4話 変態悪魔さん


んんなああーっ!?


腰まで垂れさがるツインテールの髪を揺らしながらも、私、日岡天詩はぎょっとした。


私の裸を見た挙句、エレベーターの中で急に抱きしめてきたりした変態野郎が、私のクラス!? 

しかも、隣の席とかありえないんだけど!!


「……なんだ、文句あるか」


「あ、ありまくりよ!! この変態が! 変態!」


囁いてくる変態野郎に、私はかっと喰らいつく。


裸を見られたのは、百歩譲って事故だとしよう。というか、あの空いた穴は何か、全くわからない。いつか補強剤でも買って、埋めてやろうと思っている。


でもそれはそれ、エレベーターで抱き留めてきたのはこいつだ。そのせいで噂は爆発的に回り、校長室へ呼ばれる始末にもなったのだ。


私の輝かしい高校初日をぶっ壊してきた、変態野郎だ。

最低この上なし!!


「私の方、絶対に見ないでよ、変態」

「見るわけないだろうが。それに、俺の名前はあく……斗真だ。間違えるな、この変態が」


一瞬言葉に詰まってから、変態野郎――斗真は私を睨んだ。


「私だって、天詩っていう素敵な名前があるのよ。間違えないで、変態が」


ばちばちばち、と火花が散る中、斗真の後ろの席であるひなたが、斗真の頭をぺしんと叩いた。


「隙ありー。かわいいからって、天詩にちょっかいかけちゃダメだよー?」

「痛って! ってお前かよ、ひな……いや、横山」

「わあ今下の名前で呼ぼうとしたでしょ、安久麻くん、へんたあーい」


あくま……悪魔くん?


私は、先程彼が苗字を名乗らなかったことの理由を悟り、そしてにやりとほくそ笑んだ。


「へえー、あ・く・ま・くん、なんだー知らなかったー」

「……っその名前で呼ぶな」

「いいじゃんー、お互い天使と悪魔って呼ぼうよー」


斗真が悔しそうに目を細めた。ふん、私の勝ちね!


胸を張りながらも、視線を斗真からずらした瞬間、周りが私たちの方を見ているのに気付く。


こんな性格、バレたら天使脱落……。

やばっ、天使でいなきゃマズい! 


私は慌てて甘い笑みを浮かべ、頬杖をつき、足を組んでセクシーに決める。そして、軽く唇を突き出してみせた。


すると、頬を赤く染めた皆が、慌てて前を向く。


――これが天使の力よ、悪魔さん?


堂々とした視線を送ると、斗真は歯を食いしばって私を睨んでいた。

ふふん、こういうのもたまには悪くないじゃない!


「……お前のブツは預かっている。……返して欲しかったら、土下座でもするんだな」


なんだかぶつぶつと斗真が言っているのを無視し、私は授業に集中することにした。




ʚɞ





「わ、私の下着がなーーいっ?!?!」


部屋で、私は大絶叫した。


今日は初日だから、授業は午前中だけだ。

そのため、早く切りあがって、服を変えようと部屋で服を漁ってたんだけど……。


「ない、ない……どうしよう、私のブラ……」


勝負下着。

そう、斗真は呼んだ、ピンク色の派手なブラ。


別に、下心があってのものではない。

ただ、男子と一緒の寮だから、気合を入れて買ってしまっただけだ。

別に、下心なんてものは全くない。繰り返そう。全く、ない。


「んどしたのー? ブラ貸してあげようか?」


ひなたが、ベッドの上で漫画を読みならも、そう提案してくれる。


「えぇーっと……」

「あー、天詩のサイズ的に、入らないかー」


ひなたが、びしっと私の胸を指しながらも、ニッコリ微笑んだ。めちゃくちゃ怖い。


「あはは……」

「遠慮しなくていーんだよ? てか、どんな柄だったの?」


言えない。

ピンク色で、レースが編み込まれた、派手なやつ、なんて言えない……!!


「あ、やっぱ大丈夫! えっと、シャワー入ってくる!」


「ん? わ、わかった」


私が慌てて手を左右に振ると、ひなたはきょとんとして頷いた。



とにかく考えろ、私。

あの下着をどこにやった??


