3章5話 あ、悪魔にしては優しいじゃない!

『チカヅクナ』。



その文字を見て、私はしばらく固まる。

誰がこんな手紙を? いつ? どんな恨みで……?

私、何かした? しかも、近づくな、って、何に?


ぐるぐると回る頭。


はっとし、私はそのメモを慌てて閉じ、ポケットに入れた。



――モデルやってた時、アンチなんて雨のように浴びてきたしね、大丈夫!


手洗いの鏡の前に立ち、口角をあげてみる。うん、上手く笑えてる。


私は震える足を無理やり進ませ、手洗いを出た。



「おお、て、天詩じゃないか、偶然だな。 ……そのだな、告白は、受けることにしたのか?」


と、手洗いの前でうろうろとしていたらしい斗真が、それとなく話しかけてくる。


……ごめん、斗真……。

私は慌てて笑みを張り付けた。


「ま、まだ悩み中だわ」

「そ、そうか……」


手紙の真相を知られたら、余計な心配をかけちゃう……。

大事な友達だもん。傷つけたくないよ。


「っじゃあ、また勉強会でね」

「おう……」


私は逃げるようにしてその場を離れた。





ʚ斗真ɞ





「あぁ、斗真じゃん! 一日、どうだった?」

「なのです」


天詩が去った後、隼と姫がちょうど現れ、俺はびくっとする。


「あーまぁ、そこそこ」


天詩のことで頭は一杯だ。できれば、こいつらとはさっさと話を終わらせたい。


「それはそれは。……私は、今日も隼様の隣にいられることが幸せです♡」

「ありがとう、姫」


いちゃいちゃを見せてくるんじゃねぇよ!!


「……これからも、隼様の隣で生きていけるためなら、何でもするのです!」

「悪いことはしちゃダメだよ?」


すると、姫は隼にギュッとしがみつく。


「その者が、隼様にとって有害だと判断した場合以外は、なのです」

「俺は何を見せられてるの? もう帰っていい?」


隼が焦ったようにして俺を引き止める。


「ごめんって。……これから何か、予定あるの?」

「あぁ、勉強会。図書室でやってるんだ」

「へぇ、いいね。そういや、そろそろテストかー、すっかり忘れてたよ」


テストを忘れるな? 俺は24時間中18時間は考えてるぞ? 最近は夢にまで出てくるようになったんだからな、うらめしや。


「だーって、隼様は天才なのですもの! 入学テストでは、2位でしたし!」

「にっ?!」


どうしよう。俺は異次元に転生してしまったのかもしれないぞ。異次元キャラ勃発中だ。


「ちなみに私は、裏金入がk……」

「それ以上言うな?」


なんか闇を感じた。純粋な俺には関係ない話だ。


「んーそうですか。……隼様っ、早く帰りましょう? ……斗真さんも、お気をつけて」



そういうと、姫は隼を引っ張って、階段へと消えていった。


キラキラと輝くハートのビーズが、長い黒髪からこぼれ落ちたが、それに気づかず姫はさっさと居なくなってしまう。


……しょうがない、後で返してやるか。


俺はそのビーズを拾うと、ポケットに入れた。





ʚɞ





放課後。俺は、いつものようにして勉強会をに参加していた。


……そういや、天詩の様子があの時からおかしい。さっきから、ぼーっと一点を見つめている! 一体トイレの中で何があったんだ?


というか、ラブレター、か……まあ、直接言う勇気のないやつがした事だ、天詩は断るに決まっている。


……断る、よな?



「……次に、酢酸オルセイン溶液です! これは、細胞染色に使われるんです。手に触れると、2、3日は取れないので、要注意です! ……さて、酢酸オルセイン溶液は、何色に染まるでしょう?」

「はいはーい、赤っ!」

「正解!!」


ひなたが、黒花の質問に意気揚々と答える。俺はそれを慌ててノートに写す。この方式のおかげで、俺の学力レベルは格段に上がっている。(自称)天晴れ!!


「では次です! ……あれ、天詩さん、どうしましたか?」


ぼうっとしていた天詩が、慌てたように焦点を黒花に合わせる。


「ご、めん、ぼーっとしてたわ。……気にしないで」

「そうですか、無理しないでくださいね! まあ天詩さんの学力なら、テストは余裕ですよ!」


黒花にあいまいに笑いかけると、天詩は再び焦点を明後日の方向に合わせる。


……なんだかおかしいぞ?


