現地に行ってみたら話と違った、なんてのはよくあることだ

@2321umoyukaku_2319

第1話

 現地へ行ってみたら聞いていたのと全然違ったよ! なんてことはしばしばある。ガッカリ観光地に限った話ではない。太陽系の諸惑星に到着した探検隊は自分たちが目にしている景色を信じられなかった。科学に基づいた予想がことごとく外れていたためである。紫色の原生植物が密生する火星のジャングルは生きた銃剣の如き鋭い棘で侵入者を拒み、金星の沼地人は高度な文明を持つ太陽系最古の知的生命体で宇宙に遅れて進出した地球人の良き相棒となり、木星の固い大地はアンモニアの氷塵ひょうじんの嵐とナトリウムの爆発で大破した数多くの大気圏降下着陸船が眠る墓場と化し、永遠に昼の続く水星の灼熱面は命知らずの冒険家どもが遭難して木乃伊ミイラとなる地獄として思考生物に恐れられるようになるとは、昔の人間には想像も出来なかったことだろう。

 これが並行世界パラレルワールドの実例である。今風にいうと異世界トリップだ。その旅が楽しい思い出いっぱいの物見遊山で終わるかどうかは、多分に運次第である。我々が暮らす、この世界を支配する物理法則の通用しない土地へ旅立つのだ。何が起こるか分かったものではない。

 それは勿論、別世界からの異邦人にも言える。遠い宇宙の彼方の、そのまた裏の世界から超ひも理論に基づくラムダ及びケイ電子管を利用したタウ空間転送で飛来したルブイエイス・カローンは、故郷では見ることのなかった光景を幾つも目撃し大いに驚いた。

 どういうものを見て驚愕したのかというと、魔法や超能力といった非科学的事象である。念力による物体移動、目から発射される破壊熱光線、高速周回運動で発生した残像を利用した分身の術、幽体離脱そしてエクトプラズムといった奇怪な超常現象はカローンの理解の範疇を越えていた。

 時間跳躍もしくは時間旅行という概念も謎だった。時間は過去から未来への方向にしか流れないものだ。これは、ありとあらゆる多次元世界に共通の法則である。だがカローンが訪れた太陽系第三惑星つまり、この地球には時間の流れを逆行する流離人さすらいびとや未来へ飛翔した――そして現在に帰還した――と称する者が大勢いた。

 それらの人間が詐欺師ではないかとカローンは疑い、検証のため時間旅行を体験したと称する何人かにインタビューを試みている。イタリア人ジョヴァンニ・ドローゴは、そのインタビューを受けた一人だった。ただしドローゴは、自分は時間跳躍者あるいは時間旅行者というより永遠の転生者に属するのかもしれない、と語っている。彼は、自分は転生を繰り返している、と真顔で言い切った。今回は時間を過去へ遡りオーストリア・ハンガリー帝国の支配下に置かれていた十九世紀のトリエステに転生したのだという。

 時間遡行者にして輪廻転生者ジョヴァンニ・ドローゴはトリエステ在住のイタリア系オーストリア・ハンガリー帝国市民で、今回の転生前と同姓同名のジョヴァンニ・ドローゴとしての自我に突如として目覚めた。転生前の記憶は残っており、今ここにいる自分が未来から過去へ旅しているのだと理解できた、とのこと。特筆すべきは、このとき彼が恐慌に陥ることなく運命を受け入れたことだろう。

「生前の私は、英雄になろうと思って結局、何者にもなれず人生を終えました。転生したのは夢をかなえるため。目覚めた瞬間、そう確信したのです」

 そう語る彼は生前、似たような思い込みに囚われてしまったために一生を棒に振ってしまったらしい。人は生まれ変わっても、同じ過ちを繰り返すものなのだろうか? そうさ、それがループものの定番! と断言されたら、それまでだが、ともかく――ジョヴァンニ・ドローゴは新しい人生を英雄となるための冒険に費やそうと決めた。

