3章6話 『天詩を守り隊』を結成しよう


「っどうすれば……」


画鋲を見て、俺はただ固まる。

チクタクと、時間だけが過ぎていった。



――不意に、ぱたぱた、と足音が響く。



「んわっ、探しましたー! 斗真さんっ、いつも私を置いていかないでくださいよ!」

「はあはあ、もうダメーっ……」


靴箱に黒花とひなたが駆けつけてきた。

俺は、幽霊でも見るような目で二人を見る。


「どうしたの……って、天詩の靴見つめてるのっ!? やっぱり変態なの?」

「んえぇ……さすがの私も引きます……って、えっ」


黒花が、画鋲の存在に気付き、顔を固まらせる。


「なになに、えっ、どうしたの二人共?」


言葉は要らない。というか、発せない。

俺はひなたの後頭部に手を当て、天使の靴のすぐそばまで押す。


「わっ、ちょっと、そんな押さないで! 別に天詩の靴の匂いを嗅ごうとか、そんな事……っぅっええぇぇ!?!?!?」


そして、画鋲に気付いた瞬間、素っ頓狂な声を上げた。


「画鋲っ!?!? いっ、いいいいじめだよ! なんでなんで、マイエンジェル・天詩がいじめられるなんて、ないよぉ!」

「そ、うです! 最低です!! 私、先生に言ってきますから!」


二人が悲鳴のような声を上げる。


「……いや、待て」


もし、天詩に起こっていることがこれだけではないのなら。

そこで、俺は、先程天詩が貰っていた手紙を思い出す。


「もしや、あの手紙……」

「「てがみ……?」」


震えあがって、お互いに手を取り合っている二人に向かって、俺は声を張り上げる。


「……あの手紙は、挑戦状なのでは!?」

「「ちょうせんじょうっ!?」」


例えば、『お前の美貌をいただきに行く』とか! 『お前の心を奪いに行く』とか!


だとすれば、それはあいつの宝物であり、取り上げられていいものではないっ!

その要求を吞まなかったから、次は画鋲を靴の中に入れた、とか……。


なら、俺にできることは。


「よし。お前ら。……『天詩を守り隊』を結成しよう」

「……ごめん、全く話が読めない」


青ざめたままも、ひなたが突っ込んでくる。


俺は、今日俺が見た光景や、手紙に着いて簡単に説明した。


「ならっ、なおさら先生に言わないとです! でないと、マズいことになりますよ!」

「それもそうだが……仮に先生に言ったとして、犯人を捕まえてくれる訳ではないだろ? なら、俺たちで突き止めるまでだ」

「んぁ、確かにそうですが……」


黒花が優等生らしく眉を顰める。確かに、このままだとまずいことになるのは分かっている。


「ここは、先生に大まかなことだけ話すのがベストじゃない? 犯人は、天詩の親友の名に懸けて突き止めるっ!!」


ひなたがオオカミのように咆哮する。いつの間に、天詩の親友に昇格してんだ……。


「じゃあ、私が校長先生に手紙を出しておきます……っ」


黒花が、震える足で体を支えながらも俺を見た。


「ああ……それは、できれば匿名がいい。名を出さず、起こった出来事だけを書くんだ。でないと、このことを犯人が知った場合、俺たちだけでなく、天詩にまでも被害が出る可能性が出てくる。最悪、命を……」


「「それは漫画の読みすぎ」」


天詩がいない生活なんて……っと、俺は何を考えてるんだか……これじゃ、ロマンチックな映画だ。


でも、心が煮えたぎるような怒りが、心を燃やし尽くしている。

天詩に危害を加える奴は、この俺が許さねぇ……。


画鋲を靴から荒々しく取り出しポケットに入れると、俺は息を吸い込む。


「とりあえず、俺たちで会議だ!! お前ら、図書室に戻るぞ」

「「うん」」






「……はぁ」


そんなため息が、靴箱で小さく響いた。




ʚɞ




「まず、犯人の特定だ」


俺たちは図書室に集まり、こそこそと会議する。じろじろと周りの生徒が見てくるが、気にしない!


