2.追われる恋はいかがですか?

2章1話 俺の初キスは、とっくに終わっているのだ!


どんどんどんどんどん!!


んん……もう少し寝させろよ……。



だんだんだんだんだんだんだんだんだんだんだん!!


あぁうるせえ、朝から誰だよ……。



「あーさーよー! 朝! 早く起きなさーいっ!!」


「んげっ……また天詩のやつか……もうそんな時間か!?」



最近習慣化している、天詩曰く『天使様のモーニングコール』だそうだ。誰だよ天使様って。


「もう6時半よ。朝ご飯、行けなくなっちゃうけど」

「知ってる!」


わっさわっさと準備をして部屋を出ると、いつも通り、長い金髪をツインテールに結んだ天詩が扉の前で待っていた。


「あら、意外と早かったじゃない。ひなたの方が先に来ると思ってたのに」

「そーおですよ! 斗真さんの期待裏切り野郎です!」


「最近口が悪くなってるぞ、黒花……」


天詩の後ろからぴょこんと顔を出すのは、今日も小動物らしい黒花だ。


「天詩さんに教えてもらったんです! これで斗真さんをバトウできるようになりました!」

「変な言葉を覚えさせるんじゃない、天詩」

「むふふー」


「ごめーんっ! 遅刻遅刻、なんつって!!」


と、ばたばたと足音が響き、男子寮へ繋がる半透明の扉を叩き開けながらも、ひなたが登場する。


「「「そういうのいいから」」」

「猛攻撃だあ……」


しょぼんとするひなたを天詩が慰める。


こうして、俺の騒がしい一日が始まるようになった。

いわゆる、モーニングルーティーンである。




ʚɞ





「では、3番、日岡」

「はい」


今日は、数学から始まる、最悪な日である。

数学なんざ、将来いらんだろと思っている人間代表だ!


「日岡、正解だ。……4番、よそ見している安久麻」


「はいっ!?」


天詩があきれたような目で俺を眺めてくる。

やっぱバカなんだねー、嫌いの授業ほど集中してるフリしないとでしょー、といらん豆知識を与えてくれるひなた。

冷たい視線を投げてくる、クラスメイト。


「えっと……」

「全く、本当にバカなんだから。……57の3乗でしょ」

「ごっ、57の3乗ですっ!」

「正解」


そう言うと、天詩が頬杖をつきながらも、にやりと笑いかけてくる。


「また私の勝ちかしら? いつになったら負けるのかなー、あー」

「くっそ……いつか見返してやる!」

「そのいつかが生きてる間だったらいいね?」


そう言うと、天詩はきらきらスマイルに戻り、クラスメイトを感動させる。


そういうとこだよ!! そういうところが気に食わないんだ!


まあ、前よりは優しくなった気がするが……。


何とも言えない気持ちになり、消しゴムを指で突く。

と、たちまち、天詩側へと机から転げ落ちてしまった。


「ああー……」


声を漏らしながらも上半身を曲げた瞬間、ゴンという鈍い音が鳴った。

続いて、頭にじんわりと痛みが広がる。


慌てて顔を上げると、



「…………っ!?」



同時に顔を上げた、天詩と目が合った。思わず息を止める。


なんでこういう時に限って、同時に消しゴムを拾うかな!? 近いんだが!


顔と顔の距離、一センチといったところか。

お互い下手に動けず、ぴたりと制止したまま時間が止まる。


これは……間違って動けば、キスも同然じゃないか……。


焦りながらも、俺は天詩の目に吸い込まれるような感覚にとらわれる。

綺麗なブルージュの瞳。長いまつげ。すうっと意識がもっていかれる。


まずい、動けない……。



と、バコンど頭が叩かれ、俺は悲鳴を上げかけながらも、体をはね起こした。


「なにイチャイチャしてるの? 授業中だよー?」


ひなたが、ノートを丸めて俺をにやにやとしていた。


「ち、違う!! 今のは消しゴムが……」

「見てたよー? 見つめあってたじゃん! しかも、二人共、顔赤いよ?」

「「~~~~~~っ!!」」


慌てて天詩の顔を見ると、確かにほんのり桃色になっていた。


「違うっ! これは、頭を下げてたから、か、顔に血が上ってただけよ! 誤解しないでよ!」

「そうだそうだ、俺も同じだ!」

「怪しー!」


「では6番、横山」

「ぴゃいっ!!」


ナイスタイミング、先生!!


