきや、そのまま斗真の部屋に転がる。

えっ、斗真側の扉、空いてた!? 勢いつけてた事バレて、恥ずかしいんだけど!


「お前なあ、人の部屋に入ってくる時は、もっと礼儀正しく入ってこいよ……」


呆れたようにして、部屋にいた斗真が、派手に尻もちをつく私を見る。

てか、今の私の姿勢、結構きわどいんじゃない!? パジャマ、下はスカートだし!?


「……見てないでしょうね」

「っあー、見てないなー」


そう言って、ふいっと目をそらす斗真。……うううぅ、見たのね……!


「てか、お互いに見られて一番恥ずかしいもの預かってるし、同じだろ」

「そういや、私のブ……下着、返しなさいよ!」

「土下座なんてしないからな。今は勉強だ」


うっ、斗真にしてはまともなこというじゃない……。

私は顔を赤らめながらも、わざと一つしかない椅子に座り込み、教科書を開く。


「……はあ」


椅子に座るのを諦めてくれたらしく、斗真は地面に座り込み、ノートを開く。……て、そのノート、綺麗過ぎない!?


「いいだろ。天下の黒花に借りたんだ。……重い代償が付いたが」


くぅ……でも、負けないんだからね!?

と、私はふと思いつき、斗真の方を見た。


「ねえ、どうせ勉強するなら、私たちだけの罰ゲーム、作らない?」

「罰ゲーム、だと?」


げっそりとした顔で、斗真が私を仰ぎ見る。


「もう、ひなた考案の、俺を徹底的にいじめるゲームがあるじゃないか。それに、黒花にも……」

「そのひなたのゲームの追加ルール、ってやつね。どう?」

「……のった」


しばらく黙考し、そして斗真は顔を上げる。ふーん、悪魔のくせに思い切りがいいのね?


「じゃー……私が5位以内に入ったら、『好きな人暴露』でどう?」


とまで言って、私は我ながらぎょっとする。まて、まてまってまって! 私、今なんて!


「……俺、好きな人いないし! てかそういうお前が暴露しろよ!」

「はぁ!? いるわけないでしょーっ!?」

「なら罰ゲームは成り立たないじゃないか!」

「うーん、そうね」


よかった、虚言が真実にならなくて……。とちょっと安心する。


「じゃあ、『お互いの好感度を暴露』でいいじゃないか」


とまで言い切って、斗真が顔をばっと赤くする。こ、好感度暴露って!! なによそれ!?


「ち、ちなみに俺はマイナス100だが」

「わ、私だって、マイナス100かけるマイナス100で……はっ」


マイナスとマイナスって、かけ算したらプラスになるんじゃっ!? まずい!!


「とにかく、最悪ってことよ! この変態悪魔!!」

「罰ゲーム、成りたたないじゃないか! 堕天使!!」


ぐぬぬ……!

と、すごくいい案を思いつき、私はにやりとほくそ笑む。



「じゃあ、『最高に恥ずかしい事をする』でどう?」


「……俺が100位以内、お前が5位以内になった場合に、実行か。同時もありと」

「そう、お互いの順位を競うでもいいけど……それじゃあまりにもかわいそうだしね?」

「くっ……堕天使のくせに、気遣いができる……」


そう決まれば、こうしちゃいられない!!

私は押入れへと戻り、斗真に肩越しに振り返る。


「じゃ、私、本気で勉強してくるから! 悪魔さんは、今のうちに恥ずかしい事、考えておいたら?」

「……っ! 上等だ! かかってこい!」


私はにやりと微笑み、力を込めて押入れをの扉を閉じた。






よしっ、最高に恥ずかしい事、自分がしないように努力しないと……っ!!


それに……斗真が恥ずかしい事をして、思う存分笑ってやりたいしね??




――私は机に向き合い、ぎゅっとシャーペンを握りしめた。

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