2章5話 また、『トウくん』と呼ばれたい
「よーし……! 今日は土曜日だぁ!!」
土曜日の朝。
朝ごはん後に、ひなたがバンザイをした。
「よ、ようやくですよぉ……一週間、長かったですー……」
黒花も、へなへなと地面に座り込んだ。
俺ももちろん、最高な気分だ!
なぜなら、この学校は、土日は自由時間なのだ!!
つまり、学校の外に出ることができる、ということだ。
朝11時から夜の7時半までなら、自由に外にいることができる。
厳格には、学校が定めた地域内しか出ることができないのだが、そんなのはどうでもいい。
とにかく、42時間は自由なのだ! 休み最高!(壊)
「じゃー、またいつかー! 楽しんでねっ!」
ひなたの掛け声で、俺たちは解散した。
ʚɞ
部屋に戻ると、俺は勢いよくベッドに転がった。
そして、土日の間に解禁されるスマホを開く。
「くそ……最高すぎるじゃないか……」
ごろごろとしながらも、俺は悶絶する。
そう、俺は、外に出ない派なのだ。
大半が外に出る中、静かな校内でのんびりするのが最高なのだ……!
俺は部屋着に着替え、自動販売機で買ってきた飲料水をあおる。
「今日は隣に天詩のやつもいないし! 騒音も気にしなくていい!」
天詩は、クラスの友達たちとショッピングに行くらしい。
ふん別に、友達が羨ましいとかじゃないが!
実は、これまで騒音を気にしていたのだ。
あたり大きな音を立てると、穴からひょこっと天詩が現れそうだからだ。
向こうもそれは気にしているのか、寝息がたまに聞こえるくらいで、あとはほとんどない。
まぁ、普通は気にしなくてもいいのだろう。
なにしろ、ここには大きな穴が空いているわけだから、防音のぼの字もない。
「んっしゃぁあ!! 騒音立てまくってやるぜ!!!」
がたっ!!
という音が響き、俺は思わず息を詰める。
なんだ? 天詩の部屋から聞こえたが……まさか……。
固まる俺をよそに、がたん、と押入れが鳴る。
がた、がたたっ、だっ!
穴をくぐりぬけているのだろうか、音が近づいてきて。
そして、俺側の扉がゆっくりと開いた。
顔を覗かせたのは、
「えっ……?! 安久麻くん?!」
「横山!?」
思っていた、天詩ではなく。
短いボブヘアーの、天詩の相部屋のひなただった。
……これ、色んな意味でおわったんじゃね?
これは、痴漢だとかなんだとか、騒ぎ立てられません?
そしたら、俺は余裕で退学処分だよね?
俺は、ただ固まるしかない。
「これ……ど、どういう……」
「っ……信じて欲しいんだが……この穴は、入学初日から空いていたんだ」
俺は、この穴についての説明を必死にする。
「は、はぁ……」
「それで、そのまま放置していただけ! 別に変なことはしてない!」
疑われないように、嘘を交えずに言い切ると(仮)、ひなたは丸い目をぱちぱちとさせた。
「てことは……ずっと、繋がってたってこと?! 今日までっ?!」
「まあ、そうだな……」
すると、ひなたは完全に体を俺の部屋に入れ、そして座り込んだ。
「そーゆーのは先に言ってよ! 恥ずかしいじゃんー!」
天詩がしたように、暴力をふるってくる、なんてことはなさそうで、とりあえず安心する。
「なんか、聞き覚えのある声が天詩の押入れからしてさー、それで興味本位で覗いたら、ここに繋がってたのっ!」
「それは申し訳……というか、横山は外に行かないのか? 天詩は行ってるだろ?」
「ん、私、こういう日はのんびりしたい人なんだー」
おお、俺と趣味が合うじゃないか。
俺がこくこくと頷くと、ひなたも嬉しそうに微笑んだ。
「ねえねえ、こうやって会ったんだし、何か雑談しなーい? 暇でしょ?」
ひなたが提案する。まあ、暇だが……。
「まあいいが」
「やったあ!」
ひなたが、ずかずかとベッドに乗ってきて、俺の横に座る。
「……あのだな。規則的には、女子
は男子部屋に入ることは禁止なんだぞ? 一応」
「大丈夫、私もう規則は破りまくってる人だからっ!」
ほら、スカートとかも切ってるし、と言うと、ひなたは悪戯気に笑った。
まあそれならいいか、という気になり、俺はスマホを片手にひなたの方を見る。
「で、雑談て、具体的になんだ?」
すると、ひなたは目をきらきらと輝かせながらも顔を近づけてくる。
「そりゃー、恋バナに決まって……」
「どうぞお帰りください」