俺は天詩のことを頭から除外し、数学に打ち込んだ。


しかし、いつもに増して集中できなかった事が気がかりだが。




ʚɞ




「ええぇぇそれで? キスはしたんですか? キスは? 何味でした!?」

「黒花! 声でかい!」


放課後。みんなそれとなく屋上に集まり、雑談にいそしむ。今は天詩が来ていないが、まあその内来るだろう。


まあ、俺の友達たちなんで? こういう『それとなさ』は余裕であるんですけど?(どや)


「そうそう! 結局しなかったんだけどね? 見てる側からはもううずうずするわけ!」

「横山、黙れい」


頭をぺこんと叩こうとすると、上手く逃げられる。


「むー……でも、私の初キスは、斗真さんがいいです……」

「へえぇー? それは好きだから?」

「違います! 一番心を許せるのが斗真さんなんですーっ! というか、斗真さんてキスしたこと、?」


「ふっふっふ、お前ら。俺の初キスは、とっくに終わっているのだ!」

「「なにーっ!?」


二人が世界の終わりとでもいうように絶叫する。そんなに驚かなくても。


まぁ俺は、大人の階段を一足先に登っていたわけだ!



とはいっても、俺が小学生下学年も頃の話であり、しかも相手は幼馴染的存在のやつだった(今や、名前を忘れてしまったくらい疎遠である)し、無理やりしてきたのだ。

ロマンチックさの欠片もない。


俺がどや顔を苦々しい顔に変えていると、ひなたがダンと足を踏み出した。


「聞いて驚けーっ! 私も、初キスは終わっているー!!」

「「なにーっ!?!?」」


俺はぽかんとして黒花と顔を合わせた。なんだと……大人の階段を登っていたのは俺だけではなかったのか……!!


「あれは、小学生の時だった……公園の滑り台の上で……夜空が輝いてて……私から……」

「もーっ、二人共ずるいですーっ! 私なんて、斗真さんのほっぺにちゅーしたのが初めてなんですから!!」


ひなたのナルシスト話をガン無視し、黒花は俺を睨んできた。

……ん? それが初めてだと!?


「ってことは、あの小悪魔感は!?」

「あのあざとさは!?」


ひなたと一緒に、黒花に詰め寄ると、黒花は両手で顔を覆った。


「……全部、少女漫画を真似していたんです……うぅ……初彼氏なんかにちゅーなんて、できるわけないじゃないですか……」


「「ええぇぇぇえ!?」」


初めてで、あんなにあざといのは……反則だろお!!

てっきり、初彼氏に散々キスしてるのかと思ったわ!


「もう、何も言わないでくださいっ!! 恥ずかしいです!」


黒花はしゃがみ込んで、耳を塞いでしまう。


「はいはい、言わないってー……てか、天詩、来てなくない?? 安久麻くん、迎えに行ってきてよー」

「くっ……!!! それだと、『それとなさ』がなくなってしまう……!」

「変なこだわりはいいから。早く帰ってきてよーっ!」


背中を押され、俺はしぶしぶ屋上の扉から校舎に入った。



「や、やめてください!!」

「いいじゃないか、少しくらい」

「さっき断ったはずです! いやっ!」



下の階から話し声が聞こえ、嫌な予感に包まれたまま、俺は階段を駆け下りた。



「いやっ、ぁ、とう、ま……!!」


四階の階段のそば。


ガタイのいい男子3、4人に囲まれ、キスを迫られている、天詩の姿があった。



「……斗真、助けてっ……!!」

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