寮の部屋に空いた穴から、ツンデレ美少女天使さんが侵入してくる~当たり前みたいに入ってくるけど、ちなみにこれ校則違反ですよ!?~

未(ひつじ)ぺあ

1.天使と悪魔はにらみ合う

1話 押入れの先の天使さん


「っわ、わあ、ひあああぁっ!?」


「っはあああぁ!?」


それは、高校一年生デビューの日、学校の寮で。


荷物をしまおうと、押入れの扉を開けた時。


押入れの壁部分に大きな穴が開いていて。


その先に部屋が繋がっていて、美少女が着替えをして、悲鳴を上げていた。




……いやいやいや、わけわかんねえよ!?




自分の中で整理したつもりが、さらに頭を混乱させてしまい、俺、安久麻斗真あくまとうまは頭を抱えた。


わけがわからない。わけが。わからない。


隣の部屋の押入れと自分の部屋の押入れが繋がっている、なんて事があるはずがない。

ましてや美少女が着替えなど、ありえない。


「いやっ、えっ、なんでぇえ!?」


……しかし、あるものはあるし、いるものはいる。訳が分からない。

俺はただ呆然と、美少女の裸姿を見ることしか出来なかった。



俺、安久麻斗真は、一言で言うと「ぼっち」である。

小学生の頃、苗字である『安久麻』を『悪魔』だとはやし立てられたことがある。

以降人間不信になり、人を避け続けるようになったためだ。


クラスメートはそれを見て「悪魔だから一人なんだ」「もし安久麻と話したら、地獄に落とされる」などと噂を拡大させていった。


ますます人間不信になった俺は、そのような噂がなくなった中学生になっても人を避け、友達ゼロ人記録を更新しているわけだ。


そしてそれを心配した親が、地元とは離れた寮を勧めてくれたおかげで、晴れて充実するはずの寮生活が幕を開けたのだ。


……開けるはずだったのだが!!



俺は確かに、充実した高校生活が過ごしたかった。それは認めよう。


しかし、隣の部屋に美少女をおいてほしいとは、これっぽっちも望んでない。

ましてや大きな穴が開いているなんて、泣きそうだ。

問題が起こる。その一文であるからだ。


美少女がもし事実を捏造して、あることないことを警備に言いつけでもしたら。

俺のハッピーライフ(仮)が、「退学処分」という大きな前科を背負う、バッドライフ真っ逆さまになってしまう。

それだけは御免だ。


ちなみに、今日から過ごすこの学校は共学で、寮と校舎が一つになっている。

男子と女子の寮は、まるでホテルのように、長い廊下の側面に並んでいるのだ。


そして校舎から寮のエリアへと渡るとき、そして女子寮と男子寮の間は、ぴっちりとガラスの扉で塞がれている。


この学校では男子の方を危険視しているらしく、(そりゃそうなのかもしれないが)女子寮が奥にある。

つまり、女子寮の中に男子は指一本、髪一本ですら入れない、ということだ。


だというのに。


「本当にどういうことっ!? 見ないで! へんたいーっ!」


廊下に響くんじゃないかという程の絶叫に、慌てて俺は止めにかかる。


「いいいいいやいやだってここ押入れだし、普通に開けたらいたんだろうが! 知らねえよ!」


富んだ胸、細い滑らかな白い肌。

それを隠すようにしゃがみ込んでいた美少女は、我に返るとものすごいスピードで服を羽織り、半泣きになりながらも俺を睨んだ。


「ほんと信じられない! なんなの!? 私の体見て楽しい!?」


「だから!! たまたま押入れ開けたらお前の部屋と繋がってたんだよ!」


「はあーっ!?」


かわいい顔を赤く火照らせながらも、美少女は叫ぶようにして俺を非難する。


「バカなの!? この校舎は痴漢等がないように厳重にガードされてるはずなんだけど!? だからこの学校選んだんだけど! どうせあなたが壁を壊して、私の部屋を覗き見ようとしたんでしょー!? この変態! 痴漢!」