それに気づいているのは俺だけらしく、ひなたと黒花は熱心に勉強に取り組んでいる。


……やっぱりあの手紙か? でも、ラブレターで落ち込むなんてこと、ないもんな……。


なんて考えて始めると、勉強に集中できねぇ……っ!!


「ごめん、今日は休む!」


俺がそう言うと、一斉にブーイングが起こる。


「斗真さんはダメですよ! バカがようやくマシになってきたのに!」

「そーだよ? しかも今やめちゃ、私たちのやる気も落ちちゃうし……」


ひなたが顔をあからめる。

一方、俺はそれに続くはずの、天詩の毒舌な抗議を待ち構える。


「……」


が、天詩は何も言わず、窓の方を眺めているばかりだ。


……これは、おかしい。

こんな天詩は天詩じゃない!!


何かがあったぞ、これは。



「とりあえず、今日はありがとう! 先に失礼するわ! ……じゃ行くぞ、天詩」

「へっ?!」


俺は立ち上がるなり、天詩の白い手を掴み、自分の方に引いた。


ぐらりと天詩が俺に寄りかかってくる。


「ちょっと……っ!」


驚いたようにするひなたと黒花を置き、俺は天詩を引っ張り図書室を出た。




ʚ天詩ɞ




「っなに、急になんなの?」


ぼうっとしてたら、斗真に手を引かれて、廊下に連れてこられる。


手紙のことをずっと考えちゃってた……。

気にすることないのに。こんなこと、小学生の頃、溢れるほどあったじゃない!



「……あのなぁお前、さっきからおかしくないか?」


ぎくっ! ……お、おかしくなんて……。


「ち、違う、おかしくなんてないわ」

「……そうか」


さっと、手紙が入ったポケットを庇うようにして、手で抑える。


「……心配いらないわ」


すると、斗真は瞳に、僅かな暖かさを含ませる。


「何かあれば言えよ。友達のよしみで聞いてやる」


あ、悪魔にしては優しいじゃない!

私はそう思いながらも後ずさり、部屋へ戻ることにする。


正直、図書室から引っ張り出してくれてよかった。あのままじゃ、全然集中できなかったし。


「私、部屋に戻ることにするわ。……私を図書室から引っ張り出した罪は重いから」

「ふーん? 実は助かったー、とか思ってるくせに」


ぐきっ!! 赤くなって歪んだ顔を反射的に隠しながらも、私は急いで部屋に駆け戻った。



部屋に入ると、そのままベッドに飛び込み、汚いとわかってながらも布団に潜り込む。


「……もし、最悪の場合は、斗真に相談すればいいよね」


ゆらゆらとぐらついていた心を支えてくれる、そんな暖かな存在が現れたことに、私は物凄く支えられている。



でも、この手紙は……。


ポケットから手紙を出し、私はそれをそのまま押入れへと突っ込んだ。


もう見たくない。けど、置き場がないし、捨てるわけにもいかない。結果、押入れが最適だ。



「どうか、明日が穏便に過ごせますように……」


今の私には、そう願うことしかできないけどね。





ʚ斗真ɞ





「……はぁ」


俺は、小さくため息をつく。

空回りじゃねぇか……結構、心配したのに。


考え込んでたら、靴箱の辺りまで来てしまった。



俺が無意識に、俺のクラスの靴箱の方へと近づくと、


「……!!」


小さな物音と共に、人の気配がした。


しかし、その存在を確かめる前に、そいつは走っていってしまった。



……なんだ、別にやましいことでもしてないだろうに……。


そう思いながらも、俺が靴箱の前を通った時、ぎらり、と輝く何かが誰かの靴の中に見えた。



誰か、靴にヘソクリでも詰め込んでるのか?


興味を持ち、その人の靴箱を覗き込み、俺は息をのむことになる。



――画鋲、だ。



靴の中に、数個の画鋲が入っていた。




こんなの、怪我してしまうでは無いか。……もしや。



その靴の持ち主を慌てて確認し、俺はひどく驚愕することとなる。




――日岡、天詩。


よりによって、その靴は、天詩のものだった。

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