2章4話 黒花「好き、なのかもしれません」
「そこまでよ」
俺は、視界に飛び込んで来た少女ーー天使のような存在に、ただぽかんとする。
「なんだァ!?」
マッチョたちも、ただ口をあんぐりと開いていた。
「……私の友達に、手を出さないでください」
この声には聞き覚えがある。俺の……
「天詩……!?」
名を呼ばれた天使……いや、天詩は、優雅に振り返った。
ふわりと場違いなまでに、髪が風で揺れる。
「……ふん、またこんな面倒くさいことに巻き込まれてるのね?」
いやいや、まだ状況が……。
「まあ、しょうがないわ、あの時の借りを返す、って形なら」
「お前……何をする気……」
どごぉ!!!!!!
爆音で、俺の言葉は掻き消える。
天詩が、地面を足で蹴っ飛ばしたのだ。マッチョたちくらいの威力で。
……どこからその力はきてるんだ?!
「あなたたち、彼に用事なら、私が聞くわよ」
「こ、こいつ、この前の女じゃねぇか……!」
マッチョたちがざわざわと囁きあう。
「……とにかく、彼と彼女は解放してくれる? あとは私たちで決着をつけましょう? 見た感じ、あなたたち、弱そうだし」
「クソがぁ!!! やってやらぁぁああ゛ぁあ! 女にだって容赦はしねェぞ!!」
怒りマックス、マッチョたちは、黒花をぽいと手放し、天詩にとびかかった。
「……斗真。黒花さんは任せたわ」
「っいやいや。……お前、死ぬで?」
どどどどどと地響きを立てて天詩を追うマッチョたち。
こんなの、結果が見えている。
「ふふん、私の威力をなめてるのかしら? あとで、斗真で試してあげるわ」
そういうと天詩は、迫り狂ううちの一人に向かって体を倒したかと思うと、
ぐるんっ!!
と、優雅に倒してみせた。
……ナニゴト??
「なんだとぉおぉ!?」
マッチョたちが悲鳴をあげる。
「モデルやってた頃に、ちょっと護身術を学んでいたくらいなんだけど。……やっぱり弱いのね?」
「なんだとぉおぉ!?」
さっきと同じセリフで、しかし剣幕は全く違い、マッチョたちは天詩に飛びかかった。
それを、まったく焦る素振りを見せずに倒していく天詩。
……これ、おかしくありません??
普通、男子側が女子を守らない? なんで俺守られてるの?
「斗真、黒花さん、任せたわよ!」
と、乱闘中だというのに声をかけてくる天詩。
そうだ、これが出来なかったら、俺はただのクズではないか!(今更)
俺は転びそうになりながらも、必死に黒花が倒れている所まで移動した。
頭でも打ったのかもしれない。心臓が嫌な音を立てる。
「黒花!! 大丈夫か?!」
すると、黒花は瞑っていた目をうっすらと開く。
「と、とうまさん……」
「よかった……とっ、とにかく何も喋るな。保健室に行くぞ。……怪我は?」
目に見えるのは、手首を掴まれていたからか赤くなっている腕と、擦りむいた膝、というところか。
「あたま……ちょっとだけうっちゃったかもです……」
「それはヤバい。……背負ってやるから、乗れるか?」
俺が黒花に背中を向けると、黒花は弱々しく俺に乗ってきた。
「んふ……なんだか、カップルみたいですねぇ……」
「違うから、とりあえず口を閉じておけ」
俺は、背中に感じる温もりを背中に感じながらも、保健室へと急いだ。
ʚɞ
黒花を保健室に連れていき、先生に経緯などを報告、ベッドへ黒花を寝かせる。
保健室の先生(美人)によると、頭は軽く打っただけのようで、しばらく休めば大丈夫だと言っていた。
10分後、ようやく保健室を出ると、ちょうど校長室から出てくる天詩と鉢合わせた。
「あら、私を2回も校長室送りにした、安久麻さんじゃないの」
「おお、マッチョたちをボコボコにした天詩さんじゃないか」
二人で数秒ほど睨み合う。
というか、天詩は全く悪いことしてないんだがな! むしろ、俺を助けてくれた、恩人、なんだが……。
「まぁしょうがない、礼を言っておこう。苦しゅうない、よくやった」
「そこはありがとう、でしょうが、バカ!」
ますます睨まれ、俺は苦笑いした。
「てか、早くねぇ? あの後何があったんだ?」
「斗真が黒花さんを保護した後、あの男子たちを早々におねんねさせてあげて、すぐに校長室に言いにいったの」
おねんねさせてあげたとか、なんて意味深な。
「なるほどな……ていうか、あの威力はなんだ? 護身術、とか言ってたが」
「モデルやってると、色々あるから」
そういうと、これ以上話さない、というように口をつぐむ。
とりあえず、もう一度礼を言おうかと思った。
が、前のこともあるし、ありがとう、とは言いづらくなっていた。
気まずいというか、恥ずかしいというか……。
しかしあまりの気まずさに、とりあえず部屋に戻ろうとすると、慌てたように天詩が俺の裾を掴んだ。
「ちょっと、黒花さんの様子、しばらく見ないの?! 私、ひなた呼んでくるから、斗真は保健室にいてよ」
別に、保健室の先生に任せておけばいい話だが……。
まぁ、屋上に黒花を連れ出したのは他でもない俺だ。責任を感じない訳では無い。しかも、かなり心配なのも事実だ。
「わかった。早く帰ってこいよ」
「っわかってるわよ! なによ、だ、旦那みたいに……」
ごにょごにょと天詩が呟き、そして慌てたように駆け出していった。
俺は天詩を見送るとUターンし、保健室へと戻る。
部屋に入り、ベッドのカーテンをめくると、黒花がすぅすぅと寝息を立てていた。
やっぱり可愛らしい。人気なのもわかる。
「んぁ……、とうましゃん……?」
と、俺の気配に気づいたのか、黒花が目を開けた。
とうましゃんとか反則です。可愛すぎます。
「っおぉお、なんだ? 体調は大丈夫か?」
すると、黒花は少し笑って見せた。
「はぃい、だいじょうぶですぅ……私、寝てましたか?」
「多分、な、うん、寝てた」
ずっと保健室にいなかったから、寝てたかどうかわからん……!
