2章2話 天詩「斗真くん、大好き♡」
「……斗真、助けてっ……!!」
考えろ、こういう時に機能しない脳よ、頼むから仕事をしてくれ!!
「おおん? こいつぁ……」
「あぁこいつ、新一年生の美少女をたぶらかしてるやつじゃね?」
「そうだ、この女と、新入生代表の美女を掛け持ちしてるやつか、気に食わねぇ」
なんじゃそれ。美少女をたぶらかすような最低な男じゃないつもりだ!
すると、リーダーっぽい、筋肉マッチョなでっかいやつが鼻を鳴らした。
「昔、この女はモデルをやってたんだってなあ。噂によると、ドラマのキスシーンはいつも断っていたそうだが……」
「なら俺たちがお前の初めての唇を奪ってやるってことよ」
「いやーっ!」
天詩の悲鳴。ガタイのいい奴らは、全く俺のことを気にしていないようだ。戦力外あだと思われているのが悔しい。
俺は最大限脳を回し、一つの解決案にたどり着いた。
俺は、天詩の手をつかみ、最大限の力を振り絞って、自分の方へと引いた。
「こいつ、俺の彼女なんで」
「いや違うから」
ちょっと待った、今のはいい流れだったよ?
漫画の王子役になったつもりで言ったセリフを天詩に一刀両断され、俺はかなりのショックを受ける。
「それはないよ……俺だって我慢して言ったんだが……」
「だけど……私にとって、斗真は大切な人なんで!! っ、少なくともあなたたちよりは、格好いいんです!!!」
「天詩!?」
赤い顔で言い切ると、あっけにとられて固まっている男子たちを睨みつけた。
そして、げしっと俺の足を踏んでくる。後は任せた、ということだろうか。
まずい、いいセリフが思いつかないぞ……。
「……まあ、そういうことなんで! アディオス!」
「斗真のバカー!!」
俺は天詩の手をつかみ、すたこらと寮内へと逃げ込んだ。後ろから怒声が響き渡る。
「あれはやばいでしょ! なによアディオスって! 恨まれるわよ!」
「あれ意外思いつかなかったんだよ! いいから走れ!」
ICカードをスキャンし、俺は一年生の寮に繋がる扉を叩き開けた。
「おらあぁあぁ゛!!! 出てこいクソガキ!!」
「ほらあぁ!! 殺されるよ!?」
天詩は半泣きになりながらも、俺の手にしがみついてくる。
俺は、ただ必死に男子寮の長い廊下を駆け抜ける。
「とりあえず、俺の部屋に入れ。でないと、お前も危ないぞ」
「い、嫌よ! 入りたくない!」
「じゃあ女子寮のICカード、すぐに出るのか?」
女子寮に入るには、女子だけが持っている、女子寮の扉が開くICカードが必要なのだ。
「~~~っ、ひ、ひまりと帰る予定だったから、持ってないわ……」
「だろうが! いいから入れ!」
男子寮の端へと駆け込む。一番端の部屋の前に滑り込んだ。
後ろからドスドスと音が響いてくる。男子たちとの距離、およそ三メートル。
俺は手を伸ばし、自分の部屋のドアノブをつかんだ。荒くICカードをドアにかざす。
そして、カードが認識された瞬間、天詩の手を引いて、部屋中へと飛び込んだ。
背後でドアが閉まる音がし、同時にドアをガコガコと叩く音がした。
「危機一髪だ……」
「………わ、私の上に覆いかぶさってくるの、何回目よ………」
俺の腕の下で、天詩が頬を赤く染める。
ああそういえば、一度黒花に見られそうになった時、覆い隠した事があったかもしれない。
「し、仕方ないだろ……勢いだ」
「は、早くおりて……」
俺は、天詩から離れ、床に座り込む。
「か、髪型も崩れちゃったし。床ドンはされるし、男子の部屋に連れてこられちゃたし! さ、最悪だわ!」
「それか、得体のしれないやつらにキスされるのと、どっちがいいんだよ」
「……っ、こ、こっち、ってことにしといてあげるわ」
そういうと、天詩はぷいと顔をそらした。
「なんだよ、可愛くないな。そこは、ありがとう、だろ?」
「んなっ! 誰が斗真なんかに!」
天詩が、制服のチェックスカートを乱しながらも後ずさった。
「はいはい。それより、恩は売ったからな。ちゃんと返せよ?」
「そ、そういうところが格好良くないのよ!」
「さっき、俺のことを格好いいっていってたのは、どこの誰だったっけ?」
勝利だ。天詩が唇をかみしめるのを、俺はにやにやと眺める。
「ち、違っ、あれは勢いよ! 仕方なく、言ってあげただけ!」
「本当かあ? 俺には本気に見えたんだけどなー?」
すると、急に顔を輝かした天詩が、俺にずりずりと近寄ってきた。
「というか、私だけ恥ずかしい思いをするなんて、ひどいじゃない! 斗真も、私がかわいいって言いなさいよ!」
「はあ!? なんで俺が!」
「言わなかったら、あなたのパンツを教室に飾るわよ」
そうだった、こいつ、俺の下着をもってやがるんだった!!
