3章15話 斗真の部屋にお邪魔する方針は、満場一致で可決よね
ʚ隼ɞ
『放課後、いつもの屋上に来てください』
――放課後。
その手紙を見た瞬間、『姫だ』と直感が伝える。この右斜めの整った、でも少し癖のある字。これは、間違いなく姫だ。
姫からの手紙の他に五枚ほど手紙が入っていたけど、それを開くこともなくバッグに突っ込み、僕は屋上へと急いだ。
と、行く手を女子たちに塞がれる。姫がいないからと言って、今日はやけに引き留めてくる人が多い。
「あの、隼さん、ちょっと話したいことが……」
「隼くん、言いたいことがあって!」
「隼さん、後で体育館裏に来てほしくて……」
「ごめんね、ちょっと急いでて」
いつもは断るのをためらう僕だけど、今日はそれどころではない!
いきなり断ったことに驚く女子たちを置いて、僕は駆け出す。
今日は、姫は僕に一言も話しかけてこなかった。目すら合わない。
さらに、僕を守るためと言ってしていたメイクや服装も、がらっと変えてきた。まるで、中学生の頃のように。
……これは、非常事態だ……! と直感的に思ったから、急ぐことにしよう。
姫と話せなくて寂しくて、後悔していた僕もいるし。
あと。
――もしかしたら、分かってくれたのかもしれないし、ね。
屋上に駆け込むと、澄んだ青空の下、一人佇む女子の後ろ姿が目に飛び込んできた。
揺れる綺麗な黒髪。短いスカートは、頼りなげにはためいている。細い手は屋上のフェンスにもたれさせて、静かに空を見上げていた。
「姫」
声をかけると、ふわり、と女子――姫が、こちらを向いた。
――ああ、あの時と同じだ。
優しくて、でもどこか悲しげに揺れる瞳。変わらない。
「隼様。来てくれたのですね」
姫はそういって、僅かにはにかむ。
姫の声が懐かしい、会いたかった……なんて、自分は弱いんだろう。
「隼様……!?!」
気付いたら、僕は姫を優しく胸に抱いていた。姫の細い肩が、驚いたようにして跳ねる。
「ははははは隼様にぎゅーをされるなど、もももう私、死ぬのですね!? それか、すでに死んでるのでしょうか!? どうしましょうどうしましょう」
わたわたと胸の中で焦る姫。
僕は慌てて体を離し、そして勢いよく頭を下げた。
「姫!! 昨日は、本当に、ごめん!!! あの時は、つい勢いで言っちゃって」
「隼様に謝られるなど、そんな事……はわわぁ……」
今日はハートのカラコンをしてないのに、本当に目をハートのようにして姫が悶絶する。
「あのっ私、隼様のおかげで大切なことに気付けましたので……! 本当にありがとうございますありがとうございますありがとうござ」
「いったん落ち着こう? 姫」
ものすごいスピードで頭を下げる姫。首が取れちゃいそうだから、とりあえず止めることにする。
「うう……まだ三回も言えてないのです……あと99999997回ですのに」
「……一億回言おうとしてたの??」
全く、何をしでかすか分からないな……姫は。
やっぱり、僕が姫の横にいないと、心配だなあ。
そう口を開こうとすると、一瞬速く姫が口を開いた。
「隼様っ!!」
「は、はいっ」
勢いよく手を握られ、僕は目を丸くしながらも返事する。
「私、私は……、私の意志で、隼様の隣にいたいのです!! それに、自分を捨ててまで、隼様に全てを注ぐのはやめにします!! 自分の意志のスペースを残したうえで、その他全てを隼様に捧げることにします、ので……末永く隼様の隣にいさせてください!!」
「……あはは、なんだかプロポーズみたいだね……」
そう苦笑しながらも、目の前で、赤い顔をして目をつむる姫を見つめる。
――自分を大切に。
そうか、ようやく。
僕は手を伸ばし、姫の頭上にかざす。
「……姫、ありがと」
「んひゃぁぁ!!」
ぽふぽふと頭を撫でてやると、姫がますます顔を赤らめながらも、顔を跳ね上げさせた。
僕は、素直な気持ちを口にする。
「僕も姫と一緒にいたいから。そう言ってくれて、本当に嬉しい。ありがとう」
「は、隼様ぁあ……」
ああ言ったことに後悔してたけど、よりよい関係になれるのなら、結果オーライ。気付いてくれて、そして分かってくれてよかった。
「隼様からひと時も離れたくないのです……」
「セリフはいつもと一緒だね??」
でも、心は違うことを知ってるから。
「……あとで、天詩さんには謝ってくるのです。そして隼様。本当に申し訳ございませんでした」
「気づいてくれたならいいんだ。僕もごめん」
僕はそう言うなり、姫の手を引いた。
「じゃ、行こうか」
「はい……あ」
いつものようにして帰ろうとすると、姫が僕の腕を掴みながらも立ち止まる。
「ん、どうしたの?」
「……聞きたいことがあるのです……! 今までは、隼様のことを思って言わないようにしていたのですが」
そう言うと、姫は僕の目を見た。
「……隼様は、天詩さんが好きなのですか?」
不安に揺れる目。
――好き、か。
僕はしばらくの間黙考する。
日岡さんと一緒にいる時……姫と一緒にいる時とは、また違う感情。
もっとなんだろう、ドキッとしてズキッとするような。その名前を聞くだけでそわそわするような。
これが、恋というなら――
「かもね」
僕はその気持ちをぎゅっと三文字にして、口に出した。
「……そう、ですか」
姫は唇を噛み、そして俯く。
その時、どんな顔をしているのかはよく知っている。
でも、やっぱりあえて触れない。知らないふりをする。
そして、姫が顔を上げた時、どんな顔をするのかを、待つ。
「……じゃあ、負けません。宣戦布告、なのです」
やがて顔を上げ、姫はもう一度僕を見た。
目に浮かんだ、強い決意。
――ああ、変わったんだ。
僕は、そんな姫と出会えて、そして姫の隣にいられることに幸せを感じながらも、僕たちは足を進めた。
ʚ天詩ɞ
「バカなの? なんでそうなるのよ! バカね! そうよバカよ!」
「人の事バカバカ言いやがって……。地獄に落としてやるぞ」
「それは頭がよくなってから言いなさい」
放課後。私たちは、いつもの席で、勉強会!!
