5話 夜這いなんかじゃないし


「んむむむぅ、全部美味しそうだよ……」


視界いっぱいに広がる夜食に、私は唸った。


夜7:30。夜食の放送と共に、食堂へひなたと駆けつけた状況である。

今日は初日のため、食事前にある1時間の外出時間はない。その分早めに夜食がある。


……これが、悩むんだよなー!!


「あは、そんな悩まなくっても。あと365日×3も食べれるんだしー」


ひなたが苦笑しながらも、食堂のおばさんからサラダを受け取った。


「いや、悩むのよ……」


これから変態悪魔と戦わないとだし、美容も気にしないとだし、美味しそうなものばっかだし……。

体力か美容か欲望か、どれをとれば?!


「もー遅い、天詩もサラダね」


ひなたはひょいとサラダを取り、近くの席を取った。


「うぅ……」

「いいじゃん、肌荒れるよ?」


しぶしぶ席につき、野菜にフォークを突き刺し、口に運ぶ。


途端、どどどどという足音が響く。

……なんか、嫌な予感に包まれるんだけど?!


「「天詩ちゃんっ! あれ見た?!」」

「「やばくない?! 最低だよ!」」


わっ?!

わさわさとクラスの女子が群がってきて、私は野菜を吹き出しそうになった。

わぁわぁと騒ぎ立てるのを、私は必死に抑える。


「ちょちょ、なになに、どうしたの?」


すると、一人の女子が頬を膨らませながらも言う。


「天詩ちゃんの彼氏が、フタマタしてるんだけど!」


はぁ?!

ひなたと私で目を剥く。

いつの間に私に彼氏が出来たの?!


「ほら見てよ、黒花さんと一緒にご飯食べてる!」


黒花さん?? あの、新入生代表の?


恐る恐る指さす方を見れば、



「と、斗真……?!」



脳内キャパオーバー。とりあえず、目に見える事を述べることにする。


指の先では、斗真が、クッキーを食べていた。

そこまではいい。普通だ。


その向かいに、新入生代表の黒花さんが座っていたのだ。


「…………」



いやいやいやどこから突っ込めばいいの?!



私は口に含んだ野菜を飲み込めずにわたわたとし、ひなたから手渡された水を一気にあおった。

脳内パニックである。


まず、斗真は私の彼氏ではない。

あれのどこが彼氏よ! ふざけないで?!


次に、なんで黒花さんと斗真が一緒に座ってるのか。

あのバカで性格悪い斗真と、成績優秀な新入生代表、黒花さんがなぜ一緒なの?! 斗真って見知りっぽいし、第一ぼっちなのに!


最後に、なんで夜食にクッキーを食べてるのか!!!!

あれはふざけてる。クッキーを夜に食べるなんて、太るじゃない!!!


「いやなんでそこ?」


ひなたが首を傾けて笑う。


「だってクッキー……!」


「天詩が甘党なのは分かったけど……そこじゃないでしょ!」


周りの女子も、こくこくと首を縦に振る。


「天詩ちゃんの彼氏なのに! 黒花さんと浮気なんて信じらんない!」

「今日だってラブラブだったのに、乗り換えたの?! 天詩ちゃんこんなにかわいいのに……」

「とにかく許さんっ!」


お、落ち着いて〜……。


食堂のおばさんが困ったようにしているのに気づき、私はますます焦る。


「おおおお落ち着いて……何とかするから、夜食食べてきてよ、ね??」


すると、女子達が渋々というように席に戻っていった。

よかった……大事には至らなくて……。


「へぇえー、安久麻くんの彼女だったんだ? 初耳!」


一難去ってまた一難。にこぉと微笑むひなたが顔を近づけてき、私は身を引き、手をわたわたと振った。


「ちっ、違うわよ!! あんなやつ、友達でもないっ!」


「怪しー、そんな慌てなくても」


ひなたはにやにやと笑う。違う、ライバルとかなんというか、そういうやつよ!


「ほんとに違うんだって!」


「へぇ……?」


するとひなたが頬杖を付き、試すようににやっと笑った。



「じゃあ、私が彼氏にしてもいいんだね?」


……???


ひなたが? 斗真の? 彼氏?


