2話 ハグ=ぼっち案件


部屋から出て、深呼吸。


「繰り返しアナウンスします。新一年生は十時までに、一階の体育館に集合してください。エレベーターは混雑する可能性があるため、極力階段を使うように」


アナウンスがバカでかい音と共に鳴り響く。鼓膜が千切れそうだ。


筋肉マッチョ先生に、下着について散々問い詰められた後(結局、妹のが紛れ込んでいたと誤魔化した)、追い打ちをかけるように集合がかかったのだ。


俺はこの寮に、九時ごろに到着し、今は朝の九時五十分。寮は最上階である四階にあるため、急がなくてはならない。


しかし。


「それでー?」


「そしたらコロが転んじゃってさー! あ、ダジャレじゃないよー?」


「あはは何それ面白ーい!」


アホか。全然面白くないじゃないか。

突っ込みを入れる相手は、数十メートル先を歩く二人組。

一人はボブヘアーの明るい声を持つ少女。


もう一人は、黄金色の髪を二つに束ねた少女。


初めの少女は知らないが、二人目は、先程最悪の出会いを果たした、日岡天詩だ。


急ぎたいのは山々なのだが、前にこいつがいるとなると、話は別だ。命の危険を感じる。


しばらく悩んだ後、ストーカーのように、一定の距離を保って歩くことを決意した。それに、周りの生徒がちらちらと視線を向けてくる。


「……あいつ、もしかして日岡天詩じゃね!?」


「マジじゃん。ガチ天使」


「おいアタックして来いよ」


「ええ天詩ちゃんじゃん、サイン欲しいんだけどー!」


「ついでにあのさらさら金髪に触らせてほしい」


気付けば俺を先頭に、天詩を追う列ができてきた。

いやお前ら、俺はファンなんかじゃない。これじゃ俺を筆頭にしたストーカーグループじゃないか。


「おい、天詩様が階段をお使いになられるぜ」


「俺らで全力サポートするぞ」


天詩が階段の方へ向かうと、男子も金魚の糞のようについていく。


「はあ……あいつの本性を知らないからそうなるんだ」


一気に人気がなくなったエレベーターの前。エレベーター独占に歓喜しながらも、ボタンを押して乗り込む。エレベーターは四つ程設置されているが、それらには誰も乗っていない。恐るべし、天詩の威力。


