3章9話 ……あなたでしたか。犯人は


ʚ隼ɞ



「あのっ……隼くん! ずっと言いたいことがあって……!」


休み時間、僕は引き止められ、振り返る。クラスメートの女子が、赤い顔をしながらも俺の服の裾を掴んでいた。

過去がよみがえり、僕はわからないようにして足に力を入れた。


「えーと、佐々木さん、だよね? どうしたの?」

「覚えててくれたんだ……! えっと、あのね、実は私……ずっと前から」


「隼様っ、行きましょうなのです!」


と、女子に全て言わせずに、フリルが付いたドレスを翻す姫が現れた。

ちなみに、これは毎度の事なんだけどね。


「えっ、ま、待って……」

「何度も皆さんに言ってるなのです! 隼様は私のもの、なのですよ!」

「ぅ……っ!!」


涙で顔を濡らし、その女子は後ろで待機していた女子グループに駆け寄っていく。


「風環さんって、最低」

「いい気になって」

「隼くんだって、いい迷惑だよ」

「風環さんなんて、いなかったらいいのに」


そんな暴言から守るようにして、僕は姫の背中に手を回す。


「……? 隼様?」


腕の中で、姫は一瞬俯いてから、からっとした表情で顔を上げる。


でも、僕は知っている。


俯いているとき、姫がどんな表情をしているのか。

姫が、暴言に、どれだけ傷つけられているのか。


それに気づいてないようにして、僕がほほ笑むところまでがワンセットなんだけどね。



二人で屋上に足を向けると、姫が俺の腕に絡みついた。


「隼様と二人きりになれるのが嬉しいのですっ! ずうっと、隼様のことを考えてましたのです」

「悪い子だなぁ。テストもあるんだし、勉強もしないとだよ?」

「大丈夫なのです! 私はから、隼様に尽くすと決めましたので! 私の全てを賭してお守りいたします、のです。テストの結果なんて、お金で解決できますのでー」

「……ありがとう、姫」


頭を撫でてやると、髪についている、桃色のハート形のビーズが一つ落ち、ぱちん! と割れた。


「わっ、ごめん!」

「いいのですよ、最近落としてばかっかりでして……。そろそろ買い足す予定でしたし」


割れて歪な雫型になったそれを拾い、僕たちは屋上へと向かう。



屋上の扉を開けると、風が俺たちを包み込んだ。

――僕たちが出会ったあの日のように、澄み切った天気だ。



「……姫、さっきはありがとね。助かったよ」

「いえいえっ、礼を言われるほどじゃ! 佐々木さんは、前から目を付けてたのですよ。なので、余裕で対処できましたよ」

「目を付けてたの!?」


それは初耳だ。まさか、『僕を狙ってるリスト』でも作っているのかな……?


「はいっ! 他にもいるんですけどー……もうどうしようもない人は、私がちょこっと手を出してるので、安心してくださいのです」

「手? 何かしてるの?」


すると、姫はぷるぷると首を振る。


「いえっ、隼様に害がない程度ですので! 大丈夫なのです」

「そう? 変なことはしないでよ」


姫は昔から、僕を守るためなら手段を選ばない性格。たまにこうやって声をかけないと、何をしでかすか分からないからね。


「……そういや、斗真、今なにしてるかなー。話しに行こうかな?」

「嫌ですっ、嫌! 私ともっと二人きりでいましょう! 誰にも盗られたくないんです……」

「はいはい」


僕が屋上の地面に転がると、姫がフリルを風になびかせながらも、ちらりと僕を見る。


「……隼様は、自分が傷つくか、傷つけてくる相手が傷つくか、どちらが嫌、なのですか」

「いじめる相手が傷つく方が嫌かな」


即答すると、姫ははあ、とため息をついた。


「いつもそういうのですから。自分が一番に決まってるのですよ?」

「いやぁ、だって、傷ついた相手を見たくないじゃん? なら、自分が我慢した方がいいよ」

「……そんな隼様に傷ついてほしくなくて、そして自分はどうでもいいのが、私なのです」


そういうと、姫は目を細めた。


「なので、例え何を言われようと、私はどうでもいいのです。捨て身の覚悟で隼様に従えますので! なんなりと言ってくださいなのですよ!」


こういうところだ。こういう優しさに、僕はつい甘えてしまう。


「だから、隼様を守るためなら手段は選びません。……許してくださいますよね?」


言わなきゃ。ダメだって言わないと。相手の傷ついた顔なんて、見たくない。


けど、僕は姫の笑顔に包まれて。


「……酷いことはしないでよ」


としか言えない。


「……酷いことの基準はわかりませんが、私たちが昔、身で感じた、『酷い』の基準で動きますね。……隼様は、私のものです」

「……わかったよ」


姫は僕の反応を見るなり立ち上がり、「そろそろいきましょう」と言って歩を進めた。





ʚ斗真ɞ





「はああぁぁ!? じゃあ、あの壁ドンも! ジュースのおすそわけも! 全部、作戦だったと! そう言うのね!?」

「いや、ジュースに関しては……」

「じゃあ、壁ドンは、よ! 私、ドラマの撮影以外では、初壁ドンだったんですけどっ!」

「それ、初って言わないんじゃ……」

「うーるーさいっ!! 黙りなさーい、悪魔!」


くっそおお、言われ放題だ……!