胸に、言葉にできない感情が渦巻き、自分でも驚く。


「なに考え込んでるのー? 即答しないのを見ると、やっぱ好きなんだー?」


「なっ……違っ!」

「むふふー」


ひなたがいつもの調子に戻り、フォークを握り直す。


「ていうかひなた、斗真の事好きなの?!」


私が突っ込むと、ひなたは野菜を口に含みながらも頭をかいた。


「いやぁー? 小学生の頃好きだった人に顔が似てるだけー」


「ふぇっ、好きな人いたの?!」


その会話で盛り上がりながらも、頭の端で、黒花さんと斗真が一緒に食べている様子が離れなかった。


べべ別に、ずっと見てたとかそんなんじゃないし!

斗真の事なんてどーでもいーんだけどね!





ʚɞ





「そんじゃおやすみー」


夜食後、午後10時。

ぱちりと電気が落とされる。

ひなたはダブルベッドの右側に入った途端、すうすうと寝息をたてはじめた。


脳内で戦闘ミュージックがかかる。


私は、今からが勝負なのよ……!


ひなたが眠ったのを確認した後、私はベッドから起き上がり、そっと押入れへと近づいた。

深呼吸とともに、ポケットに隠していた斗真のパンツを握りしめる。

別に、わざと一日中パンツをポケットに入れていた訳では無い。出すのを忘れてたの! あと、隠し場所がここしか無かったの!


自分に言い訳をしながらも、私は押入れの扉に手をかけ、深呼吸をした。


「っ絶対に、私の前に跪かせてやるんだから……!」


そう自分に誓い、ゆっくりと扉を開けた。


そして、ぽっかりと開いた穴をくぐり抜ける。


というか謎なのよね。なんでこんな所に穴なんか空いてるのよ……しかも男女の部屋の間だし……。


まぁあいつを跪かせてからは、二度と入らないし、この穴を埋めてやるんだから!

だから、この行為は、別に夜這いなんかじゃないし、違反じゃないって事よ、うんそう!


無理やり自分を納得させながらも、閉じている斗真の部屋側の扉を、爪を立てて無理やり開けた。



「あれ……? いない?」



シーンと静まる部屋。暗闇の中、目を凝らしたけど、斗真の姿が見当たらない?!


「なによ、あの約束はなんだったのよ……!」


荒く息をつきながらも、斗真がくる前に自分の下着を回収すればいいことに気づく。


ピンチをチャンスに! さすが私!



しかし、部屋中を捜しまわったけど、全く見当たらない。

暗闇ということもあるけど、隅々まで見ても、ない!



「どういう事よ……」



ため息をつき、顔を上げると、斗真の部屋の外に人の気配を感じた。


耳を澄ますと、話し声が聞こえる。



私は、反射的にベッドの上に飛び乗った。

これ、誰かにバレたらやばいよね?!


すると、ドアノブがガチャりと回った。

心臓が跳ねる。


「じゃあまたな、黒花……っっはぁ?!」


ドアが開き、斗真が顔を覗かせた。

そして、すぐに私を見つけ、ギョッとしたように目を見開いた。


違うの、別に変態な意味でいるわけじゃないの!ただ、先に来ちゃっただけ!誤解しないで!


しかも、黒花って言った……もしかして、黒花さんも一緒に居るの?!


だとしたら、結構やばい状況じゃない?!


「はい斗真さん、おやすみなさいです。明日もしっかり管理するので、忘れないでください! でないと消します。首をちょんぎります」


そういいながらも、黒花さんが部屋を覗こうと首を伸ばした。


まずいっ……!!!



「…………っ!」



恐怖に身を固くする私に、斗真が駆け寄ってきた。


そして、ベッドに素早く乗ると、私を無理やり押し倒してくる。

なななな何のつもり!?


「っっちょ……?!」


そしてその勢いで、私の上に覆いかぶさってきた?!?!?!


「……っぁ?!?!?!」


床ドン?! 床ドンなの?!


ばくばくばくばくと心臓が暴れる。

あと数センチもないほど近くに、斗真の顔がある。

至近距離で見つめられ、目を逸らせずに私は固まった。


っどうしよう、顔が熱い……!



