第21話 フィケロセバンの紋章
ひと段落したところで、子爵の部屋側の扉が開き、豪華な服を着た、紳士が顔を覗かせた。
「子爵、司祭が入室を求めて来たのだが」
「これはお手を煩わせて仕舞い、申し訳ございません」と、執事が頭を下げた。
「お迎えに参ります」と、執事は隣の部屋に戻っていった。
エクレット達は一斉に跪居ている、シュクレがボクの袖を引っ張って小声で
「伯爵様だ」と呟いた。
慌てて両膝を付いて跪く、姉妹の方に目を向けると、既に蹲っていた。
「エクレット並びにセキュア、良い、控えの間だ楽にせよ」と、伯爵から、お声が
掛かる。
「ハッ、有り難く」そう言いながらも、顔を上げるが、皆立上がらずにいる、ボクはどうしていいか判らずにそのまま俯いたままだ。
「サーフェデラ伯爵、紹介しよう新たに市民となった者達だ。
カンド、良い、面を上げよ」子爵の言葉で顔を上げた。
「フム、そなたが・・・」そう言ったきり、黙ってしまった伯爵を前に、身じろぎできずにいた。
程なくして執事が司祭をつれて入室してきた。
「御領主様、お目通りいただき、感謝に耐えません」
「良い、司祭、何様か」
「羽ばたきし二羽の雛に祝福を致したく参じました」
先程の議場に呼ばれていたマヌーバ司教だった。
「丁度よい、市民証も出来たことだしな、教会でなくとも、祭壇はある、与えてやってくれ、中央神殿聖マヌーバ大司教ならば、洗礼の証明にも尽力頂けるであろう」
執事が先程の黒い盆に乗せたままの市民証を、マヌーバに見せた。
「そうでございますね、洗礼も致しましょう」
そう聞くと、メイドが手早くソファーを片付け、部屋の中央を広く空け、祭壇を設置した。
小姓の間であるだけに、祭壇の設営ができる資材が揃っている。
マヌーバは移動旅の最中に、洗礼や祝福を与えることがある事から、幾つかの祭具を持ち歩いているようだ。
マヌーバ司教は祭壇の前で跪き、祈りを捧げた後、振り返り、エリアルとサリシュの前に手招きし、跪かせた。
二人は、両膝を付き、両手を腹の前で交差させて自身の腰に手を当てた。
ん?なぜ二人は洗礼の受け方を知ってるんだろう?ボクの疑問を他所に、洗礼式は進行していく。
二人の仕草を見つめたマヌーバ司教は、右手に祭具となる短い杖を持ち、左手には聖水を満たした杯を持ち、両手を天に掲げて聖句を唱えた。
「常闇より、ゼルサスの導きにより、かく高き尖塔の鐘楼にて馥郁たる人香桃の実りとなりし子らに、慈悲深くも一筋の灯火を掲げ長き道程を導かん、ここに僥倖を授けん。
ルミン」
祭具を掲げ、エリアルとサリシュの頭上に丸い円を描いた。
すると、祭具が円を描いた軌跡が光り、まるで光の輪が二人の頭上に現れ留まった。
うわ!神殿の偉い人が行うと、凄い洗礼式になるんだ、光の輪なんて始めてみたよ!
光なんて出るんだ!噂では貴族とか神官見習いに、光の粒が流れたとか聞いたことはあるんだけど。
ほうっと見つめていたら、司教様は驚き目を見開いている。
え?何事だろう?周囲に目を向けると、子爵様も伯爵様皆驚いている。
え?え?え?司教様の御業じゃないの?なにが起きているんだろう。
エリアルとサリシュの頭上の光の輪から、チラチラと光が毀れ始め、一気にサッと無くなってしまった。
司教様の持つ杖の聖具から光の粒が毀れ始め、指輪が淡く光ると手の甲に嵌められていた円形の金具?メダルかな?銀色の何かが輝き、ボウッと逆三角形の紋章のような印が浮かび上がった。
「ッ!!!」「おおおお」「ほぉ」「この場でか・・・」
様々な声が囁かれた。
どういう事、見た事もないことが起きたけど、何なんだろう?
