3章11話 全ては、隼様のために


「あなたのせいよ」

「お前のせいだ」

「そういう二人のせいだと……」

「いやそういう美雨が!」

「そういうひなたさんがですっ!」


二人が去った後、俺たちはそんな場合ではないというのに、俺たちはぐだぐだと揉めはじめた。


「はあ……もうここは、何もしなかった斗真と、ただバカみたいに突っ立っていた斗真と、ひたすらバカな斗真と、悪魔な斗真のせいってことでいい?」

「「そうだね……」」

「なんか俺がかわいそうになってきたわ」


そんなにディスることなくない? 俺だけの責任でもないだろ! というか、そんな悪いことをした覚えがない。


「というのは冗談よ。全て、私が悪いわね」

「「そんなことない!!」」

「対応の差に涙が出てくるわ」


そんな茶番のあと、天詩は顔を引き締めて俺たちを見る。


「とにかく、こんな状況になったのは、私のせい。ごめんね」

「まだ、嫌がらせの動機すら分かってないから、天詩のせいとはまだ言えないと思うっ。しかも、私たち、一心同体だし! 天詩のミスは私達のもの! 私たちのミスは天詩のもの!」

「後半のやつはただの責任転嫁な?」


俺のそんな突っ込みを無視して、黒花は一歩踏み出す。


「そうです、解決してしまった私にも非がありますし、ここは私達でその仲を修復するべきだと思うんです! 学校中の噂で、二人の仲の良さは聞いていましたので、こんなので終わっていいとは到底思えません」


解決してしまった、というところに力を込めながらも、黒花はそう言う。

褒められたいのはわかるが、まだ完全に解決したわけではないからな。解決した後には、存分に褒めてやろう。


「じゃあ、二手に分かれるのはどう? 風環さん側をサポートするか、並楽さん側をサポートするか」


俺はくるりと体を回し、天詩に向き合った。


「天詩。……お前は、隼の方に行ってくれないか?」

「は、はぁ……? それだけは、ちょっと」


眉を顰め、一歩後ずさる天詩。

しかし、俺が隼にあーだこーだ言ったって、響かない気がする。


天詩と隼、二人の過去には何かありそうなのはなんとなく感づいている。

しかし、そうやって意識し合っていた二人だからこそ、天詩が適任だと思うのだが……。


「私も、天詩さんが適任だと思います!! ……階段であった時、隼さんは一番天詩さんに話しかけてましたし、心を開いてるのかなと」

「うんうん、イケメンと美少女コンビだし、上手くいきそう」


ひなたの不純な発言はともかくとして、黒花も俺に賛成してくれる。


「……ちょっと、考えたい」


しばらく俯いていた天詩だったが、責任を感じたのか、そう言い切った。


「じゃあ、天詩は考えておいてくれ。俺たち三人は、姫を追いかけるぞ」

「ひ、姫って呼んでるんですか……!」

「なんか、仲良くなりすぎじゃっ……」


顔を赤くする黒花とひなたを一瞥しながらも、俺は天詩をその場に置き、足を進めた。




ʚɞ




姫は、廊下を駆け抜け、走った。


胸がはち切れそうだった。痛くて、苦しくて、どうしようもない感情が姫を苦しめる。


「ただ、私は、隼様を助けたい一心で……」


頭は、隼のことで溢れかえっていた。




ʚɞ




――姫と隼は、中学校で出会った。



「並楽くん、ずっと前から好きでした! 付き合って?」

「え、っと、あの……」


澄み切った空。屋上に、爽やかな風が吹く。


――しかし、事態は最悪だった。


くすくすくす。笑い声が響く。


「嘘コクだってのに、まじめに考えてて哀れー」

「あの見た目で、サヤと付き合えるわけないっての」

「ね、そう思うよね? 風環さん」


父の運営する会社の本部の移動により、姫は新しい中学校に転入することになった。


そこで、とある女子グループに誘われた。

その頃は、姫にこれといった特徴はなく、ストレートの黒髪に冴えない顔。

だからこそ、姫はそのグループに従わないといじめを受ける。そう思って、縋っていた。


「そ、そうだね……」

「ほらね、風環さんだって言ってる。……どうするかな、あの男」


あの男――それは、他でもない、並楽隼のことだった。

長く伸びた前髪に、今にもずり落ちそうな眼鏡―――それが、中学生の頃の隼の姿だった。


「ね、お願い? 私、ずうっと気になってたんだ?」


サヤという、女子グループのリーダー的存在が、隼にずいっと近寄った。

ちなみに、これは罰ゲームでの告白、いわゆる嘘コクである。


本当は、こんな事ダメに決まっている。だけど、逆らえない。



「えっと、ごめんなさい……」

「え、断るの?」


小さな声で隼が言うと、サヤは豹変し、思いっきり顔をしかめた。


「え? この私が告ってるんだよ?! あんたの分際で私をフるなんて、信じられないんだけど!!」


それと同時に、待機していた女子たちが影から飛び出し、隼に詰め寄る。


――どうしよう。



「ほら風環さんも行くよ! あいつ、許さないんだから」

「っ……う、ん」


私は、唇をかみしめながらも、女子たちについていった。




それから、隼への嫌がらせが始まった。

酷いことをしては、みんなで額を寄せてほくそ笑む。

それが気持ち悪くて、でも逆らえなくて、苦しい時間だけが過ぎていく。





「ねえ、今日の放課後さ、サヤをフッた事をバラさないかわりに、一万円払えって言わない?」


ある日のこと。サヤはそう言って、にやりと笑った。

一万円……!?