「……どうなされたんですか? 急にベッドにダイブなんて……」


黒花さんが怪訝そうな声を出した。


「……いや、眠いだけだ。また明日、ドアは閉めてけよ」


耳元を囁くような声がくすぐり、体が震える。


「はぁ……本当に変人ですね……。しかし、約束を守って下さりますもんね、それくらいはやります」


黒花さんは溜息をつきながらもドアを閉めた。足音が遠ざかって行く。


はぁ、はぁ、という斗真の息遣いが首筋にかかり、唇を噛んで自分を抑えた。

数秒が、何時間にも感じる。



「っああ!! マジでやめろよ、こういうの!」



急に斗真の体が離れ、私も体を跳ね起こした。

赤い顔、バレてないかな?! 暗闇だし大丈夫?!


「おい変態、男の部屋のベッドの上で何をしてた」


「その言い方じゃ私がただの変態みたいじゃない! 私の下着を取り返そうと思ってただけ!! というか、なんで私の上に乗っかってきたのよ、変態っ!」


「それは、お前がいることがバレたらやばいからだろうが!」


「そんなこと――!」


『んん……』


私の部屋から声が聞こえ、私たちは同時に息を詰める。


『んぁー……』


「ひ、ひなたの寝言……?」

「押入れを開けっ放しにしてるからだろうが。閉めろ」


この状態だと、私たちの会話がダダ漏れだったという事だ。ここでひなたに起きられては困る。

私は自分の部屋の方の扉を閉じるために、四つん這いになって穴をくぐり、無理やり扉を閉じる。

そして、四つん這いのまま斗真の部屋に戻った。


「おま……その薄着で四つん這いは駄目だろ……」


「…………?! ど、どこ見てるのよ!!」


赤い顔をした斗真が目を逸らし、私は焦って胸を手で覆う。

この変態、ひたすら変態なのね……!


「い、いいから、早速決着をつけるわよ。あなたの部屋になんて本当は1秒もいたくないのよ。さっさと跪きなさい」


私は部屋着を気にしながらも、話し合いをスタートさせた。


というか部屋着、春だからって油断して、薄い生地にしてしまった……。

しかも、下はスカートタイプの部屋着。もちろんの事、黒パンなど履いていない。

こんな格好で来た私が馬鹿だった……。


後悔の念にひたっている間、斗真はふんと鼻を鳴らした。


「跪くのはお前だ。返して欲しくないのか、これ??」


そう言うと、斗真はポケットから私の下着を引っ張り出してきた。

ぶらーんと指に引っ掛け、弄ぶようにして振る。


「……それ、もしかして、一日中持ってたの?!」


先程から、ポケットに私の下着を入れているシーンは全く見てない。

つまり、下着は斗真のポケットにずっと入っていたわけで……。


「き、気持ち悪っ!!!」


何か違う感情が動く前に、反動で口に出す。


「んな?! た、たまたまそうなっただけだ!……ならそういうお前は、一日中ポケットに入れてるなんてこと、ないんだろうなぁ?」


ぎくっ。

私は視線をずらしながらもさっとポケットから斗真のパンツを出す。


「べ、別に! さっき入れたばっかだし! ……もういいから跪いたらどう?!」


ばちばちばちと燃える視線。

もちろん、負けるわけないから!!


「譲りなさいよ」

「お前がだ」


こうなったら最終手段ね……。


私は自慢の右手に力を込め、それを前に掲げ、シュシュシュと空を切ってみせた。


「うわちょっ、暴力に出るのかお前?!」


斗真が後ずさりする。

ふふーん、私の必殺技よ!! 早く跪けばいいのよ!


「うりゃーーーーっ!!!」

「ひぃーーーーーー?!?」



『安久麻斗真、部屋番号001、いるか?』



私が下着を奪おうと手を振りあげた途端、ドアの外から低い声がし、恐怖で体がびくっと震えた。


「……っまずい、タイムオーバーだ。早く部屋に戻れ!!!」


背中を押され、私は押入れに押し込まれる。


「……っ」


「また決着を付けよう。……お、おやすみ」


ばたんと締められる扉。



「……っ!?」



斗真は照れていたのか、焦っていたのか。



……おやすみなんて、反則でしょ……!!!



私はしばらくその場から動けずに、押入れの中で固まっていた。

ばくばくと、 鳴り止まない心臓。



こんなにドキドキさせられるなんて……くっ、悔しい!!!


次は、私がドキドキさせてやるんだから!!


絶対に、負けてやらないんだから――!!

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