3章:チャンスは突然

「だから、鳥だって」

「絶対に鳥じゃない。これが鳥のわけ無い」

私は今、紙に書かれた絵が何の絵か、正面に座っている男子と言い合っていた。

彼ー真偉は私の幼なじみだ。保育園が一緒で、祖母同士で親交があった。

小学校は違ったが、お互いに存在は覚えていた。中学校で再会して同じクラスにまでなった時には驚いた。

そういえば、真偉は笑人と同じ小学校だった。時々、廊下で2人が話しているのを見かける。

「ねぇ、そういえば1年生って、『斉藤さん』多いよね?」

私の隣に座っている女子、照満に聞いてみた。

「うん、6人もいるよね」

良かった。私がこの質問をした真の目的には気づいていないようだ。

照満は、夏休みに男女2ペアで映画に行った時、2回もついて来てくれた。

それだけでなく、一緒に教室移動をしたり、何気ない話が出来る間柄だった。

「あと1年生ではないけど『佐藤さん』とか多いね。『高橋さん』とか『橋本さん』とか」

「うん」照満は話しに付き合ってくれる。

すると真偉が突然、頬を吊り上げて

「橋本笑人」

と言った。

私は照満と同時に吹き出す。目的が叶って舞い上がりそうな心を必死に抑えた。

私は、さり気なくを装い、笑人に関係する話題を出そうとしたのだ。

真偉はさらに笑人の話を続けてくれた。

「笑人の家って老人ホームの前なんだけど、この前老人ホームの外で、裸のおじさんが踊ってたんだって」

ついにツボにはまってしまった。笑人がビックリした時の顔と、裸のおじさんが踊っている姿がリンクした。おじさん捕まらなくて良かった、なんて考えも浮かんだ。

横の照満も笑いを耐えるように震えていた。

私は、たまに笑人の事を照満に話していた。それもあって、彼女は急に笑人の話題が出ても違和感を持たないのだ。

もう1つの理由としては、笑人はかなり面白い人みたいなのだ。

ー笑人の周りにいる人は、みんな笑っている。


家に帰ってくると、私は久しぶりに雄大に電話をかけた。

来月上旬に文化祭があり、夏休み明けから、声を聞いていなかった。

「最近どう?元気にしてる?」

私は控えめに問う。

しかし、雄大からの返事は、思わしくないものだった。

「ーごめん、塾だから。また今度」

そう言い残して、一方的に遮断したのだー。

別に、少し声を聞ければ良かった。それなのに、勝手に切るのはどうかと思うんだけど。

心に黒い感情がドロドロと渦巻いて止まらない。

苦しい。嫌だ。嫌だ。

前もそうだ。雄大に何か言われるたびに、それが些細な事であってもムカついて苦しくなっていた。

ー悪縁。

漠然と頭に浮かんだ言葉は、これだけだった。


   ※ ※          ※ ※


『七星、明日一緒に帰ろう』

メッセージトークアプリ「LINE」で昨日、七星とやり取りをした。

実は、6月中旬の「ニヤニヤ七星」事件から、少し気まずくなっていたのだ。

七星の部活も月曜日が定休日だったので、一緒に帰ることになった。

校門を出るまでは、周りの目もあってお互いに離れて歩いた。

「いつも廊下に出て何やってんの?」

七星はいつも休み時間の度、廊下をフラフラ歩いている。

「別に」

彼は仏頂面で答える。

いつも思うのだが、七星は一言返事が多い。

「あっそ」

私もブスッとした顔で返してやった。

それよりも私には、今気になっていることがあった。

笑人と真偉が10メートルくらい前を歩いているのだ。話しかけたいのだが、きっかけを掴めないでいた。

こうなったら、七星と2人で、笑人たちと合流すれば良いのだ。

私は、わざとらしくならないよう距離を縮め、真偉の後ろに迫った。

そしてブレザーのポケットに入れてあるリボンを、真偉のリュックに引っ掛けた。