司教様は口元を引き締め、二人を見つめて、立ち上がるように仕草で示した。
二人をボク達の方へ身体の正面を向けさせ。
「新たなる歩みを、祝福を賜わらん」
メイドが持つ神具から、シャランと鈴の音が鳴る。
その音と同時に、ボクは右手の平を左から右へ流した。
皆も同じく、右手を左から右へ流している。
もう一度シャランと鈴の音が鳴り、洗礼式は終わった。
すると、すかさず子爵が前に進み出てきた。
「神殿の狙いはこれか!」
「よもやよもや、このような顕現を狙っては居りません」
「光輪が浮かび、『フィケロセバンの紋章』だと!!神殿が狙わぬなどと
誰が思う、尊父伯爵領にある神殿に加え、我が領内に建設したなどと
そなたが指揮するために兼ねてよりの計画であろう!」
さっきまでのお祝いの雰囲気から、一気に剣呑な空気に変わってしまった。
執事がスッと近寄り子爵に囁く。
「”影”より、スキルックの鏡で輝く白銀炎証が映し出されていたとのこと」
「エクリフィス!この者等が白銀炎証を写しただと、聞いて居らぬが」
「本日の詮議のために『破罪の門』を潜っております。
ご報告はベルガランド騎士長からの先触れにてお知らせ致しております」
「ジョアス! リーデラストを呼べ!」
「エリスとこの二人は暫く預かる、司教もお帰りいただく訳には参らぬ、承知下され」
「御心のままに」
子爵が眼光鋭く満面の笑顔をうかべながら、司教を見る。
「おめでとう、聖マヌーバ大司教、『フィケロセバンの紋章』が浮かび上がる等、
初めての奇跡であろう!
次期242代フィケロセバン2153世教皇閣下」
恭しく大げさに尊礼する子爵を、無表情で見つめ返すマヌーバ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何か飛んでもない事が起こっているのか、緊迫した空気の中、一気に慌しくなった。
執事さんがスススッと寄ってきて一言添えた。
「皆様方はお帰りを、帰宅成されるまで、一切、『言の葉』を交わされませぬようお気を付け下さいませ」
そう言い残して、子爵様の元に戻っていかれた。
そっとメイドが扉を開き、頭を下げている。
ディガンダとシュクレがボクの両脇を掴み引きずるように、退席させ、廊下で行き成り、デガンダから猿轡をされた。
事態が判らず、シュクレを見ると、鋭い視線で唇に指を当てて黙れと示唆する、執事さんが言ったのは喋るなってことか。
大人しく馬車に乗り、エクレットの診療所まで、3人とも無言で帰路に着いた。
診療所内に入って、一息付きたいが猿轡は嵌ったままだ。
シュクレが猿轡を解いてくれながら、話してくれた。
「カンド、声出さないでね、喋っちゃダメよ、いい、カンドの家に着くまで、あんたは喋っちゃダメ、それと決して今日のことは、誰にも話しちゃ駄目よ。
あたし達にも聞いちゃ駄目、緘口令が出てる、判り易く言うと、話せば呪われます。
解った?
見て、ここに黒い線が浮かんでるの見える?」
シュクレが自分の首筋を、ボクに見せると、薄い線のような影のようなものが見えたので、コクコク肯いた。
「あなたにも同じものがあるわ、デカンダにもね。
エクレットからの報告があるまで、決して口に出さないでよ。
明日の夕方にいらっしゃい、其のときに判ったことがあれば教えてあげる」
ウンウンとボクは声を出さずに肯いた。
「馬車は、デカンダと一緒に返しに行ってちょうだい、荷馬車を受け取らないといけないし、騎士団ではデカンドに任せておきなさい。
喋る必要は無いわ、何か聞かれたら、首筋見せなさい、それで事足ります」
ボクはシュクレが、ボクに喋るなっていってるのに、ペラペラ喋ってるのを聞いて気が気じゃない、大丈夫なのかな?
「アタシは帰路の呪印は消えてるの、この部屋にいる間は大丈夫、けど、あなたはダメよ、家に帰り着くまで決して声を出しちゃダメ。
じゃ、デガンダがオモテで待ってるわ、馬車を返してらっしゃい」
そこから家に帰るまで、何をどうしていたのか、良く覚えてない騎士団に行って、首筋見せて、馬車返して、なにやら書類に書かされて血判押して、テンと追い出されて、デガンダは荷馬車を受け取ったら、そのまま帰って行ったので、トボトボと歩いて帰ったよ。
1ガン程の道程なのに、帰り着いたときは、近所の家の灯りが消えていた、町の出入り門をどうやって通ったのかすら覚えてない。
工房の水瓶から柄杓で汲み上げた水を、ゴクゴク飲んで飲んで、吐くまで飲んで、メシなんて食べる気力もなくて、そのまま作業場の土間の床の上で丸くなって寝てしまった。
寒さも何も感じなくて、明るくなるまで、虫の音や風の音、外を歩く人の足音を聞いていた。
眠いのに寝られず起きる気力も沸かず、ボーと時間が過ぎていくのを只只無為に過ごした。
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第二十一話 フィケロセバンの紋章
さて次回は
縁台の下から小さな泣き声が聞こえる
しゃがみこんで覗き込むブルダック爺さん
奥のほうで四匹のミャウマウの子供が丸くなって固まっている
親は居ないようだ
山羊乳を持って縁台の下に差し込むと、ニーニー鳴きながら痩せた
ミャウマウが寄ってくる、にっこり微笑むブルダック爺さん
そこへ
次回 「第二十二話 回され続ける独楽」
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