「犯人を一刻も早く突き止めたい。できれば、お互い無傷でいきたいものだが」

「それより前に、このことを天詩に言うかどうか、じゃない?」


ひなたが不安げに瞳を揺らがせる。


どんな内容かは知らないが、手紙を見た後の天詩はひどく傷ついていた。追い打ちをかけるようにしてこの事を知らせてしまうと、心を病んでしまうだろう。それは嫌だ。

俺としては、天詩も俺たちも、犯人も傷つかずに終わらせたい。……犯人は、傷ついてもいいが。


「……やっぱり、言わない方がいいと思います」


黒花も同意見らしく、そう震える声で言う。

黒花は顔面蒼白、先程から小刻みに体を震えさせている。早く解決して、みんなで楽しい高校生ライフを送りたものだ。


「……だとしたら、俺たちは何も知らないフリをして、天詩と接することしかできないのか……」


俺が、天詩に大丈夫かと聞いた時、天詩は『心配ない』と言った。心配だらけだっての。


本当は弱いのに、それを隠して一人で抱え込もうとしている。


でも、それを隠したのは、天詩のプライドが拒んだからだ。

俺は、天詩のプライドを傷つけたくない。

これは、友達であり、大切な人だからこそ言えることだ。


「……じゃあ、私たちは、苦しんでる天詩を放っていろと言うの?」


ひなたが怒ったように俺を睨む。


「違う。天詩が傷つかないように、それを俺たちが防げばいいんだ」

「防ぐって……そんなの、分からないじゃないですか……」


不安げに黒花が俺を見る。

確かに、犯人の行動は予測不能だ。

……いや、それはどうだろうか。


「どうにかするのが俺たちだ! 今のところ、犯人は典型的ないじめの方法を取っている。……なら、しらみつぶしに当たっていったらいいんだ。机の上、中、部屋の前、ノートの数々。とにかく天詩を守る!」

「今のところ、犯人は地味な嫌がらせを続けているもんね……というか、複数犯かどうかもまだ分かってないじゃない」


あんなに好かれている天詩だ。そう複数いる気はしないが……まぁ、それは今重要視することではないな。


「天詩にバレないようにして、嫌がらせを未然に防ぐ、orもしくは、天詩が気付く前に処分する。最終的には犯人を突き止め、嫌がらせをやめさせる。どうだ」

「そうだね……。私、絶対に天詩を守るんだから!」

「私もです! 天詩さんを守るため、万全を期します!!」


三人で静かに拳をぶつけ、その日は解散となった。



部屋に帰る途中、俺は自動販売機に立ち寄り、飲み物を購入する。


(……天詩のやつも、喉が乾いてるんじゃないか?)


炭酸飲料水を買うと同時に、俺は『なまたまごーやジュース』を天詩に捧げることにする。



「へえ、斗真さん、そんな飲み物が好きなのですか?」

「ふわっ!?」


いきなり耳元に吐息がかかり、俺は飛び上がった。


「な、な、な……」


姫が、あざとく俺を見上げている。何事だ!?


「あはは、ごめんね。僕が指示したんだよ」


神出鬼没野郎のイケメン王子が、キラキラスマイルを振りまきながらも現れた。


「誠に遺憾でしたぁ! 私、隼様だけにASMRをお届けしたいのに……」

「ありがとう姫。もし斗真が女子に耳元で囁かれたら、どんな反応をするのか楽しみでね、つい」


遊ばれたのか……悔しい……!


「おっまえ、実は性格悪いよなぁ、みんなに言いふらしたい」

「それは私が許しませんよ! 隼様、彼を揉み消してもよろしくて?」


姫が出す、ただならぬ殺気。やめてくれ、ただでさえ精神が削れている俺だ。さらに、怒りがマックス。いつ爆発するか分かったものじゃない。


「だーめ、彼は僕の唯一の友達だからね」

「唯一なのですか?! なら私は、隼様の何なのでしょうか……」

「姫は、僕にご執心みたいだし、友達ではないかな?」

「は、隼様ぁ……つまり、友達以上ということで……」

「それはどうかなあ」


やばい、胸やけがする。こいつらの近くにいると、甘オーラが……危険だ……。

そそくさと立ち去ろうとすると、隼が俺を引き留める。この流れを何回繰り返したか! 引き留めるな!