「だとしたら俺はゴリラか何かだ! 壁なんて壊せるか!! はじめっから俺の押入れと、お前の押入れがぶっ壊れて繋がってたんだよ!」


言い切ると、美少女は言い返せないというように唇を嚙んだ。そりゃそうだ。俺だってそんな気持ちである。


押入れは、謎に木製で、クローゼットのような形状だ。押入れの洋風バージョン、といえば想像しやすいだろう。頑張れば3人くらい入れそうな空間となっている。


見る限り、この部屋と美少女との部屋を繋ぐ壁は、劣化により壊れたように見えた。

繋がっているといっても、押入れの壁部分に大きな穴が開いた状態だ。こちらも、この穴を通ろうと思えば、1人ギリギリ通れるような大きさだ。


「とにかく、落ち付け。話はそれからだ。あと、俺は悪くない」


しまおうとしていた荷物をとりあえず地面におろしながらも、普段言わないようなイケメン対応(?)をする。

そしてさりげなく、穴の先に見える美少女へと視線をずらした。


初めは、裸だというインパクトに唖然とするばかりだった。が、こう見ると、ものすごい美少女である。


大きな瞳。天の川のように澄んで光るブロンドに近い髪。

急いでいたせいで、だぼっとしたパーカーしか着ていないため、丸出しになっている細い脚。それなりに大きい胸。

モデル顔負けである。間違いない。

しかし、それはそれである。


観察が終わった俺を、美少女はきっと睨みつけた。


「だとしても……こんなにしっかりした壁が壊れるわけ……っ」


「俺の部屋とお前の部屋は、男子と女子の寮を分ける境目だろ? その都合で穴が開いてるとか……」


「む、無理がありすぎよ!」


俺の部屋と美少女の部屋は、男女の寮の境目なのだ。

でも確かに、無理がある。無理がありすぎる。

しかし逆ギレというやつで、正論で返されたことに俺はムッとした。


「とにかく、私、警備の人に言ってくるから! 隣の男子が覗いてくる変態だから退学処分にして、って」


最悪のパターンを導き出してくれた美少女に、俺は最後の切り札をたたき出すことにした。


「……じゃあ俺は、隣の女子がこーんな恥ずかしいブラを付けてるって言うけど?」


「んんなーっ!!!?」


着替えをする拍子に落ちた、ピンクのレースが編み込まれたそれを指し、俺はふふんと鼻で笑った。


「どうするー? ただ勉強をするために寮に来てるのに、そーんな勝負下着みたいなの持ってきてるなんてー。これはいかがわしい、罰を受けるぞー」


「ふううぅぅうう……む、むかつく……」


猫の威嚇のような声を出し、美少女は赤い顔をしながらもそれを回収、押入れに入れようとし、固まった。


「……押入れ繋がってるんだったら、色々見られそうで嫌なんだけど!!」


「別に? お前のものを触る必要もないだろ?」


「んんんんんんむー-っ!!! なんなの!? しょ、初対面のくせに!」


「初対面だから、だろ?」


「むわああぁぁーっ!! 本当に何なのよ! 私の事知らないんでしょうけど、これでもモデルやってたのよ!!」


そう言われれば、ますます美少女が輝かしく見えたが、それはそれ。性格と口調はどん底の闇色か何かだ。


「もう知らない!! 絶対かまってあげないんだから、もう知らない!!」


「なんだよツンデレか? こっちこそ知らないからな」


「くうぅ……もう怒った!!」


「いやもう怒ってるじゃん……」


俺がさんざんからかうと、美少女は顔を真っ赤にした。

そして、片手にブラを握りしめながらも、穴の向こう側にいる俺に向かってずんずんと近づいてきた。


「いやいやいやなになにー-っ!?」


「怒ったのよ! 顔をボコボコにしてやる!」


そういい、押入れの穴から俺の部屋に上半身を出した。

ブラをつけていないからだろう、はだけた胸元から胸がのぞき、俺はひどく動揺する。そのせいで、後ろへ下がろうと引いた足がもつれ、派手に尻もちをついた。


「痛っっ……うわっ!?」


「覚悟ー-っ!!」


ものすごい剣幕で、細く白い手で俺を押さえつけながらも、手を振り上げる美少女。

いや、ゴリラか何かかよ!! と叫びたい心境だ。


しかし美少女であってもゴリラであっても、剣幕は恐ろしいものだし、絶対に痛いやつだ。


逃げ場を無くし、覚悟と共に目をつぶった時―――



トントン、という音が美少女の部屋から聞こえ、ぴたりと美少女の動きが止まった。



天詩てんしちゃん初めましてっ! 今日から同じ部屋でお世話になりまーす、横山ひなたです!!」