笑人にはハードルが高いので、必然的に彼になった。

隣で七星が笑いを堪えている。天才的発想だと自惚れた。

「真偉。真偉のリュックに私のリボンがついてる」

私が笑いながら言うと、次の瞬間左側から手が伸びてきた。

笑人が真偉のリュックを自分の方に向けようとしたのだ。でも、その振動で私のリボンは無惨にも地面に落ちてしまった。

私は笑人のSっぽさに唖然としてしまった。事情を察した真偉は「器用だな」と呑気な事を言っている。

私は場を取り繕うように

「私、天才!」

と叫んだが、誰も反応することは無かった。

ーそのまま私たちは、同じ道を歩き続けた。

「七星、こっちから行こう」

分かれ道で、私と七星は笑人たちと違う道を歩いた。

しばらく歩くと同じ道にでるので、距離的には変わらない。

「ねぇ、早く行こうよ。あの2人抜かそう」

なんとなく笑人たちの前を歩きたかったので、ひたすら足を動かした。

そのおかげで、笑人たちより少し前という、ベストな位置を確保した。

「どっちから行く?」

七星の家なら左だ。でも私は笑人の家の方まで行きたかった。

笑人の家は真っ直ぐ。ここから50メートルくらい先の老人ホームの前。

ー実はGoogleマップで調べていた。

すると、通りすがりに、笑人と真偉が意味不明な発言をしてきた。

「七星、マイナス2」

「マイナス2」

マイナス?え?何言ってるの?言葉が通じない。

だから私は言い返した。意味は分からないけれど、このまま黙っている訳にはいかないと思った。

「真偉、マイナス10

 真偉、マイナス100

 真偉、マイナス1000」

「意味違う」

「真偉、マイナス10000」

「だから意味違うって」

さっきから真偉しか喋っていない。意味違うって何?意味なんてあるの?

私は七星を引っ張り、笑人たちの後を追った。

気づいてはいたが、笑人は始終無言だ。

「なんかさ、2人ってカップルに見えない?」

七星に聞いてみた。彼は吹き出した。

「いや、俺たちは友達だよな」

真偉がすかさず笑人に聞く。笑人はのんびりと首を縦に振る。

何だ。話聞いてたんだ。

私はしばらく七星と、談笑することにした。

話に加わると思いきや、笑人と真偉は走って帰ってしまった。

そういえば、真偉は七星と家が近いのに、なんでわざわざ笑人の家の方まで着いてきたのだろう。後、マイナス2ってなんだろう。

そんな疑問を打ち消すかの如く、一際強い風が吹いた。


次の日の3時間目と4時間目は美術の授業だった。

「ねぇ、マイナス2ってどういう意味?」

「だから、教えない」

照満には状況を説明し、2人で真偉に詰め寄っていた。

「だったら、笑人に聞けよ。笑人が言い出したんだから」

そうは言っても、笑人は今日学校を休んでいる。

「だから、笑人は今日学校休んでるの!」

「じゃあ、知らないよ」

さっきから、同じ返答しか返ってこない。八方塞がりの状態だ。

「ーあ、分かった。七星がテニスのプレーで失敗した数」

「そんなのもっと失敗してるよ」

今ー七星のことバカにしたよね。

「じゃあ、ヒントね。男と女」

「は?」急にどうしたんだろう…。

男と女って、七星と私の事だろう。でも誤解を受けやすい言い方だ。

私達は、あーでもない、こーでもない、と騒ぎながら2時間を過ごした。

「仕方ないな。教えるよ」

ーそう言ってもらえると密かに分かっていた。

「笑人と実況してたの。七星と光羽のこと。『あ、距離が近いですねー』とか、『あ、これはいけませんねー』とかって」

私は内心呆れた。ホント男子ってガキだ。

ー本当は、複雑な感情が渦巻いていた。

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