8話 なら、私もしてもいいよね?



「もう嫌ですううぅ!! 嫌なんですううぅ!!!」

「おーちーつーいーてー!?!」


ひなたと黒花がぎゃあぎゃあと喚くのを、俺は正座しながらも聞いている。

このくだりを何十回やったか。


屋上で泣き喚く彼女を発見したのが十分前。それからずっと、ひなたと黒花がこうして言い争っている。


俺はげっそりとしながらも、救いを求めて天詩を見た。



すると、俺の救いの目を感じたのか、天詩が脱ぎ捨てられた制服を畳みながらも、ため息をつく。


「黒花さん、いいから話してみたら? なにが嫌なの?」


視線の先には、下着姿の黒花だ。


下着姿の女子は誰だってかわいいというが、その通りだ。

胸はないものの、かわいらしい水色のスポブラに、合わせたのか同じデザインのショーツ。白い肌が日光に反射し、艶感を引き出している。

しかも、可愛らしい顔立ちが、愛らしさをましましさせている。


「あまりじろじろ見るんじゃないわよ、変態」


ちらちらと見ていただけなのに、天詩にぎろりと睨まれる。

別にいいじゃないか、見ちゃうものは見ちゃうんだよ!


ため息をつきながらも天詩は、勢い良く立ち上がる。

そして綺麗な金髪を風になびかせながらも、座っている俺の前を通った。


短いスカートと、細い太もも。その先をつい期待する。

しかしそんなことは起こらず、俺は残念に思いながらも同時に安堵した。


「なーに、期待したのー?」


と、天詩が引き返してき、手を膝に当て、俺を覗き込んだ。

拍子に、胸元から胸がちらりと見える。


ぱっと目をそらしながらも、俺は頬を膨らました。

くそ、なんでわかるんだよ!! というか、期待なんて! 期待なんてしてない!!


「ご、誤解だ!」

「うっそだー、期待したでしょ! さすが変態」

「くっ……」


やられっぱなしは悔しい……!

どうにかして、こいつをドキドキさせてやりたい……!!


「ふっふーん」


まるで読んだかのように、天詩は自動販売機へと向かっていった。


しばらく頭を悩ませる。と、一つ、名案が浮かんだ。



飲み物を手に抱えた天詩が帰ってくる。


「これ、言っとくけど、斗真のじゃないから」

「わかってるよ、

「ひぅ……っ!?」


即座に顔を赤くする天詩。

俺は何気に、しっかりと天詩を名前で呼んだことがない。

ふっふっふ、ドキドキでもゾクゾクでもするといい!!


「んな、なによ今更。ふ、ふん」


効いてる効いてる。俺はほくそ笑む。

恥ずかしさを誤魔化すように、天詩は早足で黒花さんのそばへ寄った。


「く、黒花さん、ほら、これでも飲んで落ち着いて?」

「っひっく……ありがとうございます……」


ようやく落ち着いたというように、黒花さんはおとなしく飲み物を受け取った。

そして一口飲むと、盛大に顔をゆがめた。


「ま、まっず! まっずいです、これ!! なんなんですか!!」

「へ? なまたまごーやジュースだよ?」


なまたまごーやジュース……。

名前の通り、生卵とゴーヤ味のジュースだ。一度飲んだことがあるが、死にかけた思い出がある。


「うええ、天詩正気!? やばいやつじゃん、それ!」

「へ? そーお? 美味しいじゃん! ほら、ひなたの分」

「い、いらな……ぐっ!!」


口にねじ込まれ、ひなたは悲鳴を上げる。


「うああっぁ、不味いー-っ!! あ、安久麻くん、バトンタッチ!」

「ふぐっ!?」


ひなたが俺の口に缶を傾け、俺はもろになまたまごーや攻撃を受ける。


「うっ……こ、殺される……」

「あぁぁ……死ぬ……」


二人そろって地面に突っ伏す。


「うふ……」


と、笑い声が聞こえ、俺はかろうじて意識を繋ぎ、声の主を仰ぎ見る。


「す、すみません。つい、面白くって……」

「黒花さん……」


口元に手を当て、楽しそうに肩を揺らす黒花に、俺は心の底からほっとした。



「それはよかったわ。……じゃあ落ち着いたみたいだし、黒花さんの話、聞かせてくれる?」


天詩はにっこりと天使のように微笑み、黒花を促した。

くそ……意識が絶え絶えだからか、リアル天使に見える……!


