アポロンの弓〜その6
夕刻のアーチェリー練習場に、六つの影が揺れている。
主将の神城麗児──
副将の野々村──
そして、【異常心理学研究会】のメンバー四人──
全員の沈痛な表情が、単なる世間話で無いことを物語っていた。
「それで、こんな所に呼び出して何をする気だ」
憮然とした表情で口を開いたのは、神城麗児だった。
「妹はまだ体調が良くないんだ。早く帰らないと……」
「ご心配にはおよびません。すぐに終わります」
迷惑そうな口調の麗児に、私は早口で答える。
「麗菜さんの事故の真相が分かったって……本当かい?」
探るような目で、野々村が問いかける。
その顔を見返し、私は小さく頷いた。
「はい。それについて、今からご説明します。ついては麗児さん……一応確認のため、あの日練習していた射場に立ってみてもらえませんか」
私の依頼に、露骨に嫌な顔をする麗児。
だが注目されている事に気付くと、渋々手近の射場に移動する。
私はそれとなく、クイーンに目配せした。
彼女は黙って頷き、その後ろに立った。
「ご存知のように、練習が始まってすぐに標的の落書き騒ぎが起こります。あの標的です」
私はそう切り出すと、斜め前方の
「それを聴いた野々村さんは、すぐにその標的に向かいました。一方、自分の的から離れている事を確認し、麗児さんはそのまま練習を続けました。そしていざ、矢を射ろうとした時、突然麗菜さんが前方に飛び出したのです」
私は当時の状況を、かいつまんで説明した。
すでに承知している麗児と野々村は、特に反応は示さなかった。
「実はこの一連の行動を検証する中で、私にはある疑問が芽生えました。それは……麗菜さんの飛び出した位置に関してです」
「…………!?」
私の言葉に、麗児と野々村が同時に首を傾げる。
何か言いかけたが、言葉にはならなかった。
私は、構わず続けた。
「矢が命中したという事は、彼女がいた位置は、麗児さんが矢を放った方向──つまり、麗児さんと標的の間という事になります。麗児さん……アナタは妹さんが自分の真正面に現れたのに、なぜ手を止めなかったのですか?」
唐突な私の質問に、一瞬キョトンとする麗児。
だがすぐさま、厳しい表情に切り替わる。
「なんだ、いきなり!?そんなもの、咄嗟の事で間に合わなかったからに決まってるじゃないか!」
質問が気に食わなかったのか、無愛想に返答する。
それを聴いた私は、クイーンに合図を送った。
彼女は身を
そして間髪入れず、その顔に平手打ちを放つ。
麗児は咄嗟に、その手を掴み取った。
「何をする!?」
思わず声を荒げる麗児。
「すみません。失礼しました……」
素直に頭を下げるクイーンを見て、麗児は掴んだ手を離した。
クイーンは、緊張の面持ちで後ろに下がる。
「見事な反射神経です。その反応速度なら、麗菜さんの時も対処できたんじゃないですか?ましてアナタの正面まで回るとなると、今のように目で追う事も難しくはない。アナタなら、射つのを止められたはずです……だがそれでも、矢は放たれた」
「……なんだと!?俺がワザとやったとでも言いたいのか!」
腹に据えかねた麗児が、ついに怒鳴り出す。
紅潮した顔が、その怒りの激しさを物語っていた。
「いえ……アナタが、麗菜さんを狙ったので無い事は分かっています。なぜなら、彼女はアナタの正面にはいなかったからです。彼女がいたのは、もっと斜め方向──アナタの直視から外れた位置だった。だからアナタは、気付くのが遅れ、矢を放ってしまった……そういう意味では、あの事故は全くの偶然と言えるでしょう」
その言葉に、麗児の目が大きく見開く。
赤く染まっていた顔色が、見る見る失われていく。
「そんな位置で……彼女は何をしようとしたんだ?」
意味深な私の説明に、野々村が
「麗菜さんはアナタに、危険を知らせようとしたんですよ……野々村さん」
そのひと言で、その場の空気が一気に凍りつく。
「君は……何を言ってるんだ……」
驚愕の表情と化した野々村が、声を震わせた。
「私がその事に気付いたのは、麗児さんから麗菜さんの体の向きを聴いた時です」
野々村の問いに答える代わりに、私は説明を続けた。
「麗児さんの矢が当たったのは、彼女の背面でした。弓を引く者の方を向いていない事から、彼女には矢に当たる意思が無かったと推測しました。では、彼女はなぜ反対側を向いていたのか?一体、どこに向いていたのか?……結論から言うと、麗菜さんが向いていたのは野々村さんのいる方角だったのです。イタズラ書きされた標的に立つアナタを見ていたんですよ、野々村さん」
「僕を……一体、なぜ?」
反射的に問い返すが、野々村の思考は明らかに混乱していた。
「彼女は、麗児さんがアナタを狙っていると気付かせようとしたんです」
「なっ……そんなこと……!?」
私の言葉に絶句する野々村。
信じられないといった顔で、麗児の方を振り返る。
「何をバカな!」
すぐさま、麗児が一笑する。
「全く、何を言い出すかと思えば……なんで俺が
野々村を狙う必要があるんだ!」
話にならないとばかりに、首を振る麗児。
私の眼前まで歩み寄ると、恐ろしい形相で睨みつけた。
「……だいたい野々村がいたのは、俺の
麗児は、嘲笑まじりの口調で言い放った。
まるで、変人でも見るような目つきで見下ろす。
私は、それを真正面から受け止めた。
「矢の軌道を曲げたんです」
私の放った言葉に、麗児の表情が瞬時にこわばる。
その瞳に走った微かな動揺を、私は見逃さなかった。
横に立つ野々村も、呆然と硬直してしまった。
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