1階を選択し、うぃーんと下りてゆく感覚を味わう。

このエレベーターは、かなり広い。この学校が私立だからだろうか。校舎が高級ホテルのような作りこみである。


設置されたぴかぴかの、大きな鏡の前で決め顔をしてみる。

すると、2階で急にエレベーターが止まった。


誰か乗ってくるのだろうか。慌てていつもの爽やかな顔(自称)に戻しながらも、眉をしかめた。

なぜ2階からエレベーターなんだ。階段使えよ。

そう思ってエレベーターのドアを睨んでいると、


「っはああー!?」


「うわっ!?」


開いたドアの先で、天詩が、顔をしかめて立っていた。


「なんであんたがいるわけ!?」


「それはこっちのセリフだ!! 乗ってくんな!!」


「無理よ、生徒達が追ってきてるの!!」


天詩の後ろで、ずだだだという地響きが響いていた。なるほど、避難のためにエレベーターを使うのか。


「よかったじゃないか、踏まれて消えろ」


「はああー? この顔面国宝に傷が付いてもいいと!」


「どこが国宝だ。いいからエレベーターから離れろ」


「閉」を連打すると、天詩が急いで飛び乗ってきた。


「最低!! だからモテないのよ」


「誰がモテてないって? ぶっ飛ばしてやるぞ」


「あんたにぶっ飛ばせるわけないでしょ。あれ、続きがしたいの?」


ふんと鼻を鳴らす天詩。言い返せなくなり、俺はため息をつきながらも話を変えることにした。


「そういやさっきまで一緒にいた女子はどうした。置いてきたのか、性格悪」


「ひなたの事? それが最善だと思って、お互いのために別れたのよ。まあ私のと・も・だ・ちだからねー」


「なんだ、俺には友達がいないとからかってるのか、嫌味な奴だ」


「あれれれー? 友達いなかったんだー? そこまで私は言ってないんだけどなー??」


輝く瞳を細めながらも、天詩はむふふと笑った。どこまでも最低な奴だ。

俺は仕方なく、再度「閉」を押し、エレベーターを進める。

はやくこの地獄な時間を終わらせてくれ。でないと色々と恐ろしい。


そう思い、俺はエレベーターの端に寄り、距離をとった。


「何、びびってるの? 仕返しが怖いんだーへー」

「いや、違……」

「大丈夫、いつかまとめて返してあげるわ」


やめてくれ、恐ろしい。

なんと返そうか考えていたその時、がくんとエレベーターが揺れた。


「んわっ」


天詩がバランスを崩し、俺の方へよろける。

俺は思わず手を伸ばして、天詩を受け止めた。


「……っちょっ!?」


「なんだ、故障か? 大丈夫か、このエレベーター」


天詩を抱きかかえたまま、俺は止まったエレベーターを見回す。


『――1階です』


「「ん?」」


流れる音声。うぃーんと開く扉。エレベーターの前で待ち伏せしている生徒の山。


「え……っと」


「もしかして……今の、一階についた揺れ……?」


嫌な汗が噴き出した。自分の状況をもう一度確認する。

……大人気の元モデルと、エレベーターの中で抱き合っている状態ではないか。


「ど、どういうこと!?!?!?!?!?」

「なんでだあああああぁぁああぁぁ」

「その男は誰だ殺してやるぅ!!!!!」



「「ひーっ!?!」」


最悪なスタートだ。

できることなら、今日という日を初めからやり直したい。





ʚɞ





「――次に、新入生代表の挨拶。黒花美雨くろかみう


――十分遅れで、始業式が始まった。

遅れたのは言うまでもないだろう。

俺と天詩のせいに決まっている。


あの後、全新入生がエレベーターに群がり、ぎゃーぎゃー騒ぎ立てたせいで、何事かと集まった教諭と警備がまた騒ぎ立て、とにかくものすごい騒ぎになった。

結果、二人で校長室へと連行され、晴れた高校生活をスタートさせたのだ。(号泣)


こうして時間が経ち、静まった体育館にいるだけでも、視線を痛いほどに浴びている。

パイプ椅子から降りて、地面に隠れたい。それくらいの視線の海である。



――しかし、新入生代表として呼ばれた少女が演台に上がった瞬間、その視線がそっちへと釘付けになった。


なかなかに可愛い新入生代表だった。

俺からすればそれくらいしか言えないが、周りの食いつき度がすごかった。


「今年の新入生、当たりじゃね」

「天詩様もいて、成績優秀小動物系女子。これは最高でしかない」

「さっきの騒ぎが吹っ飛ぶ」


童顔で、セミロングの黒髪。特徴を挙げればそれぐらいだろうか。謎過ぎる。なぜこれほどで盛り上がれるのだろうか。


挨拶なんかそっちのけで、生徒たちはこそこそと盛り上がる。

俺は、視線から逃れられたことに感謝しながらも、ひと眠りでもしようかと背もたれにもたれた瞬間、


「ねえねえ、君、天詩と新入生代表ちゃん、どっちがタイプ??」


つんつんと横から肩を叩かれ、俺はビクッとして姿勢を正した。

見ると、先程天詩と一緒に歩いていたボブの子ではないか!


「……」


「いや、そんな動揺しなくていいよっ? 私、天詩の相部屋のヒトでーす! 横山だよん。暇だったから話しかけただけー! 君は?」


ああ、あの時暴走した天詩を止めてくれた、俺の救世主か。

綺麗に手入れされたボブに、人懐っこい瞳。今日配られたばかりの制服をバッチリと着こなしている。

そして、既にスカートを切ったのか知らないが、太ももが丸出しになっていて、目のやり場に困る。

とりあえず、顔に目を向けることにした。


「……ああ、ひなた……だろ、知ってる。俺は、安久麻斗真だ」


「へえ、知ってるんだ? 私、有名じゃーん! よろしくねっ、安久麻くん!」


ひなたが目をキラキラとさせて笑いかけてくる。

というか、有名なことはないだろ。ただ天詩の部屋から盗み聞きしただけだし。


「んで? どっちがタイプよ? 天詩か、新入生代表ちゃんか」


「その話か……正直興味ない」


俺を覗き込むようにしていたひなたの瞳が、悪戯っぽく輝いた。


「ええー、そこは『お前だよ、ひなた』って言うとこでしょ」


「は?」


まずい、素の「は?」が出てしまった。

驚いたように目を見開くひなたに、俺は焦る。

傷つけてしまったか!? やっぱ人間関係ってめんどくせえんだよ!!

なんて後悔しながらも、慌てて誤魔化す方法を考える。


「……」


黙りこくり、目を潤ませるひなた。これって泣くパターンじゃね!?

泣かれたら、ますますやばいんじゃ……。


これは……手段は一つしかない……!!


「は……」


「……?」


「っは、はっくしょーん!!!!」


しょーん、しょーん、しょー-ん……と体育館に響く俺の声。止まる新入生代表の挨拶。


秘儀、『「は」からくしゃみに繋げる大作戦』である!


「ふっ……」


口元に手を当てて、笑いをこらえるひなた。おい、泣きそうじゃなかったのか?

もしや演技だったのか!?


しーん。


沈黙が痛い。痛すぎる。ついでに視線も痛い。



「……お前。来なさい」



静まり返った体育館に響き渡る、低い声。

恐る恐る声のする方を見る。


そこには、俺が下着を持ってた時に見回りをしてたマッチョ先生が仁王立ちしていた。


筋肉を見せつけるようにして腕を曲げ、恐ろしい目で睨む教諭。



「オツカレー」


「オワタ」



ひなたが哀れな瞳を向けながらも、片言で話しかけてくる。


……初日に3回も問題を起こすとか、ヤバいだろ。


やはり他人事に感じながらも、俺は視線を彷徨わせた。

これまで静かに生きてきた俺にとって、全てが初めての経験だからかもしれない。


「おい、来い!!」


「ひぃーっ!!」



俺の高校生活、本当に散々である。


でもおかしいことに、どこか楽しいと感じている自分もいるのだった。






「……斗真くん……か。なんだか、初めましてじゃない気がするんだけど……」


その後、ひなたがそう呟いた事を知るのは、体育館のバスケットゴールくらいだろう。

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