立場逆転。天詩が、俺の膝に手を乗せてくる。
「言いなさいよ、かわいい、って。そしたら許してあげる」
「言う義理がどこにある! というか、お前は別に!」
「かわいくないって? ……ふーん、なら、斗真にも見してあげようかな?」
なんだ……?
「てい!」
天詩は、俺の胸を押し、地面に倒す。
そして、俺の上に乗ってきた!?
「な、何のつもり……!」
すると天詩が指を伸ばし、黒花がやったように、俺の唇に指を乗せた。
しかし、黒花とは決定的に違うように、俺の心を掻き立てるようにして、優しく触れてくる。
さらに、もう片方の手で俺の顎を軽く持ち上げ、俺を見下ろす天詩が視界に入るように傾けてきた。
そして、顔には天使の微笑を浮かばせ、
「斗真くん、大好き♡」
そう、甘い声で囁いてきた。
……………………………。
…………………………………………………………。
ビービービー。
脳内警報。脳内警報。直ちに脳内温度を下げよ。心臓の脈数を抑えよ。
「どう? かわい、かった?」
天詩が、くいっと俺の顎を上げ、正面から見つめてくる。
ビービービービービービービービービー。
脳が悲鳴を上げる。
死んでも開かないと閉じていた口が、意思に逆らい開く。
「めちゃくちゃ……かわいい」
はっと我に戻った時にはもう遅く。
「……っ! ま、また、私の勝ち!! 何度負けたら気が済むのよ、悪魔さん!」
そう高らかに言った天詩が、俺を嘲笑った。
「……………」
「あれ、なんでそんなに赤い顔をしてるの? もしかして? 私がかわいすぎたから?」
く、くそ……っ!!
悔しすぎる………!!!
俺は、急いで赤くなった顔を覆う。
「なんで隠しちゃうの? 見してくれてもいいんだよ? 斗真の負け顔ー?」
天詩が、俺の手をぐいぐいと引っ張る。
頼む、やめてくれ……!
『安久麻斗真、部屋番号001、いるか?』
入学してから何度聞いたかわからない掛け声に、俺と天詩でぴたりと固まった。
「っはい、いますが」
『二年生に、お前の部屋に女子が入っていったと報告を受けたのだが。事実ではないと願うが、念のため確認させてもらう』
「…………っ!!!」
俺は慌てて、天詩を押入れに押す。
そして、天詩が穴を潜り抜けたのを確認すると、俺はぽっかりと空いた穴をスーツケースで隠し、押入れを閉じた。
「はい、大丈夫です」
マッチョ先生がどしどしと部屋に入ってき、部屋中を見回した。
「なんだ、いないじゃないか。どういうことだ、お前ら」
すると、廊下でこちらを見ている、先程天詩を襲っていた男子たちが慌てだす。
「いや、まさか、入ったところをみたんですよ。ちゃんと、この目で」
「その後、出てきたところも見てないし、絶対いるはずで……」
「お、押入れの中とか! とにかく、絶対この部屋にいるはずです!」
げ……。
「もしこれでいなかったら、一年生の寮に入った罪とこの事で、生徒室に謹慎だからな……」
仕方なさそうに、マッチョ先生は、がらりと押入れを開く。
スーツケースをどけられたら終わりだ。穴のことに気付かれると、俺が謹慎処分だ。それどころでは済まない可能性だってある。
押入れを見回し、マッチョ先生は、しばらく俺の服をあさったりしていた。
そこで、天詩の下着が再度見つかってしまう。
「……この下着、本当に妹のものだろうな」
「はい、そ、そうです」
「……この、『T.H』というイニシャルも、妹のものか?」
下着のタグ部分に書かれた『T.H』の字に、俺はぎょっとする。
天詩のやつ、イニシャルを書いてたのか……!