「……これ以上いちゃいちゃするなら、俺は去る」

「そんなにいちゃいちゃしてるつもりはないんだけど……ごめんね」


クソー!! 爽やかな顔で言うな! ムカつく!


「……ところで、明日は理科の教諭が風邪のため、一時間の自由時間があるのですよね。斗真さんのクラスは、何時限目が休みなのですか?」


と、話題を変えようとしてか、姫が俺に話題を振ってきた。


そういえば、ホームルームでそう聞いた気がする。

理科の(ハゲ)先生が、風邪にかかったらしい。しかし明日はどの先生もきつきつで、埋め合わせができないとのことから、一時間の自由時間が設けられたのだ。


「ああ、確か三時限目だ。なぜだ?」

「いえ、特に理由はないのですよ」


そういうと、姫は隼に抱き着き、ぐいぐいと階段へと押した。


「もう帰りましょう、隼様、ここにいるとバカがうつりますよ?」

「誰がバカだ!」

「そうだね、じゃあまたねー、斗真」


そうひらりと手を振ると、隼は立ち去ってしまった。


「毎日毎日見せつけられると、調子狂うっての……」


すっかりぬるくなってしまったなまたまごーやジュースを持ち直し、俺はとりあえず自分の部屋に向かう。


そして、ICカードをかざし、部屋に入ると、そのまま俺は押入れを開いた。

平常心だ、よし、平常心だぞ。


「おい、天詩、いるか」

「……とうま……?」


いつもの切れの良い(口の悪いとも言う)返事ではなく、弱々しい声で天詩が応じる。


これは……相当弱ってるな。そのせいか、俺の心臓も高鳴る。

くそ……いち早く犯人を見つけ出さねば……!!

闘志と使命感に燃えながらも、俺はなまたまごーやジュースを天詩に献上する。


「いきなりすまん……これ、おすそわけだ」

「ふぇ……おすそわけ?」


天詩側の扉が開き、天詩が顔をのぞかせた。

かなり薄着で、下着がうっすらと透ける。俺が取ったブラとは違う、紫色の下着……って、俺、何見てっ!?


「あ、ありがとう……」


天詩がおずおずと俺を見る。


そこでようやく、天詩が泣いていたことを知った。


頬にうっすらと残った涙の跡。

それは、手紙のせいなのか? それとも、俺が防げれなかった、他の嫌がらせを受けて?


……心配ないだなんて、嘘じゃないか。守ってくれって、言えよ……。


俺は、その感情をきゅっとこらえ、天詩の顔を見ないようにして缶を渡した。


「……ん」


と、手と手が触れ合い、俺は慌ててひっこめようとする。


……が、手はその場に留められた。


「……てん、し……?」

「ごめん、もうちょっとだけ、このままで」


天詩の白い手が、俺の手を掴んでいた。

ぎゅっと手を握られ、心臓が大きく跳ねる。



俯いて、天詩は小さく震えていた。


……天詩も、人間だ。



「……何かあれば、俺に頼れ」

「……あり、がと」


そう言うと、天詩はゆっくりと手を離した。


「……また明日な」

「うん、また明日」


そういうと、俺たちは同時に扉を閉めた。



天詩の笑顔は、俺が守ってやる。俺が支える。


手に残ったぬくもりを感じながらも、俺はそう決心した。

別に、天詩に好意があるとかじゃない……と思う、多分友達としてだ。


さらに、これ以上あのままだと、俺の心臓が耐えられないだろう。

いつもの様子じゃない、あんな顔をした天詩は……



「……ちょっと、かわいかった……」




天詩のためにも心臓のためにも、俺は犯人を突き止める!!



――これは、悪魔からの宣戦布告だ!

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