まあ、この様子だと寝てただろう。
「そうでしたか……。……斗真さん、とてもかっこよかったです」
「なっ……かっこよかった……?!」
突然の言葉に、俺は赤面した。
「だって、私を助けてくれて……しかも、薄い記憶の中では、あの男子たちをボコボコにしてくれましたし……? それで、おんぶしてくれて……」
まてまてまて。
俺はボコボコになんてしてないぞ? それは天詩の方で……。
「私、ドキドキしました! ボコボコになんて、カッコよくて……。やっぱり、好きなんじゃないかなって思うんです……」
熱っぽい瞳を向けてくる黒花に、俺はただ愛想笑いするしかない。
やっぱり、頭の打ちどころが悪かったか? 美化されすぎじゃ?
「てことで、ちゅーさせて下さい、斗真さん!」
その記憶は抜けてないんかい?!
言い放つと黒花は、腕を俺の首にかけ、そして引き寄せる。
「待った、そんな、キスなんかでわかるわけ……!」
「わかるわけない、っていう事が私はわからないです」
俺はそれがわけわからねぇよ?!
俺はただ、ベッドの縁につけた手に、全力で力を入れるしかない。
「1回だけでいいんです、私、自分の気持ちを確かめたいだけなんですー!」
「いやいや、その1回が大事なんだよー!?」
黒花のファーストキスは俺でいいのか?!
しかも、俺もキスカウントが増えるわけで……!
「だ、だれかー……!」
と、ぐい、っと体が後ろに引っ張られ、俺は派手に尻餅をついた。
お尻が痛……く、ない?
「ふう、危ない危ない。危うく安久麻くんのセカンドキスが奪われちゃうところだったよーっ」
すぐ後ろから、ひなたの声がし、俺はふらふらとひなたに寄りかかった。
と、ふわりと懐かしい香りが鼻をくすぐる。
なんだったっけ、この香り……??
「黒花さんも、強引なのー! 好きか確かめるためにキスなんて、アホらしーよ!」
ひなたは、俺を膝に乗せたままもぷんぷん怒る。
どうやら、ひなたが俺を引っ張ってくれたらしい。結果、ひなたを下敷きにして、膝に乗っている状態だ。
「そ、そうなんでしょうか……?」
「そーだよ! キスは、好きな人にしか、しちゃダメなんだからね?」
そういうと、ひなたは俺から離れて立ち上がる。
「ほら、もう大丈夫だよ、天詩? そんな青い顔しなくても、安久麻くんの唇は守られたんだから!」
「なっ?! あ、青い顔なんてしてないわよ! しかも、別に斗真の唇になんて、興味ないわ!」
そういうと、見ていたらしい天詩は、保健室を飛び出していく。
「あは、怒っちゃったー。……安久麻くん、とりあえず部屋に戻ったら?」
「そうだな……」
俺は、黒花とひなたに手を振り、保健室を後にした。
ʚɞ
「……てことで、黒花さん。一つだけ、聞いてもいいかなー?」
あたりは急に静まり、部屋には二人だけになる。
「はい、なんでしょう」
「黒花さんは。……安久麻くんのことが、好きなの?」
真剣な顔をした少女の顔。一方で相手は、こてんと首を傾げた。
「わかりません。わからないから、キスしようとしたんです」
「キスしてもいいって思えるなら、それは好きってことなんじゃない?」
「……斗真さんといると、ドキドキしてくるんです。……好き、なのかもしれません」
すると、少女は顔を引き締めた。
「……何かあったんですか?」
「ドキドキしたら、それは、好き、って事なのかな」
少女は、頰を隠すようにして手で覆った。
「へ……ドキドキ?」
「いや……な、なんでもないの! 忘れて?」
先程受けた温もりと重さが蘇り、少女は胸に手を当てた。
「あの香り。なんだか、懐かしくて」
「あのー……ひなたさん?」
少女は慌てて顔をあげ、手を振って保健室を出て行った。
この事は、斗真は知るよしもなかったが。
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