「は、はい……て、て、ひ……て、テヒルアーノ!! って名前なんです!」
本当は、妹なんていないんだがな!! しかも、我ながらネーミングセンスだっさ!!
苦し紛れに考えた名前に、マッチョ先生は「は?」という顔をする。
「……? これはイニシャルじゃないのか?」
「まさかー! ははは、あいつのサインなんですよー! ほら、テがTで、ヒがHなんですよー」
しばらく俺を睨んでいたマッチョ先生だったが、仕方なさそうに立ち上がった。
「……ということだ。とにかくお前ら、ここに女子はいない。……どういうことか、分かっているな?」
「ま、まさか……絶対に、いるはずで……」
俺は、自分を落ち着かせるために深呼吸をした。
「あの、この人たちが、てん……女子を襲っているところを見ました!」
「なんだと?」
マッチョ先生が、ますます険しい顔つきになり、男子たちを睨む。
「その証拠に、女子たちに聞くと、被害者がいると思います! 例えば、日岡さんが襲われているのを見た人がいるそうです。詳しいことは、彼女に聞いてください! 他にも、彼女みたいにかわいい人は被害を受けていると思います!」
「「おまえェ……っ!!!」」
マッチョ先生は、ものすごい形相で俺を睨む男子たちの首根っこを掴み、
「さあ、尋問の時間だ」
と言って、悲鳴を上げる男子たちを連行していった。
「……ふう」
静まった部屋で、大きく安堵の息をついた。
こんなに勇気を出したのは久しぶりだ。
いつもなら怖くて、言いなりになっていたと思うのに。
こうやって、俺に勇気を出させてくれたのは……。
俺は、押入れを開き、穴を塞いでいたスーツケースを少しずらした。
「あ………」
そこには案の定、天詩がいた。
「え、っと……」
「やっぱりな……お前、もしスーツケースがどけられていたら、お互い生徒室送りだったぞ」
「ご、ごめんなさい……」
目を伏せる天詩。
なんだかおしとやかだぞ……?
「……」
「ど、どうした。そ、そういやそろそろ晩御飯じゃないか?」
なんだか気まずく、俺は話題を変えようとする。
「ん、っと、えっと」
すると、天詩は頬を赤らめ、俺の服の裾をつかみ、
「あ、ありがとう……っ」
「!!」
それだけ言うと、天詩は急いで後ずさり、ぱたんと扉を閉じてしまった。
『んなっ! 誰が斗真なんかに!』
「あいつ……っ」
あんなに、言わないって言ってたのに。
俺は、耳まで赤くし、しばらく動けずにいた。
ʚɞ
『めちゃくちゃ……かわいい』
『彼女みたいにかわいい人は被害を受けていると思います!』
「っ……かわいい、とか……もう、私……」
私は、さっき聞こえてきたセリフを思い出す。
ぎゅっとスカートの端を掴み、顔を伏せた。
「もう、ほんとにずるい……っ!!」
結局、私は斗真と顔を合わせられず、そのせいで今日は晩御飯を食べにいけなかった。
朝昼夜は絶対食べる私なのに……。
安久麻斗真。
襲われてる所を助けてくれたり……なんか、ヒーローみたいじゃない!
本当に、ずるい悪魔なんだから……!!
――でも、その事件のせいで、斗真に被害が及ぶなんてことを知らなかったんだ……あぁ!!
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