3章8話 私のこと、大好きじゃない! ……ね、悪魔さん?


「なん、だと……」

「とにかく! はっ、早く来てください!」


「なに、何が起こったの?」


天詩が俺を見て首をかしげる。


「ごめん天詩、俺、ちょっと行ってくる。……教室から出るなよ」

「ええっ、ええ?!」


焦ったように声を出す天詩を置き、俺は黒花に手を引っ張られ、靴箱へと駆け出した。


「ここです」


靴箱のごみ箱。

そこに、『日岡天詩』と名が記された教科書やノートが数冊捨てられていた。


「これは……っ、いつ……」

「私が来る前、だと思うんです。きっと、私たちが購買前で会議をしてる時に……」


黒花が青ざめたままもそう言う。

幸い教科書は汚れていなく、無造作にゴミ箱に放り込まれたように見える。


「とりあえず、取り出そう」


二人でゴミ箱から教科書を回収し、それらをまとめて、黒花がぎゅっと抱きしめた。


その振動でか、ちゃり、という音と共に、何かがノートの隙間から零れ落ちた。


「……なんだ?」


俺はそれを無造作に拾い上げる。


それは立体的かつピンク色で、小指の爪もないほどの大きさだった。欠けたのか、小さなひびが入っている。全体的な形は、いびつな雫型だ。


「それ……なんでしょうか……」

「天詩の持ち物だったか、犯人のものか、だな」


証拠品として、俺は毎度ながらポケットの中に入れる。


「と、とにかく、これらのものは、天詩さんにばれないようにして戻さないとですね……」

「ああ。……とりあえず今のうちに、犯人の目安を立てておくか」


時間を有効に。冷静でいることに必死だったが、なんとか推理脳を働かせる。

なにしろ、『天詩を守り隊』リーダー(自称)だからな。


「……うちのクラスじゃないことは大体わかった。みんな天詩ファンだからな」


「それもわかりませんけどね……。ちなみに、今の時間が自由時間なのは、斗真さんたちの1年A組と、並楽さんや風環さんのクラスの1年C組です。私は1年E組ですが、代表委員は、見守りという名の自由時間をいただいてます」


なるほどな……。


「つまり、犯人は、1年A組か、1年C組か、代表委員か先生、ということになるのか?」

「んー、おおむねそれでいいと思いますよ。1年A組の者である確率が低いなら、絞れてきますね」


教室に他のクラスのやつが入ってきたかは、ひなたがしくじったため分からんからな……。まああれは仕方ない、か。


「うーん、何か決め手があれば……」

「……実は、私の中で手は考えているんです。しかし、天詩さんの許可がいる事なんです」

「? それは?」


黒花は困ったように首を振る。今は教えるつもりはないらしい。


「その手を取るには、天詩に、俺たちがいじめのことを知っていることを暴露する必要があると言うのか。……うーん」


とにかく、もう一度会議が必要か。


「じゃあ、とりあえず教室に……」


戻るぞ、という言葉を発する前に、ばたばたと足音が響き、俺たちはぴたりと静止する。



「こんなところに……! いきなりいなくなって、何事なの?」


金髪を宙に踊らせながらも、今最も来てはならない存在が現れる――天詩だ。


「っあ、あぁ……」


黒花が、教科書を背中に隠す。が、バレバレだ。


「んえ? それ……どうしたの、教科書?」


天詩が首をかしげながらも黒花に接近する。


まずいっ……ここは!


俺は、天詩を壁まで追い詰める。


「え、え、なに……きゃっ」


そして、だん、と壁に手をついた。――壁ドンである。


「ふぇっ、えっ、な、なによ?」


天詩は顔を真っ赤にしながらも至近距離で俺を睨む。


――これしか手がなかったんだよ! 

本当はこんな事、天詩なんかには、死んでもしたくないんだがな! 

しょうがない、俺は死んでいると仮定しよう。なら壁ドンなんて簡単だ。


「な、なんなのよっ!?」

「あーとだな。き、今日は、元気か?」

「はぁ?」


赤い顔のままも怪訝な顔をされる。話題がない! しかも、この体制では無理がある……!

と、俺の作戦に気付いたか、黒花が忍者のようにして靴箱の辺りから去る。


「ええ、そ、そこそこ、だけど」

「それはよかった」

「……てか、なんで、壁ドンなの……!?」


黒花が完全にいなくなったのを確認すると、俺はついていた手を離し、天使から五メートルほど距離をとった。

心臓がかなりまずい……警告信号を鳴らしている!!


