3章17話 堕天使、底抜け太陽、猛獣女子だ
ʚ斗真ɞ
「ああああああぁぁー!!」
「うるさいなあ、気でも狂った?」
「そりゃ狂うわ! 勉強に溺れて死にそうだぁ!!」
――テストまで残り約二週間。
二週間後の、俺の『おわたー』と放心する未来が見えるんだが。縁起でもない。
「その時間があったら計算問題一つ解けるよ?」
「はいいいいぃ」
昨日天詩と勉強して、不覚にも(強調)はかどってしまって、『これ、友達と勉強したら成績伸びるんじゃね?』と思ってしまった俺がバカだった!
横で爽やかな笑みを浮かべ、頬杖をつきながらも、隼が俺を見る。……いや、嘲笑う!
「なに、後悔してるの? 一緒に勉強をしてくれーって、懇願してきたのは誰だったっけ?」
「くそおお、腹黒王子め……」
「僕、なにも悪い事してないんだけどなぁ」
ド正論ありがとうございます。(泣)
俺は、半泣きになりながらも、数学の問題集と睨みあう。さっきから、全然進まない! 脳内に天詩野郎のポニテ姿が離れねぇ……!!
「てかさー、斗真ってバ……頭が空っぽそうに見えて、どうしていまさ……急に勉強を頑張るの?」
「言葉の端々にとげがあるのは置いておいてだな。俺には罰ゲームがあるんだよ」
キラキラスマイルで、そうやって俺を貶めるのはやめてほしい。この有様を、隼に惚れてるやつらに配信したい。
そう歯を食いしばりながらも、俺は言い放つ。
「罰ゲームかあ。……それって、誰と?」
「堕天使、底抜け太陽、猛獣女子だ」
「そっちの方がとげあるよ!?」
いや事実だし。これ以上美化できないだろ。
「でも……堕天使って、日岡さんかな? じゃあ日岡さんも入ってるんだ」
「そうだな。……どうにかして、あいつを懲らしめてやりてえよ……!」
ああー、これまでの思い出を振り返ると、怒りが煮え立ってきた……!!
「……なら、いい案があるよ?」
と、隼が少し考えた後、にやりと不敵に笑う。
「な、なんだ?」
イケメンが言うから間違いないだろう!!
しっぽがあったならそれをブンブンと振るようにして、俺は隼を見つめる。
「それはねー……『好きな人は誰?』って聞」
「は? おいバカか。興味ないから。名案ってそれかよ」
「ええーっ?」
期待を裏切らすな!!
と、顔を軽くゆがませ、隼が文句を言う。
「興味、あるでしょ? 日向さんの好きな人だよ?」
「そう言いながら、一番お前が気になってるんだろ」
「い、いやぁ、そんなことはー……ひゅー」
白々しすぎる。口笛まで吹き始めたぞこいつ。
「とにかく、その方がさ、スリルがあるじゃん! ね! ……もしわかったら、僕にも教えてよ?」
「へいへい分かったよ。……てかお前さあ、天詩と過去になにか」
「さ、勉強勉強。でないと、日岡さんに懲らしめられちゃうよー?」
「それは解せん!! やってやる!!」
俺は隼の掛け声に燃え立ち、ばりばりと鉛筆を走らせる。
「頑張ってもらわないと、ね」
隼がそう小さく呟きながらも、静かに頬杖を解いた。
ʚ天詩ɞ
「あああぁああぁああ!!」
「天詩、気でも狂った? だいじょぶそ?」
「ダメなのよ! 集中できないよーっ!!」
図書室、勉強会中。私は大絶叫、ひなたにぽかぽかと叩かれる。
教科書開くだけで、昨日の情景がフラッシュバックされちゃうよ!! ダメだー!!
と、はーあとため息をつきながらも、ひなたがシャーペンを向けてくる。
「んー、これじゃ、斗真くんに負けちゃうねー?」
「うっ……てか、私が負ける条件って、斗真が100位以内だった時だけじゃない! 私、別に真剣に勉強する必要……」
「特別ルールを追加しまーす! 私たち三人は、前の順位から落ちたら負け扱いになりますっ!」
「はああ!?」
聞いてないよ!! せっかく、斗真を好きなようにできると思ってたのに!! ……好きなようにって、別に変な意味じゃないからね?
