2章:変わらない日常

「ねー、次の授業何?」

「国語だよー。ホントダルい」

いつも通り、友達の香織とたわいもない会話をして盛り上がる。

その流れ的に、私は気になっていた事を聞いてみた。

「ねぇ、香織。小6の3月、中学校体験授業あったじゃん?その時に、他の小学校から来てた人2人いたじゃん?そのうちの1人って笑人じゃない?」

「え? そうかな。全然覚えてない」

香織はサラッと受け流し、時計を確認する。

「あ、そろそろ時間だ」

「あ、そうだね。バイバイ」

ー私は、飛び上がりそうな心を必死に抑えた。


体育祭も終わり、学校全体が落ち着いてきた6月。梅雨に入り、ジメジメと蒸し暑い日が続いていた。

雄大とは何とか関係を保ててはいる。でも時間の問題かもしれない。

「最近話せてないけど大丈夫?」

何が大丈夫なのだろう。よく分からないが聞く勇気もない。

「うん。平気」

雄大は携帯を持っていないので、家電からの着信だ。

電話をするたびに、携帯を持たないなんて、と思ってしまう自分に呆れる。

別に携帯を持っている人が偉いとか、偉くないとか、そんなの関係ないのに。

ー何故、雄大にはこんな気持ちになるのだろう。

「そういえば、体育祭の後に何日間か学校休んだよね? どうしたの?」

雄大はさらに質問を重ねてきた。今日は早く切りたいのに。

「あ、うん。インフルエンザに罹っちゃって」

「あー前、流行ってたもんね。学校で」

少し前、私たちの中学校では、季節外れのインフルエンザが流行っていた。2年生は学年閉鎖になったというが、1年生はほとんど関係なかった。

「私、昔から免疫力が無くって、毎年インフルエンザとか感染症に罹ってばっかりなんだよね」

「俺なんて、しょっちゅう学校休んでるから。気にしなくていいよ」

別に気にしてるわけじゃないんだけど。それに雄大は学校休みすぎなのよ。一緒にしないでほしい。

雄大は、見かけによらず体が弱いのだ。よく風邪を引いたり、マスクをして学校に来たりしている。

「じゃあ、俺塾だから。また明日、学校でね」

「うん。また明日」

雄大が電話を切った直後、私はため息を吐いた。

「なんかヤダ…ヤダ…」

何が嫌なのだろう。分からない。何でこんなに苦しいのだろう。分からない。

すると頭の中に、何故か笑人の姿が浮かんだ。空想上の笑人は、優しそうな顔をして私を見つめている。

心がポッと温かくなった。さっきまでのドロドロした感情は、浄化されていた。


「何、今日掃除ないの?」

私は最近仲良くなった七星に仏頂面で聞く。七星は、なんかニヤニヤした感じの男子で、ちょっと気持ち悪い。

「は? 早く部活に行かないといけないんだけど」

私は、フンと鼻を鳴らして、その場を去った。

別に、七星が嫌いなわけではない。でも何となく素直になれなかった。

「おい!なんだよ」

「ギャハハハハ」

七星は、すでに他クラスの男子と騒いでいる。何よ…うるさい。

あ、良いこと思いついた。ちょっと七星をからかってやろう。

私はその場を動きながら、勢いよく叫んだ。

「変態七星!ニヤニヤ七星!」

私は彼を笑いものにさせた。みんなの反応が気になる。

案の定、この場にいた全員が爆笑した。

当の本人である七星は「おい!」と怒っていたが何もしてこなかった。

あ、スッキリした。みんなを笑わせるって気分が良い。

私は、そのままUターンをして教室に戻ろうとしていた。その時ー。

笑人と目が合った。

彼は私のことを、どこか間の抜けた表情で見つめていた。

私も思わず、見つめ返す。

数秒間、3メートルくらいの間隔を保ちながら、お互いに視線を交わらせていた。

そして、どちらからともなく目を逸らす。

状況はかなり恥ずかしいが、心は平常だった。

ーその様子を雄大に見られていたなんて、この時は思いもしなかった。


それから夏休み明けまで、私と笑人は相変わらずの日々を過ごした。

とくに進展もなく、7月を迎える頃には視線さえ交わらなくなった。

それを少し寂しく思う時もあったが、雄大の事を考えて紛らわしていた。


笑人に残酷な運命が降りかかっている事にも気づかずにー。


今日は、水泳の授業があった。

7月に入り、照りつける太陽の光が痛い。

正直、中学生で男女同じで水泳の授業は嫌だけれど、見学したり休んだりしたら成績が悪くなってしまう。

プールの隣の更衣室で制服に着替え、教室に戻るために通る渡り廊下の角を曲がった途端、何やら騒ぐ声が聞こえてきた。

雄大が同じクラスの男子に向かって、意味不明な言葉を発している。

そういえば、私達のクラスの次は、雄大のクラスが水泳の授業だった。

私は「頭大丈夫?」と言いたい気持ちを必死に隠しながら、雄大に視線をチラッと送る。

雄大は、瞳だけを私に向け笑っていた。

情けないことに、ドキドキさせられてしまった。


   ※ ※          ※ ※


数日前、ついに水泳の授業が終わった。

後は、夏休みまでひたすら授業を受けるだけだ。夏休みは部活部活の連続で嫌だけれど、授業ばかりの毎日と比べればかなりラクだ。

入学してから色々な行事がありすぎて楽しくなかった。

朝の光と優しいそよ風を体に浴びながら、小学生の頃から変わらない通学路で登校していた私は、曲がり角で笑人と鉢合わせてしまった。

今日は、少し遅く家を出た。それにしてもタイミングが悪い。

私は、何事も無かったかのように道路を横断した。

流れ的に笑人の前を歩いている。凄い恥ずかしい。

他の事を考えようと思っていたら、笑人が持っていたプールバックが頭に浮かんだ。

もう水泳の授業は終わっている。でも水泳の実技テストの日に学校を休んだ人は、今日の放課後に集まらないといけなかった。

最近、笑人が学校をよく休んでいるのは知っていた。

私と笑人の視線が交わった日の数日前も、彼は3日連続で学校を休んでいた。

理由なら、香織から聞いていた。

確か、朝起きた瞬間倒れて、気がついたら「一命は取り留めました」って言われた、と笑人は話したらしい。

普通に考えたら危険な状態だったのは分かる。でも笑人はジョークが好きらしく、香織は気にも留めなかった。

気づけば学校に着いていた。昇降口で靴を脱いで上履きに履き替えようとした時、笑人が走って私の側へ来た。

心臓が止まりかけて動けなくなった。

しかし、すぐに勘違いに気づく。

学校の予鈴が鳴ったのだ。

ー自分の浅はかな考えなど、今の状況には通用しなかった。


   ※ ※          ※ ※


ーこれから雄大との関係に亀裂が入る。

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