「いいじゃん、それ」

「で、どんどん値段あげてけばよくね? あいつ意思弱いし、いける」


――並楽くんだって人間なのに。


いたたまれなくなり、でも言えなくて。




放課後になり、サヤが屋上に、隼を呼び出した。



「……なに?」


隼はあの日以来暗い顔をしている。

様々な嫌がらせを受け、精神が傷ついているのかもしれない。


止めるなら今だ。今しか、止められない。



「あのねー、私、フられた事まだ根に持ってるんだよねー。 だから、一万円」

「……一万円?」

「そー。口止め料として。それか、このことをみんなにばらしてもいいんだよ? その場合、学校に居場所はなくなると思ってもらえるといいんだけど」


隼が身を震わす。一万円は、中学生の私たちにとって大金だ。


「で? どーすんの。出すの、出さないの?」

「だ、出せません……」

「はあ!?! なめてんの!?!?」


今、今しかない……!!



「や、やめて!!」


私は気付けば身を張り、隼をかばうようにして立ちはかだっていた。



「……はあ? 風環さん、何のつもり?」


女子たちの鋭い視線を浴び、身がすくむ。


「なにかいいなよ」

「……これ以上、並楽くんを虐めないで!」


そう、声を絞り出す。

サヤは目を細め、私をねめつくす。

そして、吐き出すようにして、言葉を発する。



「ふぅん。風環さんはそっち側なんだ? べっつにいいけど」

「マジで覚えときなよ」



女子たちが私を睨みつけ、そして足音を立てて屋上を去った。


へなへなと地面に座り込むと、隼がそっと近づいてくる。



「あの……ありがとう」

「あ……っ、いいの。なんかずっと、ごめんね」



隼は困ったようにして視線をずらす。綺麗な瞳が髪のすきまから垣間見え、ドキッと心臓が跳ねる。


「いや、いいんだよ。僕は気にしてないから」

「……そうなの?」

「それより、君の方が心配」


そういうと、気づかわしげに隼が見つめてきた。

その優しさに心臓がますます脈を打ち、頬が赤く染まる。


確かに、これからのことを考えると、不安しかなかった。

もう、私の中学生活は終わりだろう。どこかへ転校しようか。


そんな時、隼が言った言葉で、私の心は完全に奪われる。



「だから、今度は僕が君を助けるよ」



優しい笑みを浮かべる隼に、姫は恋をした。




ʚɞ




「おはよう」

「……」


朝、教室に入ると、当然のように女子たちが無視してくる。


だよね。こうなることは分かっていたけれど。


「お、おはよう、姫ちゃん」


と、戸惑ったような声と共に、隼が挨拶をしてくれ、どくんと血液がはしゃいだ。


「お、おはよう……っ!」


「……チッ」


サヤが舌打ちをするのなんて、気にならなかった。隼、隼くん、隼くんに近づきたい。


私たちは、それからずっと一緒だった。周りからは煙たがられたが、気にしない。


いじめだって、お互い酷ほど受けた。

靴隠しや画鋲なんてまだいい方で、言葉に表せない程辛い嫌がらせを受けたこともある。


「辛さは、僕と半分こ」

「苦しさは、私と半分こ」


でも、大丈夫。

だって、隼が。――隼様が、一番だったから。




ある日隼は、うっとおしかった、ぼうぼうと伸びた髪の毛をばっさりと切り落とし、眼鏡をコンタクトに変えて登校してきた。


「……っっ!? 隼くん!?」

「あは、思い切って切っちゃった。どう?」


あまりの豹変ぶりに、唖然とする。


格好いい。格好良すぎる。

もともと素敵だった瞳を輝かせ、綺麗な白い肌をほんのりピンク色に染まらせ、隼はほほ笑む。


見ると、女子グループのみんなも、ただ茫然としているのが見えた。



「……隼くんを盗られないようにしなきゃ」


心に浮かんだのは、嫉妬。


その日から、私はゴスロリを着て、語尾を変え、髪をぐるんぐるんに巻いてみたり、髪にハートをちりばめてみたり、地雷メイクをしたりした。


その格好で隼の近くにいたら、誰も隼に近づかない。

それは成功し、誰も隼と姫に近づくものはいなくなった。いじめもぱったりと終わる。


「風環さんって、気持ち悪い」

「風環さんって、なんというか不気味だよね」


自分が悪役になることで、隼を守れると思った。


「ありがとう」


そう、隼は言って、姫の頭を撫でてくれる。その瞬間がたまらなく嬉しかった。



全ては隼様のために。全てを賭して、全てを賭けて、私は隼様を守る。



そう決めたのだ。




ʚɞ




「私のおかげ。隼様は、私のもの。全ては、隼様のために」


口に出し、私は息をついた。


私と隼様は、二人で一つだから。


――私は隼様のために。




「……それって、のために、じゃないの」



後ろから気配を感じ、はっとして立ち止まる。

その声は静かに私に圧をかける。



「そうやって、自分のエゴで並楽くんに依存するの、やめたら?」



急いで振り返る。


ボブヘアーを揺らし、横山ひなたがそう言いながらも、私の目を覗き込んでいた。

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