「っ! 近づいたり離れたり、なんなのよーっ!」


ごめんよ、作戦なんだ……!


「もう私、帰るっ! 斗真も、か、帰るわよ!」


そう言うと、天詩はものすごいスピードで教室へと走る。

まずっ、この調子だと、教科書を戻すところを見られるんじゃ……っ!


「て、てんし!!」

「ひゃっ?!」


素っ頓狂な声を上げ、天詩が俺の方を振り返る。顔は真っ赤だ。

……もしや、さっきの俺にドキドキした、とか?


「お前、まさか俺にドキドキしたのかー? あれれ? 顔がお赤いですぞ?」

「~~~~~~~っ!! しっ、してなんか!」

「じゃあなんで顔が赤いのかなー? んー?」

「んうううぅううっ……」


顔が悔しげに歪む。

久しぶりに天詩の敗北の顔を見て、なんだだホッとする。……いや、ドSとかじゃなくてだな! その!


……いつも通りの天詩がいいって事だ! 早く解決して、元に戻ってほしいということだ! くそ! 恥ずかしい!


「あれっ、斗真も顔が赤いよー? なあに、えっちな妄想でもしたのかなー?」

「違え!! バカ! 堕天使っ!」

「誰が堕天使よ! 大魔王! 悪魔!」


「うるさーい!!」


と、俺たちのじゃない声が響き、ぴたりと動きを止める。


「もー、全部聞こえてたよ? 本当にもー」


ボブヘアーを揺らしながらも、そして制服を盛大に乱しながらも、ひなたが階段から降りてきた。


俺をちらりと見、『いきのびた』と口パクする。よし。


「本当ですよお」


ち、続いて黒花も現れる。日向と同じく、オーケーサインを見せてきた。よかった……!


「美雨! 靴箱からワープでもしたの!? 急にいなくなって……!」

「はわっ、そうです、いせかいてんせい、し、しちゃいましたー」


白々しすぎる!! てか異世界転生の意味、絶対知らんだろ!! ワープとか、そういう意味じゃないんだからな!!

やはり、優等生に嘘はつけないか……。


俺はひやひやしながらも天詩の方を見る。


「すごい……異世界てんせー、なのね」


あれ、天詩ってこんなおバカだったっけ? あ、単純なのか。

嫌がらせにより精神が削れて、単純おバカな本性が現れたのかもしれない。


「ねねっ、忘れてるかもしれないけど、私たちテスト期間なわけだからね! 勉強しに、図書室、行かない?」


どがーん!!

脳に衝撃を受け、俺はただ突っ立つ。


「やっぱりその様子だと忘れてたみたいですねー。さすが」


この状況だから、現実逃避していた! いや、忘れていた!


「そうね。まあ、斗真が負けたら私たちがいじめてあげられるしね? じゃ、行きましょう」


そういや、そんなゲームをしていたな……。

天詩が悪魔のように微笑み、図書室へと足を向ける。


ひなたが、「話題をそらすこと、完了っ」と耳打ちしてくる。









――この決断が間違いだった。




俺たちがいつも使う、勉強テーブル。


そこに、『チカヅクナ』と書かれた紙が、貼られていた。





ʚ天詩ɞ





「「「っっっっ……!!!!」」」


斗真たちが固まる中、私は息をすることも忘れて立ち尽くす。


「っっぁ、これは、違くてっ、ぅ、ぁ……」


真っ青になりなり、がたがたと震えながらも紙を隠そうとする。


普通なら、『このテーブルはやばい。近づかないでおこう』となるような内容。


でも……この言葉は……。


息が止まる。目頭が熱くなる。



どうする。どうするどうする。

嫌われる、引かれる、怒られる、嫌がられる、嫌われる、嫌われる、嫌われる。


膝が震える。みんなを直視できない。



「天詩、大丈夫だからっ!」



と、ぬくもりが肩に触れた。ひなただった。


震える私の肩を抱き、頭を撫でてくれる。



「違くって、全然、いじめとかじゃ……」

「大丈夫」

「私、なにもしてなくて、それで、違うの、これは」

「大丈夫だから」

「私……っうぅ……っ」


私はしゃがみ込み、地面に伏せる。涙がこぼれる。

ひなたは、そんな私の背中を、優しくさすってくれる。


斗真と美雨が、私に近寄ってくる気配がした。



嗚咽を漏らして、私はうずくまる。


もっと先に言えばよかった。一人で解決できると思って、隠してた。


「友達だ」なんて言って、カッコつけてたのに。

本当は、嫌われないように、迷惑をかけないように、必死だった。


私は、みんなの友達として、最低だ……。


今だってこの事実に、三人は驚いているだろう。なんで隠してたんだ、って。信頼してなかったのか、って思われちゃう……。

もう、友達失格かもしれない。大切な友達なのに……っ!