部屋着を取り出そうと、押入れに向かいながらも考える。

今日の朝まで、記憶を巻き戻す。


朝。楽しみな学校生活にワクワクドキドキしながらも、下着をつける。


到着。変態に裸姿を見られる。この時、下着をからかわれた。その後、違う下着を装着。


今。下着がどこかへいった。


……。何かひっかかる。

到着した時の事をさらに詳しく思い出そうと、私は押入れに手をかけながらも考えた。


あの時、私はイラついて、斗真の部屋に入りかけたんだっけ。その時、下着は片手に持ってて……。

で、ひなたが来たから、引き上げた。

その時には、下着は無かった。


「…………っ?!?!」


もしや。

嫌な予感と共に、ぞわっと鳥肌がたつのを感じた。


もしあの時、斗真の部屋に下着を落としていたのだとすれば。


先程教室で、斗真が呟いていた言葉。


『……お前のブツは預かっている。……返して欲しかったら、土下座でもするんだな』



「…………うわぁぁぁあああぁ!!」


半泣きのまま、私は押入れを一気に開けた。


「うわっ?!」


穴の先、ベッドの上に、斗真はいた。

その横に、ピンク色の、それはあった。


「〜〜〜〜〜っ?!?!」


「天詩ーどしたの?? もしやGでもいた?!」


私が叫ぼうと息を吸った瞬間、ひなたがこちらへ向かってきた。

まずい……この穴の存在、ひなたは知らない……!


「っそ、そうよ! 大きな巨大なやつよ。殺虫剤か何か、無いかしら!?」


「……おい!」


斗真が顔をひきつらせながらも穴へと近づいてくる。


「ひええぇっ、私には無理だぁ!! 天詩お願いー!」


殺虫剤を投げられ、受け止めると、私は手に力を込める。

そして思いっきり、斗真の部屋に向かって、スプレーを発射させた。


「うわっ?!? お、おい、お前! 俺を殺す気か?!」

「さっさと……返しなさーいっ!!」


斗真は、開きっぱなしだった押入れの扉を勢いよく閉じる。


「言っただろうが! 返して欲しかったら、土下座をしろと!」


扉を閉じられたため、くぐもった声が聞こえる。


「そっ……その手には乗らないわよ……!」


「天詩、どう? 倒した?! 倒した?!」


部屋の隅で、耳を塞いでいたひなたが、不安げに私を見た。


「一旦はね。……後で、決着をつける」


「ええぇえ?!」


私は、思いっきり押入れの扉を蹴っ飛ばしてやった。

そして、部屋着を回収するついでに、穴の奥側へと手を突っ込み、しばらくして私の部屋側の扉を閉じる。


「天詩、わかんないけど、倒したんだよね? ね?」


「ひなたの押入れはこれじゃないんだから、いいじゃない。 ……まぁ、策はあるのよ。しっぽは押えたってとこかしら」


私はにやりと微笑むと、背中に隠し持ったブツを軽く振った。


私はもう一度押入れを開き、小さな声で穴に向かって声をかける。


「あなたのブツは預かったわ。返して欲しかったら、土下座でもしたらどうかしら」


がたたん、と大きな音が聞こえる。


「おまっ……俺のバッグ?!」


「別に? ちょっと漁らせてもらっただけよ」


向こうの扉が開き、私はひなたにバレないように、少しだけ扉を開いた。


「……で、土下座、してくれるのよね? あなたのパンツ、無くなっちゃったしね?」

「ううぁあああ、だ、誰がお前なんかに……っ!」


斗真のパンツ。先程、バッグを漁り、引っ張り出したもの。


し返しよ、覚悟しなさい!


私は鼻で笑いながらも、それを、部屋着と共に抱き抱える。


「天詩いぃ、どしたの? 何がいるの?!」


怖々とひなたが私に近づいてくる。

タイムリミット……。


「っとにかく、決着は夜ね」

「夜に決着を付けよう」


同時に言い放ち、私達は扉を叩き閉めた。


「ひなた、大丈夫よ。私、シャワーに入ってくるわ」


私が悪魔なんかに負けないんだから、ねっ!



ポケットにそれをねじ込みながらも、私は鼻で笑った。


この行動が、後で恥ずかしいことになるなんて、思ってもみなかったんだけどね……。

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