「主催者は私なんだからー! あとで美雨にも言っとくねん」
「ううー……」
ちなみに美雨は、『すみません、本気の本気で一日立てこもって勉強します』と言って、部屋から出てきてない。どうしても隼くんに負けたくないらしい。
「じゃ、お互い頑張ろっ! ……斗真くんに、好き放題できちゃうんだから、ね?」
「うやー! 頑張れる!!」
二人で拳をぶつけ、教科書に顔を落とした時。
「あの……っ、天詩、さん! 今、お時間いいですか……?」
そうか細い声がして、私は顔を上げる。
視界に入ってきたのは、頼りなげに視線を彷徨わせる、一人の女子だった。
長いストレートの黒髪。涼やかな目。ぎりぎりラインで切られたスカート。
……どちら様?
「あの、私です、姫なのです」
「えっ……風環、さん?」
ぼかんとして、私は変わり果てた姿の風環さんを凝視する。
……確かに、そう言われればそんな気も……しないよっ!! 変わりすぎだから!!
「とにかく、今、大丈夫なのですか?」
「あっ、うん、大丈夫よ」
私は、同じくぽかんとしているひなたを置いて、風環さんのもとへと急いだ。
そして風環さんと一緒に、図書室の外へと出る。
「あの」
「あっ、はははいっ」
図書室を出るなり、風環さんがそう切り出す。
「本当にっ、すみませんでしたっ!!!!!!」
「ちょっ、声……!」
がばっと頭を下げる風環さんの声に、廊下を歩いていた生徒たちがぎょっとしてこちらを見る。
「本当に、本当にすみませんでした。人間として、最低です。今となってはもう、自分が許せません」
「あ、ああ、そんないいのよ……?」
言葉を発するたびに頭を九十度下げるから、私が悪い事してる心境にとらわれるよ……!?
すると、風環さんが涙目で私を仰ぎ見る。
「許してくださるのですか? ……もう、殺されてもいいと思ってました」
「こ、殺……!?」
するわけないでしょ! てか、首を差し出すジェスチャーもやめて!?
「とにかく、本当にすみませんでした」
「いいのよ。……そのおかげで、大切な人たちと、もっと仲良くなれたし!」
そういうとらえ方をすれば、風環さんはヒーローなのよね。
「そんな……でも、自分が自分を許しません!」
「ちょちょ、土下座はしなくていいから!」
地面に這いつくばろうとする風環さんを、私は精いっぱい止める。むしろ、こっちが罪悪感が出てきたわよ!!
「……でも……」
申し訳なさそうにして私を見つめる風環さんに、私は笑いかけて見せる。
「その代わり、もう誰にもしないでね?」
「もっもちろんなのです!!」
風環さんがこくこくと赤べこのようにして頷く。さっきから、その細い首が取れないか心配でしょうがない。
「あれ、隼くんのそばにいなくていいの?」
話がひと段落したところで、私は気になったことを聞いてみる。なんだか、隼くん=風環さん、ってイメージあるし……。
「いえ、いいんです。24時間中16時間共にいたのを、12時間にまで減らしたんです」
それでも、一日の半分共にいるってことだよね? あまり減って無くない?
「それに、ぱーそなるすぺーす、を大事にすることにしましたので! ご心配おかけして、本当に頭が上がりません」
「いや、頭下げなくていいから……」
そろそろ罪悪感ゲージがフルなっちゃうから、やめてほしい。
「これに気付けたのも、初心に返れたのも、天詩さんのおかげなんです。ありがとうございます! ……これから、斗真さんや黒花さん、ひなたさんにも謝罪しないとです」
「……そっか」
なんだか、前ちらりと見た、風環さんの印象と違うな……もっといいというか、生き生きしてるというか……?
「では、本当にすみませんでした。絶対に、このような真似は致しません」
「うん、ありがとう、またね」
そう言って別れようとすると、風環さんがぴたりと動きを封じた。
「……あの、非常に言い難いのですが」
「え、あ、どうしたの?」
すると、一息すって、風環さんが赤い顔のまま続ける。
「隼様に関して、なんですけど! そのっ、なんというか……。私と天詩さんは、ら、らいばる、なんです! なので、そこに関してだけは……正々堂々と、でどうでしょうか」
「……えぇ?」
「おごましい発言、どうかお許しくださいなのです……では、すみませんでした!」
「え、あ、ばいばい……?」
そうして、何度も振り返って頭を下げる風環さんを見送る。
……ライバル? 私と風環さんが? なんで??
まあいいや、なんだかすっきりしたし、勉強に戻るか!
私は息を吸い込み、図書室へと駆け戻った。
――テストまで、残りわずか。
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