サイクロプスの眼〜その3

病室の入り口に、『風間典昭』の名札があった。

ここは市内の総合病院──

【異常心理学研究会】の面々は、見舞いを兼ねて話を聴きに訪れていた。


「……はい」


ノックをすると、落ち着いた声が返ってきた。

クリスを先頭に、一同が入室する。


「やあ、君か」


ベッドに上半身を起こした男性が、顔をほころばせた。

頭部には、痛々しいほど分厚く包帯が巻かれている。


「わざわざ見舞いに来てくれたのかい?」


男性の問いに、ぎこちなく頷くクリス。


「僕のプライベートの事で、研究室の皆にも迷惑をかけてしまったな。すまない」


男性の詫びの言葉に、クリスは慌てて首を横に振った。


「風間先輩こそ……その……大丈夫ですか?」


恐る恐る尋ねる少女に、その男性──風間はにっこりと微笑んだ。


「何針か縫ったけど、大した事は無いよ。羽賀根がすぐに病院に運んでくれたから、大事にならずに済んだ。もっとも僕自身は気絶してて、何も覚えちゃいないがね」


そう言って、風間は苦笑いを浮かべた。


「その羽賀根さんも、を見られたんですか?」


唐突な私のに、室内の空気が一瞬で凍りつく。

全員の目が、クリスの後ろに立つ私に集中した。

相変わらずの不躾ぶしつけな態度に、クイーンがため息を漏らす。


「えっと……君たちは?」


視線を向けた風間が眉をひそめる。


「ファンです」

「……なわけ無いでしょ!バカ!」


取り繕った私の言い訳に、クイーンがすかさずツッコむ。

やはり、嘘をつくのは苦手だ。


「た、大変失礼しました。私たちK大【異常心理学研究会】の者です。実は今回、部員のクリス……式縞しきしまさんからお話を聴いてやって来ました……」


怪訝けげんそうに見つめる風間に、慌てて弁明するクイーン。

これまた、相変わらずの光景である。


クイーンは一通りメンバーを紹介すると、クリスから依頼を受けた件を話し、調査をさせてもらえないかと申し入れた。


「そういう事か……」


風間はポツリと呟くと、表情を曇らせた。


「せっかくだが、遠慮しとくよ。聴きかじった研究室の誰かが話を広げてしまったせいで、やれ怪物の犠牲者だの、悪霊の祟りだのと、とんだ騒ぎになってしまった……迷惑な話さ」


「じゃあアナタは、?」


すかさず尋ねるクイーンに、風間は肩をすくめて見せた。


「……いや、実のところ、よく分からないんだ。すぐに気を失ったからね……ただ、後で羽賀根に確認したら、目撃したのは僕だけだと言ってた」


そう言って、風間は私の方をチラリと見た。

先ほどの私の質問の答えは、NOという事らしい。


「撮影されてた動画にも、は映っていなかったんですか?」


「目が覚めてから、羽賀根に撮影画像を見せてもらったけど、何も映ってはいなかった」


さらに質問を重ねるクイーンに、弱々しい笑顔で答える風間。


「……でもその怪我は、怪物にやられたんじゃないんすか!?いきなり殴りかかってきたって」


煮え切らない風間の回答に、今度はドイルが割って入る。

大事なメル友の情報を否定されたと感じたのか、やや興奮気味の口調だ。


その方に顔を向けると、風間は大きくため息をついた。


「羽賀根が言うには、僕は機材を設置している最中に突然倒れたらしい。声をかけようと顔を照らした時には、すでに額から流血していた。恐らく……そう、転倒した時にどこかでぶつけてしまったんだよ。室内は暗かったからね……自業自得というヤツさ」


まるで他人事ひとごとのように吐き捨てる風間。

目線は中空を見つめたままだ。


「なるほど……失礼ですが、何か持病をお持ちでしょうか?貧血か発作を伴うようなものを」


私は、情け容赦無く質問の追い討ちをかけた。

ハラハラ顔で聞いていたクリスとクイーンが、揃って表情をこわばらせる。


「残念ながら、無いよ」


怒りもせず、苦笑いを浮かべる風間。


「廃墟探索は何度もしてるが、こんな経験は初めてだ。今回は霊の目撃情報も多かったから、恐らく極度の緊張と恐怖で幻覚を見たんだろう。室内がボンヤリ光って見えたのも、きっと懐中電灯の反射を錯覚したんだと思う」


「ボンヤリとした光……?」


そのひと言に、私は目を細めた。


「どこで、その光を見たんですか?」


私の問いに、風間はハッとしたような表情を浮かべる。

その瞳に宿った後悔の色を、私は見逃さなかった。


「一階の女子トイレだよ……今回、僕らが探索のターゲットにしていた場所だ」


その声には、明らかな動揺の響きがあった。


「それは、室内のどのあたりですか?」


それには構わず、私はさらに質問を重ねた。

風間が、あからさまに嫌な顔をする。


「一番奥の壁際だが……さっきも言ったように、それはライトの反射で……」


風間は語気を強め自説を繰り返したが、私は全く聴いていなかった。

顎に手を当て、そのまま黙り込んでしまう。

無反応な私の態度に、風間の顔に怒りが見え始める。


あたりに、嫌な空気が流れた。


「……わ、分かりました。とりあえず、今日はこれで失礼します。どうぞ、お大事に」


咄嗟に機転を利かしたクイーンが、早口でまくし立てた。

私の服の裾を掴むと、引きずるように戸口に向かう。

クリスとドイルも、ペコリと一礼すると、急いで追従した。


「……風間センパイ」


外に出かかったクリスが、一瞬足を止める。


「何かあればおっしゃってください……必ず……力になります」


「…………」


いつになく力強い少女の言葉に、風間は声を詰まらせる。


「失礼します」


困惑した表情の風間を残し、私たちは病室を後にした。

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