俺が両手でひなたを押すと、ひなたはほおを膨らませた。
「いいじゃん! 恋バナ、楽しいよ!」
「それは女子の話だろ。俺とかの男子は苦手だ」
「俺とかの陰キャは、じゃなくて?」
「誰が陰キャだ」
むふふと笑うひなた。えくぼが目立ち、かわいいと素直に思う。
「じゃあさー……過去の恋バナでいいからさ! 初恋、とか!」
「初恋かー……」
俺は、過去へと思考を張り巡らせる。
ʚɞ
俺の淡い記憶の中では、俺の初キスの相手と俺は、付き合っていた。
告白は向こうからで、幼馴染だったし、初恋で好きだったから、付き合っていた。
その頃から、軽く『悪魔』という名前でいじられてきたが、そのたびに幼馴染が助けてくれた覚えがある。
「ひどいよ! トウくんは、トウくんなんだから!」
そう、何度も庇ってくれた。俺も幼馴染も、互いに信じ合っていた。
しかしそれはそれ、俺も彼女も小学生だったし、付き合う、なんていってもたかが知れていて、デートしたりはしたが、それくらいだ。
いや、あるとすれば、あのキスだろうか。
「ねぇトウくんは、私のこと好きっ?」
「うん、好きだよ」
「よかったぁ」
そう言って、公園で星空が広がる下、彼女はキスをしてきた。
それは一瞬のことで。
あんまり覚えてないが、ドキッとしてキュンとしてズキッっとした感覚は残っている。
そのあと、彼女は照れたように、かわいいえくぼと共に笑った。
こんなラブラブだったのが、今どうして続いていないのかというと、それは明白である。
俺が転校したのだ。
きっかけはわかるように、俺が悪魔と呼ばれ始め、いじめを受け始めたからだ。
それで、少し遠い学校に通うようになった。
当然登下校の時間はすれ違い、それ以降その幼馴染と会うこともなく、長い年月が過ぎた。
もう一度その幼馴染と会いたいかと言われたら、会いたい気がする。
また、あの笑顔と共に『トウくん』と呼ばれたい。
まあ、本人の顔や名前すら忘れてる今、どうしようもないが。
ʚɞ
「……初恋は、えくぼがかわいい、優しいやつだったよ」
すると、ひなたはあぐらをかいて、頬杖をつく。
「へえ、名前は?」
「残念ながら、覚えてない。まあ、初恋なんてそんなもんだろ」
すると、ひなたも深く頷いた。
「私の初恋も、そんなもんだよー? 名前なんて忘れちゃう」
「でも、俺は『トウくん』って呼ばれてた事は覚えてるかな」
途端、ひなたの目が強張った。
「? どうした?」
「……トウくん……」
ひなたが呟き、心が揺れ、心臓が跳ねた。
『トウくん、いつもありがとう』
『トウくん、大好きだよ』
なんだろう、この懐かしい感じ……。
「ごめ、ん、私、戻る……っ」
そう言い、ひなたがふらりと押入れに駆け出していった。
「おい……!」
ひなたは、俺を拒むようにして、急いで穴をくぐってしまった。
「なんなんだよ……」
ベッドにひなたの、脳をくすぐるような香りが残る。
「…………」
……まさか、な。
余計なことを考えそうになり、俺は慌てて思考を止めた。
そんな、都合のいい事など起こるわけが無い。
と、どたどたと足音が聞こえ始めた。
もう俺たちだけの、貸切の校舎はおしまいか……。
「斗真さんっ! お土産、買ってきましたー!」
廊下から黒花の声がし、俺は慌ててベッドから降りた。
ʚ天詩ɞ
やっぱり、久しぶりの外は楽しかったー!
私は、勢いよく部屋の扉を開ける。
留守番だったひなたにお土産も買ってきたし……って、あれ?
ベッドの上でうずくまっているひなたに、私は首を傾げる。
「ひーなたっ、どうしたの?」
「…………っっ!」
肩を叩くと、ひなたが僅かに顔を覗かせた。
真っ赤に染まった顔に、目に浮かんだ雫。
な、な、何事なのー!!?
私はもちろん、何が何だかわかんない!!
と、私の押入れの扉がうっすらと開いているのに気付く。
も、もしや……?!
「あのっ、ひなた……!」
「ごめん、今は、一人にして……」
聞きかけた言葉を飲み込み、私は慌てて後ずさった。
「ごめんっ?! じゃ、そ、外出てるね!」
部屋を出て、私はただ呆然とする。
もしかして……穴のこと、バレちゃった……?!
事態はそれだけじゃない事は、誰の目にも明白だったが。
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