3章10話 ……私は、全て、賭すと決めたので……



「……なんですか? 犯人、とは」


視界の先で、長い黒髪をぐるぐると巻いた、地雷系少女は首を傾げた。


俺は、ただぽかんとして佇むしかない。

それは俺だけではないようで、隣で天詩も目を見開いている。


思っていることは同じだ。

――なぜ、この人が。


「わかっているでしょう。天詩さんに多数の嫌がらせを重ねてきた、犯人ですよ」


黒花は動じることなく続ける。

……証拠なんてないのに、どうしてそんな堂々と……。


「あら、それは大変なのですね。しかし、それは私に無関係なのですよ?」


姫は、珍しくきちんと制服を着ていた。(ただしスカートは、ぎりぎりラインまで切っている)

そのスカートをひらりと危なげに揺らし、姫はその場を立ち去ろうとする。


「それは、見苦しい嘘ですね。あなたのが語っていますよ?」


姫ははっとして、手のひらを持ち上げる。続いて、それを見た俺たちは悲鳴を上げかけた。


姫の手は、真っ赤に染まっていた。

まるで、誰かを殺めた後の犯人のように、鮮やかな赤。


「なっ……えっ……!?」

「安心してくださいねー、別に血ではありません。すこーし、細工をさせてもらったんです」


こんな状況だというのに、黒花はくるりと俺たちの方を向いた。


「さーて、理科の問題ですっ! 細胞を観察する時に使われる、比較的手に入りやすい、固定染色液はなんでしょう?」


急になにを……。ぽかんとする中、ひなたが戸惑いながらも回答する。


「えっ……さ、酢酸、オルセイン溶液……だよね?」

「はい、前の勉強を覚えてて偉いですよー! ……では、酢酸オルセイン溶液は、何色に染まるでしょう?」

「赤……だったわよね。でも、これが何……」


戸惑いながらも、天詩がそう答える。


「うんっ、偉いです! ……さて、いずれも回答できなかった、おバカな斗真さん。酢酸オルセイン液について、注意することはなんですか?」

「肌につくと、2,3日は取れない……まさか!?」


そこで、黒花の言わんとすることが分かり、俺は目を見開く。

同時にひなたと天詩も身を乗り出す。


「まさか、美雨?!」

「はいっ! 天詩さんの椅子に、酢酸オルセイン溶液を塗らせてもらいました。……例えば、犯人が天詩さんの机の中に手紙を入れようとした時などには、手を見ればすぐにわかりますよねー?」


「……っ」


姫は足を一歩後ろに進ませる。

その分、黒花は一歩、姫に近寄った。


「ちなみにー、犯人が姫さんだっていう予想は立ててたんです! なぜなら……」


と、黒花が俺に近づいてき、俺に抱き着くようにして身を寄せてくる。

な、なっ!?


「美雨……!?」


黒花は、驚くような天詩に耳を傾けず、俺の腰辺りに手をそわせる。

と思ったら、その手を俺のポケットへと入れ、あるものを取り出す。


「これですよ、これ。……風環さんの髪の毛に付いているアクセサリー」

「そ、それ……!」


教科書が捨てられていた時に転がり出てきた、歪な雫型のビーズを手に持ち、黒花はほほ笑む。


「これは、天詩さんの教科書やノートが捨てられていた時に、一緒に出てきたんです。……割れていますが、形状は照らし合わせたら同じものであることは確認できました」


いつの間に……! と思ったら、俺の疑問に気付いたのか、黒花は軽く俺の方を振り返り、


「すみません、斗真さんがマヌケにも天詩さんからお説教を受けていた時に、ちょこっとポケットの中をあさらせてもらってました。その時、このビーズと、割れていないビーズを発見しましたので!」


と、俺がいつかの日に、姫の髪から落ちたのを拾ったものも見せてきた。

……ポケットを漁られてたなんてそんなこと、全く気付かなかったぞ……!?!? やはり、小悪魔の香りが……!


「あと、もう一つ、決め手のために、斗真さんにお尋ねしたいことがありましてー」


小刻みに震える姫を前に、あっけらんと黒花は続ける。

まるでプレゼンテーションをしているかのように、黒花は胸を張りながらも続けた。


「あ、ああ……」

「図書室の話なんですが。私たちが図書室で勉強していた事、風環さんに言ったことがありますよね?」


記憶をたどると、確かに言った気がする。あの時は、雑談のようにして言ったんだったか……。


「ありますよね?」

「……ああ、あるな……」


すると、満足げに黒花が姫を直視する。


「だから、黒花さんは私達が使っているテーブルを突き止められたのではないかと思って! まあ、私たちをストーカーしていたのなら話は違いますが、そのようではないと証言も頂いてますし、ね」

「しょうげん……?」


ようやく姫は言葉を発し、震える瞳で黒花を見つめる。


「はい! と、その前に、犯行を認めてもらってもいいですか? あーちなみにその手が染まった事についてですが、斗真さんが言った通り2、3日は取れませんのであしからず」

「……私は、全て、賭すと決めたので……」

「犯行を認めますか?」

「……はい」


黒花の圧により、姫は腕を抱きながらもそう言う。


「よしっ、証明完了、ですよっ! 斗真さん、褒めてください!」


喜々として近寄ってくる黒花。しかし、俺の脳はそんな場合ではなかった。


どうして姫が。


そして。



――動機。それが、分からない。


「むーっ、褒めてほしいのに……」

「おい黒花、さっき言っていた証言者、は誰なんだ?」


黒花の発言を完全に無視してそう尋ねると、仕方なさそうにして黒花は俺から離れ、


「しょうがないですね……では、もう来てもいいですよー」



その掛け声で、ふらり、と廊下の死角から、男子生徒が現れた。


その顔がはっきりと視認できた途端、姫が絶叫し、地面にうずくまる。



「そんな、お許しください、どうか……隼様」

「…………」



いつもの爽やかな笑顔を失い、ただ『怒り』だけを顔に浮かべ、隼が姿を現した。


真っ青な顔になる姫を睨みながらも、隼は続ける。


「あれだけ、酷いことはするなと言ったよね」

「っ、それは、隼様のために……」

「姫だって、嫌がらせを受ける痛みは知ってるよね」

「隼様のためなら、私はどうだって……」


「……っ!! そのせいで、俺だけじゃなく、日岡さん、斗真やその友達までもが傷ついた、って言ってるんだよ!!!!」


空気を裂くような怒声。


涙をぼろぼろとこぼしながらも、姫が目を見開いて隼を見上げる。


廊下中に響き渡る声に、周りにいた生徒たちが、爽やかイケメンが吠える様子を唖然と眺めていた。



「……もういい。日岡さん、本当にごめん」


隼が我に返ったようにしてそう言い、その場を立ち去ると、姫はその場へと崩れ落ちた。



「そんなっ……私は、全て隼様のために……っっ……」



しばらくその場で嗚咽を漏らした後、姫は足をよろけさせながらもその場を去る。


その場に残る、俺たち。




「……どうしよう……」



全く予想していなかった状況。いや俺からしたら、全てが驚愕で新事実なのだが。



しかし、想像の斜め上をゆく結果に、俺たちはただ息を呑むことしかできなかった。

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