「……っ!」


振り上げた拳。握りしめたブラ。半身は男の部屋。

美少女の状況、最悪この上なしである。


この学校は、部屋を1人~2人でシェアすることになっている。

初めに部屋は何人がいいか問われるのだが、俺は1人部屋を志望した。


2人部屋の場合、学校側が勝手にペアを決めるため、人付き合いは億劫だと思っている俺にとって、1人部屋は最高な空間だ。


とにかく、美少女の部屋のドアをノックしたのは、これから部屋をシェアする相方なわけだ。


それも3年間という、とてつもなく長い時間を共に過ごす、相方が。



「もしこの状況を見られたらどうするー? 男子の部屋に入るだけじゃなく、床ドンプラス暴力。お前にとって、輝くはずの高校生活3年間は、気まずく苦しいものとなるだろう!」


「くっ……! 一発だけやらせなさい」


「なんて破廉恥。おまわりさーんこいつでーす!」


「っ……!!」


床ドンされながらも思いっきりからかう。怒りゲージがマックスになった様子の美少女は、ますます手に力を込める。


「歯ぁくいしばれーっ!」


本気で美少女に殴られると覚悟した時、


「んん、いない感じ? あれれ? とりま入っちゃいますっ」


「ちょーっ?!」


天真爛漫な声に、美少女は悲鳴を上げながらも身を引いた。

美少女は俺に一瞥もくれず、ものすごいスピードで上半身を自分の部屋に収めた。


「覚えてなさいよ!」


そう捨て台詞を吐きながらも、開きかけたドアの前に滑り込んだ。


そして、荒い息と共に、現れた女子ににこりと笑顔を向けた。

……いや、野獣かよ。


「はあ、はあ、は、初めまして、日岡天詩ひおかてんしです! よろしくね」


「ぅわあ、いたんだ! 初めましてーっ、ひなたって呼んでねー」


「私もてんしって呼んで!」


悪戯心で、ひなたという女子がどんな顔をしているのか気になり、俺は穴に近づき覗こうとする。

それに気づいたのか、美少女はさりげなく押入れに近づいてきて、


「3年間、よろしく……ねっっ!!」


語尾のタイミングで、がしゃん!!! と押入れの扉を足で閉めた。


「……なんだったんだよ……」


殴りかかってきたことにも(未遂)、急に扉を閉めた事にも、そして聞こえた美少女の名前が、俺にとって最悪なものであることにも、俺は強い苛立ちを覚えた。


天詩。天使。てんし。エンジェル。悪魔の反対。


これまでの、長い最悪な学生時代を思い出す名前だ。

俺とは反対のエンジェル。クソくらえだ。


ため息をつきながらも、天詩に視界を遮られた俺は立ち上がろうとし、地面に手をついた。


……もう二度と押入れは開かねぇ。あいつの顔も見てやらねぇ。


大体なんだ、俺は全く悪くないじゃないか。着替えをしていたあいつが悪いんだろうが。

あと、部屋が悪かったんだ。クソ、女子部屋の横なんて吐き気がする。


怒りが再び加熱し、押入れを蹴っ飛ばしてやろうかと意気込んだ時、勢いでついた手に、柔らかい布のような感触が広がった。


それがなにかを確かめようと視線を手に向けた時、俺はぴたりと動きを止めた。



美少女の、ブラジャーが、そこに落ちていた。



「あっ、あいつ……急ぎすぎだろ……!!!」


片手に握りしめていた、俺が勝負下着だとはやし立てたものだった。

急ぎすぎて落としていったのだろう、変態が。


「……っああもう!!」


前言撤回、押入れは今回だけ開けることにする。

押入れから向こうの部屋へとそれを投げつけ、恥をかかせてやろうと、扉に手をかけた時。


「安久麻斗真、部屋番号001、いるか?」


とてつもなく、最高に悪いタイミングで、見回りの教諭が現れた。扉が大きく開け放たれる。


片手に派手な、どうみても女物の下着を握りしめる俺。



ー--最悪だ。



「…………」


「…………」


しばらく見つめあう教諭と俺。ムキムキの筋肉は、俺をつぶすのに十分だなあと他人事に考える。

試しににっこりと笑って見せた。


あ、やばい、額に青筋が浮かんでる。



「…………ごめんなさ」


「……その下着は何だああああぁぁあぁ!!!!」


「っひ、いいいぃぃい!!」


悲鳴を上げながらも、俺は思いっきり押入れの扉を殴る。



斗真。日岡を、全力で呪った。


――地獄へ落ちろ、変態天使が!

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