と、斗真が、私を優しく抱きしめてくれる気配がした。


「……っ」


私も、感情をぶつけるようにして斗真を抱きしめる。


冷たい涙が、斗真の服に輪をつくってしみた。




ʚ斗真ɞ




しばらくすると、落ち着いたのか、天詩がゆらりと立ち上がる。

はっと我に返り、俺は天詩から身を離した。俺、天詩を抱きしめて……っ?!


「天詩……大丈夫? ……あの、本当に、ごめn」

「黙っててごめんなさいっ!!」


ひなたが、俺たちがそれを知っていた事を暴露しようとすると、先に天詩が頭を下げた。


「どうしても、言えなくて。その……私、実は、嫌がらせの手紙をもらったり、してたの」


「あのぅ、私たちも、謝らないとダメなんだけど……」


うつむきながらもそう白状する天詩に向かって、俺たちは同時にガバっと頭を下げた。


「実は、陰ながら『天詩を守り隊』結成してました……!」

「実は、全部知ってました……っ!」

「本当にごめんなさい……っ!!」


「んはぁぁぁあえええぇぇ!?!?」


大絶叫する天詩。司書さんがぎょっとして俺たちを見る。


慌てたようにしてボリュームを下げながらも、天詩は口をパクパクとさせる。


「は、はあ……? 知ってたって、どういうこと……!?」

「実はー……ですね」


俺たちは、全てを天詩にぶちまける。靴の画鋲の話も、手紙の話も、教科書の話も。


「……てことは、裏からずっと私を守ってくれてたわけ……っ?」

「そ、そういうことになるな……ごめん」


なんで教えてくれなかったの! と怒鳴られるかもしれない。そうやって見てるだけなんて酷い、と殴られる可能性だってある。


俺たちは、あと一歩を、進み損ねた。


「本当に、ごめん……。それでも、私は、天詩の友達でいたい……!!」


ひなたがそう言い、恐る恐る天詩の顔を仰ぎ見る。

俺だって、天詩に、友達解除されるかもしれねぇ……!


俺たちは、下を向いて、天詩からの言葉を待つしかない。



「よかった……」


「「「え……?」」」



しかし、こぼれたのは安堵の一言。


……え??


「わっ、私、『なんで黙ってたの!』って言われちゃうか不安で! 友達じゃなくなったらどうしようって……! よかったぁ……」


そう幸せそうに笑う天詩は、天から舞い降りた天使エンジェルのようで。

俺は、これからも隣で天詩の笑顔を守りたいと思った。


……別に、恋愛感情があって言ってるんじゃないんだからな?



「てんしいいぃぃいぃい――っ!」

「んわぅ」


ひなたが目をうるうるとさせながらも天詩に飛びつく。


「てんしさああぁぁあん……」

「わぁう」


黒花も、天詩に飛びつく。



……俺?


「斗真くん、早くー!」

「そうですよ、来てください!」

「あと三秒で、友達打ち切るわよ。はいさーん、にーい」

「ちょっ!!」


ひなたに手を引かれ、俺は天詩に飛びつく形になる。


「うふ、みんな私のこと、大好きじゃない! ……ね、悪魔さん?」

「それはどうかな、堕天使さん」


ばちばちばち。こうやって火花が飛ぶのも、また懐かしい。



「いちゃいちゃはダメですーっ!」


黒花が頬を膨らませ、俺と天詩をぐいっと離す。


「なんだよ、黒花……」


すると、黒花は赤い顔のまま、焦ったようにして続けた。


「そ、それでですねっ!! まだこの事件は、解決してないんですよ!」


黒花の言葉に、俺たちははっとして姿勢を正す。


「そうだった……なんかほっこりして、つい解決しなくてもいいんじゃないかって……」

「やめてよ、ひなた、私をいじめたいのっ!?」

「あはは、うそに決まってるでしょ?」


絆が強まったからか、突っ込みが激しくなってるぞ?


「でも、どうすればいいのかな……もう、嫌がらせを急いで消す必要もなくなったんだし、それじゃ犯人も見つからないし……」


ひなたが天詩に張り付いたままも首をかしげる。



「……こうして天詩さんと分かち合えたことですし、大切な友達をこれ以上傷つけたくありませんしっ! ……、使っちゃいますか?」



そういうと、黒花は不敵にほほ笑んだ。

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