 まずは身辺整理である。このときジョヴァンニ・ドローゴは数名の女性と同時に交際していた。彼女たち全員が自らの冒険生活に同伴してくれるのなら、危険な旅路とてさぞや華やかなものになるだろう……と夢想するも、全員が仲良く過ごせるとは限らない。むしろ、その逆となる危険性の方が高い、と考えるのが妥当だろう。そこで彼は、自分が冒険的新生活を求めていると彼女たちに匂わせ、それに付いてきてくれるものかと観測気球を上げてみた。

「波乱万丈な人生に憧れる……そんな気分になることが、君にはあるかい?」

 彼女たちの答えは概ね下記のようになった。

「全然。ところで結婚の日取りなんだけど、私は早い方が良いと思うの。それで構わないでしょ?」

 ないのかあるのか、あるのかないのか、どっちなのか分かりにくい質問文が悪かったのか? とジョヴァンニ・ドローゴは考えたそうだが、ここまで明確に否定しているのだから、彼女たちは波乱万丈な人生にはなから興味が無かったと断定して差し支えない。交際している女性たちの性格を把握していれば、あらためて聞くまでもない質問だったと思われる。ところで――不誠実な恋人に対し唯一人、結婚を迫らない女がいた。マリアという名だった。フランスやオランダを数か月旅行するのだと彼女は言った。家族や友人たちと一緒に名所巡りをするのだ、と楽しげである。

 ジョヴァンニ・ドローゴの喉元に嫉妬や羨望といった苦いものが込み上げた。

巴里パリの空の下で食べるオムレツは、きっととても美味しいのだろうね」

 それだけ言うのが精いっぱいだった。マリアと偽りの笑顔で別れ、トリエステの坂道を上るジョヴァンニ・ドローゴの胸中は空っぽで、その足取りは木星に降り立ったかのように重い。自分は、この転生でも、英雄に慣れず仕舞いで終わるに違いない。モブは何処まで行ってもモブなのだ……そんな思いが去来し鬱々となっていたとき、男に声を掛けられた。

「ジョヴァンニ・ドローゴだな」

「いかにもたこにも」

 男は手袋をジョヴァンニ・ドローゴの足元に投げ捨てた。

「お前に決闘を申し込む」

 人の恨みを買う覚えがないので人違いではないかと問い質せば、男はとある女の名を挙げて答えた。

「聞き覚えがあるだろう。知らないとは言わせないぞ。お前が捨てた女の名だ」

 捨てたのではなく、それぞれが別の道を進むことにしたのだと訂正しても、相手は聞き入れない。

「お前は彼女のヒモで、彼女の有り金が尽きると、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに捨てた。そうだろうが!」

 ヒモではなく、彼女が勝手に金をくれただけだ、と説明しても無駄だった。

「彼女の名誉を守るため、お前を殺すと俺は神に誓った。いざ尋常に勝負しろ!」

 短気な男だった。決闘のしきたりに従い証人や介添え人を立ち会わせず、この場で決着を付けようというのだから、単なる殺人である。ジョヴァンニ・ドローゴにしてみれば相手にするだけ馬鹿らしい。呆れ顔で立ち去ろうとすると男は冷たく言った。

「逃げるな。こちらを向け」

 ジョヴァンニ・ドローゴは、うんざりした顔で男の方を向いた。そこを撃たれた。胸と腹にそれぞれ一発ずつ。仰向けに倒れたところを、顔面に一発撃ち込まれ、とどめを刺された。どうしても好きになれない顔だったが、撃たれると名残惜しかった、と彼は言った。

「私は死んで現代に戻ってきました。英雄にも冒険の主役にもなれずに。ですが私は、脇役として、誰かの物語の引き立て役として、その役目を果たしたのです」

 過去の時代で何が何だか訳が分からないまま射殺されたジョヴァンニ・ドローゴは今、過去の自分に向き直ろうか否か、悩んでいる。自分を射殺した男が、その後どうなったのか、気がかりなのだ。