「天詩さん……」

「なんでも聞くわよ。……ね?」


ものすごい圧と共に、地面に突っ伏す俺たちに笑いかけてくる天詩。


「「は、はいいぃ……」」


あ、やっぱ偽物天使だわ……。


「よかったわ。……あと、服くらいは着ない? その……ここには男子がいるんだし」

「いえ、ストレスがたまると服を脱ぐ習性があるんです」


「あ……うん、そうか、おっけー……」


引き気味で天詩が応答する。

俺も、黒花はいろいろと変わっているなと実感した。


「それで! もう嫌って言ってたけど、何かあったの? 教えてくれる?」


「……はい」


ひなたの掛け声に、そうか弱く返事すると、黒花はぽつりぽつりと話し出した。



ʚɞ



私、いつも不器用で。だからこそ、勉強だけは頑張らないとって、頑張ってきたんです。

いつも周りから「変わってる」なんて言われて。自業自得なのかもしれませんが……だから、することが勉強しかなかったんです。


そしたら、いつの間にか学年トップになってて。「孤高の天才」とも言われました。


中学の頃、私は眼鏡をかけて、髪の毛もぼさぼさだったので、山姥だとかも言われましたっけ……。



そしてある日、そんな私にも彼氏ができたんです。

「そんなところが好きだ」なんて言われて。嬉しくて、嬉しくて。


束縛してしまったんです。


学校の行き来も。朝起きる時から寝る時まで。

ようやく認めてくれたような気がしたんです。離してはならない、もし私のそばからいなくなってしまったら、私は一生孤独だ、って。


もちろん、数週間後に「別れよう」と言われました。

その後、その人が言いふらしたのかわかりませんが、「束縛女」と呼ばれるようにもなって……。


そんなの、もう嫌だったんです。

ちゃんと私を見てほしい。かわいいって言われたい。愛されたい。


それで、心機一転して、この学校に来たんです。

髪も整えて、眼鏡もコンタクトに変えて、ダイエットをして。


そして、斗真さんに会ったんです。

斗真さんに、保健室に向かうところを見られた瞬間、「これしかない」と思いました。


私には、斗真さんしかいない。どうにかして、捕まえたい。離れないでほしい。

それで、過去の経験が、よみがえってしまって……。


とにかく、必死だったんです。

本当にごめんなさい。



ʚɞ




全てを聞き終わり、俺は呆然とした。

あまりに俺に似ていたから。


「大変だったのね……」


ようやっと、天詩が口を開く。


大変なんて言葉じゃ表せない。俺は何よりもそれを知っている。


「……斗真さん、本当にすみませんでした……」


黒花が、目を潤ませながらも頭を下げてきた。


「実は私、集団がとても苦手で……。斗真さんにぶつかった日も、実は教室で発作が起こって、保健室に向かっていたんです。その勢いで言ってしまいました」


「集団がダメなの!?」


ひなたが目をぱちぱちとさせた。


「はい……。昔いじめられたからでしょうか。足がすくんで、動けなくなるんです。正直、集会の時は、意識が消えかけてました」


「よ、よくやったわね……」


天詩が目を丸くする中、もう一度黒花は俺を見た。


俺は、静かに黒花に近寄った。


「んえっ!?」


そして、強く抱きしめた。


「俺もそうだった。だから、分かる」


横で、わたわたとせわしなく動く天詩が映る。

俺は、黒花を抱きしめたままも天詩を見つめた。

天詩の髪が光り、天使の輪がうつった。


天使が与えてくれた贈りギフト、それが「友達」だもんな。

なら、俺も天使な心で、黒花に与えようじゃないか。



「黒花。――俺と、友達になってくれ」


「嫌です」


「「「なんでぇぇえええ!?!?」



これ、めっちゃいい展開になるはずだったんだけど!?!?

二人して手を取り合って、「友達に乾杯!」とかいう予定だったんだけど!?!?


「だって、友達と言いますと、よく主人公を裏切る系の……」

「それは漫画とか小説の話! ……あのね、友達っていうのはね……」


そういうと、天詩は俺に飛びついてきた。


その勢いで黒花が腕から離れ、「あぅっ」という声と共に、こてんと倒れた。


「友達っていうのは、こういう事も平気でできちゃう、いわゆる『最高な仲間』なんだよ?」


至近距離で、天詩が言う。

くそ、静まれ心臓! なにドキドキしてやがる!!


「そーそーっ。だから、黒花さんもなろーよ、『最高の仲間』に!!」


ひなたも飛びついてくる。


「私も……最高の、仲間に?」

「そそ!! ほら!」


ひなたの掛け声に、黒花は迷ったように一二歩進んでから、


「んやっ!」


と言って、思いっきり飛びついてきた。


「ぐえっ! お、お前ら……本気で俺を殺す気か……?!」

「いっそのこと潰れてくれてもいいわよ?」


天詩の野郎……! 心は正真正銘の悪魔じゃないか!



「えーと……てことはですね、天詩さんとひなたさんも私の秘密を知ったという事で……友達兼ペット、ということで……」


「「また一から!?」」


黒花は、人間慣れしていない。

天使がくれた『友達』という温もりを、黒花にも分けてあげたい。


……あぁ、俺にもこんなセリフが言えるようになったなんて……!!


ふいに、頬に柔らかい感触が触れ、俺はぴたりと体が止まるのを感じた。


「黒花さんに、されてたでしょ。……なら、私もしてもいいよね?」


「天詩……っ?!」


俺を強く抱き締めたままも、恥ずかしそうにぷいと向こうをむく天詩。


――人生で、二回も頬にキスされた……。


「んわ! 斗真さんが意識失ってる?!」

「安久麻くん?!」


「や、やっちゃった……」



その後、授業が始まっていることをすっかり忘れていた俺たちは、たっぷり怒られることになるのだが。



それでも、1人で怒られるよりも、みんなで怒られる方がいいと感じたのは、俺だけじゃないだろう。



――こうして俺は、最高の高校生デビューを果たしたのだった。アーメン。





―――――――――――ʚɞ―――――――――――

あとがき



第1章終了です!ありがとうございました!


誤字脱字、アドバイス等あれば教えてください……!!!

それに、もしよければ★★★レビュー、お願いします!! めちゃくちゃ励みになります…!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る