3話 小動物系猛獣女子


「……とりあえず、これ以上問題を起こすと、生徒室に数日謹慎することも考えるからな。もう授業は始まっている。行きなさい」


「……はい、すみません」


3時間後。

マッチョ先生に解放され、俺はふらふらと歩調を乱した。


……先程は、こんな経験も楽しい、なんて思っていたが、実際、精神的にかなりくる。

これまで優等生(仮)だった俺にとって、3時間みっちり怒られるのは、ごっそりと精神をえぐってくる。キツい。キツすぎる。


げっそりした顔のまま、俺は長い廊下を歩く。


たん、たん、たん、たん。


「おお、初めての経験。俺の足音だけが廊下に響くとか、超気持ちいい」


俺の足音だけが響くのが楽しく、俺はステップを踏んでみた。


たった、たった、たった。


「おお……」


疲れなどそっちのけで、俺は夢中になって足音を響かせる。下を向き、跳ねる足を見下ろしながらも進む。

調子に乗り、全力ダッシュしながらリズムを取っていると、


「っきゃ……?!」

「うおっ?!?!」


瞬間、激しい衝撃が体を走り、俺はひっくり返り、ごろごろと廊下を転がった。


誰かにぶつかった?! 誰もいなかったはずなのに!


「んぁ、ごめんなさい!! だだ大丈夫ですか?!」


手を差し出され、恐る恐る見上げると、


「あぁあ! あの新入生代表の子!?」


胸前で跳ねる黒髪を輝かせ、俺を見下ろす美少女と目が合った。


「ひっ……あの、くしゃみの人……?」


彼女は顔をひきつらせ、1歩後ずさる。


「えぇー……くしゃみの人って……」


先程の騒動で、随分とした異名を頂いたようだ。


俺は、まだ弱々しく差し出されていた、彼女の白くて細い手をがっちりとつかんだ。そして、勢いよく立ち上がる。

反動で、彼女が引き寄せられ、顔が俺の胸に当たった。


ぅえ、と言い、真っ赤になって手を縮こませる彼女。なんだよ、そんなに嫌か?


「お前、黒花美雨、だったっけ。お前なんでこの時間に1階にいるんだ? 教室は2階だろ」


1階がカフェテリアや保健室、生徒室、校長室などがあり、

2階が高校一年生と二年生の教室、

3階が高校三年生の教室と部室、

4階が寮である。


俺は生徒室でがっつり説教を受けていたから一階にいるわけだが、なぜこいつ――黒花がこの階にいる?


「っ……ば、れた……」

「何がだ? ズル休みか?」


人付き合いが少ないため、言葉を選ぶという能力は皆無である。そのため人を傷つけることもしばしばである。


そして目の前で、瞳に涙をためて俯く黒花。……まずい、言葉を間違えた?!


頼むから泣かないでくれ。生徒室に謹慎だけは絶対に避けたい。


「……お願いです絶対に、誰にも言わないでください……」


黒花が、懇願するように両手の指を絡ませ、顎に添え、うるうるとした瞳で見上げてくる。

どきっと心臓が高鳴る。


「んも、もちろんだ」


どうにか冷静に見えるように、俺は返事をする。

途端にほっとしたような顔をする黒花。


……なんだこれ、同じ生物か?? 可愛すぎるじゃないか。

集会の時は全然気にしていなかったが、黒花はものすごくかわいかった。ものすごく。かわいかった。(強調)


身長も胸も小さいものの、ついでに顔も小さいというアドバンテージがあり、小動物のようにかわいい。

肌は隠し気味だが、履いている長ソックスは足のラインを綺麗に引き出していた。

あの性格悪な天詩野郎とは全然違う。


まぁ、天詩については、顔が綺麗だなぁと少しは思うが……。


「ありがとうございます……」


「いやいいよ、約束な」


俺は、にっこりと笑って見せた。なにしろ小動物系だしな。かわいい系だしな。優しくしないとだ。


「……約束ですからね。でないと息の根を止めさせてもらいますからね。言ったら許しませんからね」


「ひぃ?!」


打って変わって目に殺気を込め、黒花は俺を見つめる。


なんだ?! 小動物系じゃなかったのかよ?!これじゃ、猛獣じゃないか?

ずりっと後ずさる俺を捕らえるように、黒花は距離を縮めた。


「あなたを管理しないとですね。あなたの名前は、な、何ですか?」


「名前は安久麻斗真だけど……って、管理って何?!」


すると、頬をかあっと照らしながらも、黒花は俺に一気に近づいた。

俺と黒花の距離、3センチもない。手さえ伸ばせば、ハグ状態だ。もしくは、キスする寸前のカップル。

黒花は挙動不審になりながらも、敵意をばんばんと出している。


「斗真さん。あなたが誰かに言ったら、私の人生が終わります。新入生代表としていられません。お願いですからね、斗真さん」


「もももちろん」


名前を二度呼ばれた事に、そして物凄い迫力に、俺はこくこくこくと頷いた。


「では……! や、約束ですよ、あなたは私のペット同然です!」


そういい、黒花は焦ったように身を離し、保健室へと小走りで駆けていった。



……俺は、ラッキーなのかアンラッキーなのか、分からん……。



またもや静まる廊下に、一人佇む。


校内の金髪美少女と抱き合ったり、黒髪美少女に廊下でぶつかったり、ラッキーが重なった。

しかし、結果は最悪。因縁やら管理やらされてしまう始末だ。


なんじゃこりゃ、プラマイのマイの方が多いじゃないか……!!


俺は思わず頭を抱えて、唸る。

と、生徒室からマッチョ先生が出てくる気配がしたため、俺は慌てて階段へと向かった。




ʚɞ




「1年A組の、はぁ、安久麻、斗真でふ。よろしくお願い、しますうげはっ」


自分の教室のガラッと扉を開け、全力で自己紹介を叫ぶと、全員の目が自分へと向かった。


「「「……」」」


ですよね。そうなりますよね。ぼっち確定ですね。

3時間遅れで滑り込んでくる変人ですもんね。しかもいきなり自己紹介とか……!

自分で自分が恥ずかしくなった。


「ガッツはよろしい。ただ、遅い!! 授業は始まっているから、席に着きなさい」


担任が言い切った途端、どっと場が湧き、俯きかけていた俺は目をまん丸にした。

小学生の頃の、からかうような嫌な笑いではない。

もっとなんだか、暖かな、優しい笑いだった。

じーんとくるものがあり、俺も釣られて笑いかける。

これは、ぼっち卒業か……!



「……てかあいつ、天詩様と抱き合ってたやつじゃね?!」


「「うわそうじゃん!! 許さん!!!」」



あ、終わった。ぼっち入学である。


笑いが消え、急に静まった教室の中、いたたまれなくなり、俺はそそくさと席に着いた。


くっそ……天詩の野郎、次会ったらボッコボコのグッチャグチャにしてやる……!!


「あーえっと、授業再開するぞー!」


気まずさを誤魔化すように、担任が明るく告げる。


とりあえず敵視されることから逃れられ、俺はほっと息を着く。

でも、このままじゃまずいだろう。友達ゼロはやばい。辛すぎる。



せめて、隣の席の人――つまり、ペアになる人に話しかけてみようと、俺は横を向いて声をかけようとし、



「……あっ?!?!」



視線の先に、黄金の髪をツインテールにし、顔を赤くして睨む、天詩の姿があった。

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