俺は、図書室の地面に正座をし、天詩からのお叱りを受けている。いや、受ける義理はない気がするんだが?

ちなみに黒花とひなたは、俺をにやにやとしながらも見下ろしてくる。なんだあいつら、共犯だろ!?

……まあ、壁ドンは、咄嗟だったからな。申し訳ない気もする。


「はあ。全く、許しがたいわー……」

「あのーだな! 説教はいいが、事件は解決しなくてもいいのか?」


さっきからずっと説教を受けてるが、事件を解決する姿勢が感じられない。さっきまでの時間は何だったんだい?

すると、やれやれ言った顔で、黒花が一歩踏み出した。


「ようやくですかー。あのですね、少し会議がしたくて……というか、犯人を見つける切り札は、もう決まってますよ?」

「「えええぇ!?」」


天詩と声がかぶり、俺たちは気まずくなってぷいと顔を背ける。


「まあ、とりあえず会議です。……なんでここにメモが張られてたのか! それにつきます!」

「「確かに……!」」


またもや声がかぶり、ますます恥ずかしくなる。


「なんで二人はそんなに気が合うの……!」


ひなたが拗ねたようにして向こうを向く。


「真面目に会議に参加してくださーい!!」


黒花の怒声に、俺たちは慌てて地面に正座をする。


「「「申し訳ございませんでしたっ!!」」」

「よろしい」


黒花はどや顔をしながらも俺たちを見た。


「簡単に言うと、ここにメモが貼られてたのかは、犯人が私たちがここで勉強をしていることを知っているからです!」


知っていた? 


「なるほどね、でないと、的確にこの場所に貼れないもの」

「確かに、この机は私達しか使ってない気がします。前、シャーペンをこの机を忘れたしまったのですが、次の日全く同じところにありましたので……」

「前、図書委員の人に、『いつもそこに座ってるのはあなたたちだけね』って言われたよー? 『勉強熱心でいいわねー』って」


証言がそろい、この机は俺たちの貸し切り状態だということが分かった。


「しかも、図書室にあんまり人は来ないしねー。噂でも流れてるのかな?」


噂、か……。


「でも、噂なんて、回りまくって、確認のしようもないわよ?」

「そうだよー。なにか他にないのー?」


俺は無造作にポケットに手を突っ込み、何かが指に触れた。

そのままそれを引っ張り出す。


「「「なにそれ?」」」


俺のポケットからは、前天詩の教科書の中から出てきた雫型の宝石(?)だった。

それを説明すると、三人は思案顔になる。


「私、そんなの持ってないわよ?」

「なら、犯人のですかね……」

「アクセサリーかな? だとしたら女子?」


なんだか、見覚えがある気がしたが……気のせいか?


「でも、全然絞れないじゃないっ!! これじゃ分からないわよ!」

「そうだよーっ、もう無理、天詩を生贄にするしか……」

「なによっ!? もうすでに虐め受けてるのよ!」

「おい二人共、落ち着いてー……」

「落ち着けないわよ! なら、あなたが生贄になりなさいよ! 悪魔だし、ぴったりよ!」

「はああー!? うるせえ!」

「もーっ、とにかくわかんないー!!」



場がカオスになり、本を整理していた司書さんが慌て始めたところで。


「みなさん、初めの言葉を忘れていませんか? 手は、あると」


「「「!!!」」」


はっとして黒花の方を見ると、黒花は自慢げにほほ笑んだ。


「新入生代表の力、見くびってはなりませんよ?」



小悪魔な笑顔と声で、黒花は『切り札』とやらを俺たちに囁いた。





ʚ???ɞ



たったった。


自分が歩くと、周りがじろじろと視線を刺してくる。


気にしない。だって、全て気にならないから。


もうすぐで、自由時間は終わる。それまでに、急がないと。



がらら、と『1年A組』教室を開け、自分はある机に向かった。


手には、大量の手紙。内容は、毎度の事、『チカヅクナ』。


早く、早く、近づかないでほしい。視界から消えてくれれば、あの人も安心してくれるだろうから。


さっさと机の中に入れようとして、椅子がぴったり机につけられていることを煩わしく思う。

雑に椅子の背を掴み、ずらして手紙を入れた。


べた、と手が濡れた気がしたが、気にせず自分は教室を出る。


――これで、あの人は自分のものになる。





そうほくそ笑みながらも、自分は廊下の人込みに紛れる。これで、誰も私が犯人だなんて思わない。

というか、これまで本人だけが気付くような嫌がらせを重ねてきたつもりだ。

花瓶を置くとか、そんな目立つようなことはしない。できない。過去が私を止める。


このまま、あの人が――――。




自分は胸に刻みながらも、人込みに溶けようとし、







「……あなたでしたか。犯人は」



慌てて振り返ると、艶やかな黒髪を翻しながらも、少女―――黒花美雨が、自分を直視していた。

その横には、見知った男子――斗真の驚いた顔がある。



少女は、冷たい顔で自分の顔を睨んだ。







「さあ、動機を白状してください――風環、帝姫さん」


彼女は、バレるはずがなかった、私の名前を呼んだ。

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