テストまであと二週間で、ただでさえやばいのに、自分を差し置いて斗真に勉強を教えちゃう……あぁもう!
「今日もつきっきりだねぇ……」
そんな様子を、ひなたがジェラシーを含んだ瞳で見つめてくる。そんな見ることないでしょ! 別にやましい事じゃないんだから! ね!
と、参考書をすらすらと解いていたはずの美雨が、ゴンとものすごい音を立てて机に突っ伏した。
「もうむりでしゅぅ……」
だよね。今回の事件で、一番頑張ってくれたのは美雨だもんね。そりゃ疲れちゃうわよ。ありがとう。
「私も疲れたあ!! もう帰ろう! おーわり!」
「よっしゃああぁあっっぁぐああっ痛ええぇえ!!」
立ち上がる斗真のすねをけっとばしてやると、斗真は悲鳴をあげてうずくまった。
「ナイスヒット、弁慶の泣き所ね」
「お、俺に何のうらみがあって……てか弁慶の泣き所ってなんだよ……」
「はあ? ちなみにこれも、社会の勉強の一環よ? 知らないのー? 弁慶についてもっと学びなさい」
「ちなみに、今の斗真くんの勉強は、弁慶の立ち往生だね」
「お前ら寄ってたかって、俺の脳をいじめてきやがる……」
ぐぬぬ、と言った顔をして睨む斗真を放っておき、私は教科書を片付けはじめる。
んー、私の勉強は、部屋でやろうかな。
と思っていると、斗真が机に突っ伏したままの美雨に近づいていき、
「おい黒花、額、大丈夫か」
「……んうぅ!?」
斗真の手が、美雨の額に触れたぁ!?!?
「保健室行くか? 一応手当てしてもらった方がいいよな。眠そうだし……」
「……別に手当てしてもらう程じゃ……んわぁぁ!?」
そしてそして、斗真が美雨を背中に乗せた!?
「行くぞ」
「んうううああ……」
真っ赤な顔で、斗真の肩に顔を乗せる美雨! 顔、近い、近いよっ!!
どうしよう、すんごくもやもやするし、どくどくするんだけど……!!?
早く離れろっって唱えちゃう……これ、何なの!? 病気? 病気かなぁ!?
「……斗真、保健室へ急ぐわよ」
「おお、そんな引っ張るなって……」
その時間が早く終わってほしいから、私は斗真の手を握って保健室へ誘導する。
「斗真しゃん、ありがとうございますぅ……」
「っあ、ああ」
保健室に着くと、ベッドに転がりながらも美雨が甘々声で言う。この景色、二回目……!
てか、なに顔赤くしてるのよ! 斗真の変態!!
心臓が警告信号を示す。もやもやが散ってくれないよお!!
しばらく悶絶した後、一つの方法を思いつき、私はゆっくりと頷いた。
――これは夜、斗真の部屋に侵入するしかないわね……!!
んあ、べべ別に変態とかじゃないし! これは……そう報復よ、報復!! 私を謎のもやもやに包ませた報復、復讐!! 別にやましくなんてないっ!!
下心もないし、てか斗真に恋愛感情もないし!!(てか、恋愛感情に関しては無経験なんだけど!)
斗真は、鬱憤を晴らすための……そう道具よ道具!
……てことで、斗真の部屋にお邪魔する方針は、満場一致で可決よね。
私は赤い顔を紛らわせながらも、そう決心した。
待ってなさい斗真、今に、同じ感情に浸らせてあげるんだから……っ!
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