「あの男が口した名前の女は、私の知る限りでは性悪な糞ビッチで▽▼×、とにかくろくでもない女でした。そんな女に、あれほど入れ上げる愚か者が、あれからどんな人生を歩んだのか、とても気になるのです」

 転生を繰り返すジョヴァンニ・ドローゴだが、自らの意思で輪廻しているわけでなく、気が付いたら別の人生を歩んでいる、というのが毎度のパターンらしい。そんな彼にとって、過去の探求は簡単なことではないとのこと。

 インタビューが行われているホテルの一室はルブイエイス・カローンが借りたものである。その部屋は海に面していた。ジョヴァンニ・ドローゴは窓際の椅子に腰を下ろし、時おり白波に眼をやりながらカローンの質問に答えていたが、このときは自ら話を切り出した。

「ですが、ルブイエイス・カローンさん。貴方/貴女と知り合うことで、私は自分の新しい可能性に気が付きました。超ひも理論に基づくラムダ及びケイ電子管を利用したタウ空間転送を使えば、過去へ自由自在に戻れるのではないかと思うのです」

 ヒモが超ひも理論の有用性に目覚め、それで時間旅行しようというのである。

 妙な話だが、タイムトラベルの謎を追究する好機だった。ルブイエイス・カローンは、その提案を受け入れた。自らが使用している長距離移動を可能とする転送装置の予備を被検者ジョヴァンニ・ドローゴの首に掛ける。

「この装置は通信機にもなっている。これがあれば、こちらの世界と連絡が取れるから、何かあったら使うといい」

 ルブイエイス・カローンの厚意に、ジョヴァンニ・ドローゴは感謝の意を示した。

「それで、どうすれば機械が作動するですか?」

「首に巻いた部分を指で二度押せば作動する。一気に締まるから」

 注意しろ、とルブイエイス・カローンが言う前にジョヴァンニ・ドローゴは言われるままの動作を行った。その首に巻かれた紐が瞬時に締まる。倒れながらもドローゴは首の紐を取ろうとして必死にもがく。そのすべての努力を無視して、締まり続けること約三分。白目を剥き舌をダラリと出したまま意識を無くした男の体を見下ろし、異邦人は不安になった。

 ジョヴァンニ・ドローゴは過去にタイムスリップしたのではなく、あの世へ旅立ってしまったのではあるまいか?

 ルブイエイス・カローンは、首に紐を巻き付けたまま倒れているヒモを心配そうに眺めた。異世界への小旅行という、ほんのささやかな体験で、事故に巻き込まれてしまったときは、どうすれば良いのか? 旅行代理店に連絡を取ろう、と思っていたら部屋にホテルの従業員と警官数名が入ってきた。騒ぎを聞きつけた隣室の宿泊客がフロントに苦情を伝えたらしい。

 首に紐が巻き付けられた状態で物言わぬ姿のジョヴァンニ・ドローゴと一緒にいたルブイエイス・カローンは現行犯逮捕され、警察署に拘留中である。紐タイを模した転送装置は自殺防止のため取り上げられた。それが通信機になっているので旅行代理店と連絡も取れない。取り調べを受けた際に、自分は異世界からの旅行者だと伝えたら、起訴を逃れようと詐病していると誤解された。別世界からの異邦人はありふれた存在になっていると思っていたが、それは一般的ではないようだ。このままでは起訴は免れない、と国選弁護人は言った。殺意は無かったと供述して、死刑を回避すべきというのが弁護士側の考えだった。

「死刑を回避して、どういう刑罰になるんです?」

「無期懲役だね」

「無期懲役?」

「仮出所は無しね」

 何たる不合理! だがルブイエイス・カローンは絶望していない。どうしたら良いのか? それが全然、分からないだけだ。

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