サイクロプスの眼〜その2

風間かざま典昭のりあきは、クリスと同じ情報工学科の三回生だった。

研究室の中でも特に優秀で、教授からの信頼も厚い。

後輩の面倒見も良く、極度の人見知りであるクリスにも何かと声をかけてくれた。


「チームワークは研究に欠かせない。少しずつでもいいから、慣れていこうよ」


孤立しがちなクリスに、風間は優しく説いた。

自らの性格にコンプレックを持つ少女は、その言葉に励まされたのだった。

彼女が曲者くせもの揃いの【異常心理学研究会】に身を置くのも、そのあたりに理由があるのかもしれない。


そんな良き先輩が、常識では考えられない要因で大怪我を負ったのだ。

少女が【異常心理学研究会】に助けを乞うても不思議では無いだろう。


「で……その風間何某なにがしは、廃工場で一体何をしてたんだ?」


あまり名前に興味の無い私は、あごを手に乗せ質問した。


「風間先輩の……趣味……なんです」


慎重に言葉を選びながら答えるクリス。


「……趣味?」


「ああ、きっとそれ……廃墟探索だよ」


首をかしげる私に、横からドイルが口を挟む。


「廃墟探索?」


私は眉を吊り上げた。


「知らないのかい。今や投稿動画サイトの人気ジャンルの一つさ。廃墟マニアやオカルト好きの連中が色々な廃墟を探索し、その様子を動画サイトにアップするんだ。幽霊や怪しい噂の是非を、身をもって検証するのさ。実際、動画では探索者が様々な怪現象に遭遇しているよ。モノが勝手に動いたり、変な声や音が聴こえたり……ヒュ〜ドロドロ〜……って」


おどろおどろしい口調で説明するドイル。

当人は怖がらせたつもりらしいが、全員の視線はいたって冷ややかだった。


「全く話にならんな。どれも簡単に説明のつく……」

「はい、ストップ!また、レビーなんとかいう認知症だなんて言わないでよ。アナタにかかったら、み〜んな老人の脳みそになっちゃう」


クイーンが慌てて釘を刺す。

ムッとした表情で、私は口を閉ざした。


「いつも……自前の撮影機材を持って行かれるんです」


クリスが話を続けた。

助けたい思いがそうさせるのか、口調が少し軽やかになっていた。


「入手した情報をもとに、毎回探索する廃墟を決め……チームで撮影に行くんです」


って?」


クリスの言葉に、即座に反応するクイーン。


「他にもメンバーがいるの?」

「た、確か、三人だと聞きました。ひとりは、同じ情報工学科の羽賀根はがねたくみ先輩。もうひとりは、S大の鮎川あゆかわ香澄かすみさん……羽賀根先輩の、か、か、彼女で、私と同じ一回生の方……らしいです」


彼女という言い回しに、思わず顔を赤らめるクリス。

恋愛経験の無い分、羞恥心が先に立ってしまうようだ。


「他校の学生もいるのか。それで、風間さんがリーダーなのか?」


私の問いに、クリスは首を横に振った。


「特にリーダーは決まっていないと聞きました。探索場所は毎回、風間先輩と羽賀根先輩が相談して決めるらしいです。ただ、撮影自体は機材を持っている風間先輩の担当らしくて……」


そこで言葉を切ると、そのままクリスはうつむいてしまった。


「……今、確認したけど、僕のメル友にも風間さんの動画観てる人結構いるみたい。『廃墟の謎を解け!』というタイトルの人気シリーズらしいよ」

「怖いけど見てみたい、でもみずから出向くのは嫌だ、自分の代わりに体験してくれるなら安心して観られる……大衆心理をうまく突いてるわね」


ドイルの報告に、クイーンは肩をすくめて呟いた。


「動画の中では、実際には起こってるのか?」


私は、半ば事務的な口調で質問した。

世間で言う【霊現象】を、あえて【それらしい現象】と言い換える。

そのような非現実的なものなど、あり得ないからだ。


「ちょっと待ってね」


そう言うと、ドイルは超スピードでメールに目を通した。

彼の特技、【速読】である。

画面を繰り越す指さばきが、まるで札束を数える銀行員のようだ。


「う〜ん……大半が、得体の知れない声や音の体験だね。具体的に怪異と出くわしたのは、今回が初めてみたいだよ」


ドイルの回答に、私は何も言わず頷く。


微かな嗚咽に振り向くと、クリスが肩を震わせていた。


「わ、私……心配なんです……先輩が、なぜあんな目にあったのか…………すごく……不安で……」


少女の目に、また涙が滲んだ。

難儀な自分の性格を理解し、親身になって助力してくれた先輩──

ある意味、彼女の恩人と言っても過言では無い。


今度は、自分が恩返ししなくては……


少女のそんな思いが、話を聞く皆の胸にも伝わった。


「だ、大丈夫だよ、クリちゃん!僕らがついてるから……ね、ね!」


半泣きのクリスを、ドイルがアタフタしながら慰めにかかる。


「ねえ、ポー……力になってあげましょう」


クイーンも、クリスの肩に手を置き進言する。


三人の熱い視線を受け、私は静かに立ち上がった。

そのまま、ホワイトボードに筆を走らせる。


廃墟の中で見た隻眼の怪物──


原因不明の頭部の損傷──


「本当に怪物が実在するとは思えない。実在しない以上、これらの現象には何らかの理由が存在するはずだ。それが偶発的なものか、それとも意図的なものか……いずれにせよ、ある意味【異常行動】と言えなくもない」


そう言って、私は再び振り向いた。

無表情なその顔には、確かな決意の色が読み取れた。


「いいだろう。これを今回の研究テーマとしよう」



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