2章3話 やっぱり、聞いたことにしてください


「斗真さん! お昼、一緒にどうですか……?」


春がすぎ、夏が始まった頃。すっかり桜は散り、代わりに青々しい葉々が木に茂り始めた。


そのお昼前、俺が読書に励もうとしていると、黒花が俺の教室に入ってきた。


「おい、新入生代表だぜ……」

「近くで見たら、めっちゃかわいい……」

「てか、あのの安久麻に用か?!」


噂。

それは、天詩と抱き合ってた(事故)事だろうか。それとも、最近のものだろうか。

まぁ、そんなの気にしてないけどな!(泣)

ちなみに昨日の夜は一睡も出来ずにいた。

くそ……あの天詩の野郎……。



そんなことも知らずに俺の席に近づいてくる黒花。

だが、辺りから聞こえる声に、黒花は「ひっ」と身を縮こませた。

あぁ、集団が怖いんだったか。


「おい、ここで話もなんだし、屋上に行こうか」

「は、はい……ありがとうございます……」


俺は黒花の手を掴み、扉へと向かう。


「安久麻くん行っちゃうよ?? いいのー?」

「うるさいひなた! べ、別にいいの!」


後ろの方で、なにやら天詩とひなたの声がしたが、それは周りのざわめき声でかき消された。



「あ、あのぅ……手……」

「あ、すまん」


黒花の手を掴みっぱなしだったことを思い出し、俺は慌てて離す。

黒花は赤い顔をして、「だ、大丈夫です……」と俯いた。


なんだ? 最近、天詩だって顔を赤くしがちだし……風邪でも流行ってんのか?


なんて思いながらも、屋上につく。綺麗な青空が俺たちを迎えている。

俺たちは、それとなく地面に座り込んだ。


「ふぅ、いい景色だな。……てか俺、まだ弁当買ってないんだが」

「んええと! それなら、私のと……半分こ、しませんか?」


黒花が頬を染めて聞いてきた。


「あぁ、助かる」


すると、黒花はほっとしたように頬を緩めた。


「あと、お箸、ひとつしかないので……気にしちゃいますか?」

「…………っいや、べべ別に大丈夫だ」


俺は、慌てて平静を装った。

それって……間接キス、とかじゃ……。


「はい、それじゃ……あーん!」


「むぐっ?!」


口にねじ込まれ、俺は飲み込むのに苦戦する。


「どうでしたか?」

「ぁあ、美味しいよ」


黒花は嬉しそうに笑った。


「じゃあ今度は斗真さんの番です! わ、私にあーん、してください!」

「へいへい。……あーん」


黒花は嬉しそうに食べる。


しばらくこれが続き、お弁当が空になると、黒花は床にゴロンと転がった。


「斗真さんがくれたから、美味しかったです! これからもお願いしたいくらいです」

「それは……だな」


脳裏に天詩が浮かび、俺は慌てて打ち消した。

なんで俺が天詩のことを考えなきゃダメなんだ! なぜ遠慮してる!


すると黒花は唇を尖らせ、俺を睨む。



「……なんですか、天詩さんですか?」

「あははぁ……」


笑って誤魔化すと、黒花はため息をついた。



「……ちょっとは、私の事も、考えて欲しいなぁ……」

「ん、なんだ?」


つぶやく声に聞き返すと、黒花は切なそうに微笑んだ。


「いや……いいんです! 私がいつか落としますから!」

「何をだ?!」


怪しい発言の後、黒花は俺の近くに寄り、上目遣いで見つめてきた。


「斗真さんは、好きな人、いないんですか?」


金髪が浮かぶと同時に、俺はそれを頭から打ち消す。


「まさかいないいないいない!」

「ふぅーん、怪しいですねぇ……」


黒花は俺の目をのぞき込む。


「その証拠に、キスとかしてくれますか?」

「はぁ……??」


そこまで言うと、黒花は我に戻ったらしく、手をぶんぶんと振り始めた。


「あわわわわっ、違います! 今のは聞かなかった事に……!」

「あ、あぁ……」


俺が黒花にキス?! 何がどうなったらそうなるんだか……。

俺はなんとなく気まずくなり、立ち上がった。


「よ、よし、もう昼飯も済んだし、そろそろ……」


と、くい、と袖を引っ張られ、俺は立ち止まる。


「……やっぱり、聞いたことにしてください」


黒花が、真っ赤な顔をしたまま呟いた。


「な……」

「わ、私! 好きな人、とかわかんなくて! ……だけど、斗真さんといると、胸がドキドキするんです。……これが…もし恋、というものなら」


黒花は一直線に俺を見つめた。


「例え斗真さんに好きな人がいても、私は諦めません」



…………。

これ、告白ですかね?


他人事な自分をなぎ倒し、俺は黒花の言う意味を考えた。


要するに、黒花は、俺のことが好きだと思っているらしい。


でも、俺が恋愛対象として好かれるだろうか。


多分、いや絶対にない。

しかも、相手は大人気で成績優秀、かわいさ抜群なのだ。


これは……


「黒花!! お前は誤解をしている!」

「ぴゃい?!」


俺は黒花の肩を掴む。


「それは、恋などではない!! 恋というのは、ドキッとして、キュンとして、ズキッとするものなのだ!」


とはいっても、小学生の頃の、初キスの相手から感じた記憶なのだが。


「どきっとして、きゅんとして、ずきっ……ですか」


「そうだ! 聞いたところ、お前はただドキドキだけではないか! そう、それは偽物の愛であーる!」


そして、ビシッと指先を黒花に向けた。



「そ、そうなんですか……? っでも」



黒花が俺に接近し、顔を近づけてくる。




「キスしたら、分かるかもしれません!」

「なぜそうなる!!」



それを防ぐために言ったのに!!(叫)


黒花の唇が、俺に触れかける。



「ちょ、おま……っ…………あれ?」



予想していたやわらかさでは無く、ゴツゴツした感じに、俺はきつく閉じていた目を開いた。


そして、絶句することになる。



「あの時はお世話になったなぁ、安久麻、斗真とやらよぉ。あの美少女から、今はかわいこちゃんに乗り換えかぁ?」



天詩を襲っていた、マッチョグループの内の一人が、俺の唇を奪っていた。


うげぇえぇ、俺の唇を汚しやがった……!!



口を高速で拭きながらも、俺は辺りを見回した。

黒花は、グループの内の1人に手を掴まれているのが分かった。だらりと嫌な汗が流れる。



「というか、お前ら、謹慎処分なんじゃ……」

「そんなの脱出するに決まってんだろ。その前に、お前にひとつ、したくてなぁ」


めっちゃ怖い。挨拶とか、ホントやめて。

と引け腰になりかける。



「後輩が調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


マッチョから拳が飛んでくるのに、俺は必死に逃げることしか出来なかった。


マッチョが地面を叩くと、ボコォ!と床に亀裂が入る。



「お、お助けをぉぉー!!」



ネズミのように逃げ回る内に、背中に何かが当たる。

振り返ると、それは屋上の壁で。



「ちょこまかちょこまかと逃げやがってよぉ……」



マッチョが、筋肉隆々な腕を振り上げる。

これは、冗談抜きでヤバい。天詩の時と比べ物にならない。


俺は覚悟を決めることしか出来なくて、目を瞑る。

そして、全てを諦めていた。







「……そこまでよ」


目の前に、黄金に輝く存在が現れるまでは。

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