第18話 人想う気遣い




 しばらくシーンとした静寂がおとずれたが、やがてカラララランと呼子が鳴子を鳴らし退出を促す。


 マヌーバ司教がゼルサス印を切り、一礼して左袖に退出した。


 硬直していたエクレットがフラッとよろけるのを、デガンダが素早く抱き留めて、シュクレが足元に突き刺さっている4本の矢を、赤い布で包みながら引き抜き、その場に投げ捨てていく。

 

 シュクレと、デガンダに支えられながらエクレットは、出口扉に向かって歩いて来るのを、ボクはただただ呆然と眺めていた。

 ボクの前で立ち止まった三人は。

「どきな」

「いい加減立ちなさい」

「行くわよ」


 ボクは立ち上がろうとして後ろにひっくり返ってしまい、思いの他、体が硬直していたようで、上手く置き上がれずにバタバタしてしまった。

 そんなボクの横を三人は通り過ぎていく。

 慌てて立ち上がれずに四つん這いのまま、議場を出ると、扉がバタンと閉められた。


 閉まった扉を呆然と眺めていると、三人は互いに支えながら最初に通された、控えの間に戻って行くのが見えたので、置いていかれないよう、慌てて立ち上がり追いかけていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 控えの間の隣から、話し声が聞こえる、子爵と執事のようだ。

 この控えの間は本来、小姓の間らしく、主人の呼びかけに即座に答えられるよう、ある程度の会話は聞き取れるようだ。



「エリスに家名を名乗らせたダグラスはリーデラストの三男か、良い機会だ・・・・」

「・・・・・・・で・・・左様でございますな、ではその様に手配いたしましょう」



 エクレットが立ち上がり、「ちょいとお隣に行ってくるよ」と裏手から出てき、僕たちは無言で見送った。


「・・・・・・・」

「・・・・」

「・・・・・・・」

 コンコンコンとの剥啄音がここにまで響いてくる。

「エクリフィスです閣下」

 ガチャっと扉の開く音がよく聞こえる。

「ありがとうセルディオ」

「お久しゅうございます、エクリフィス様、麗しの姫をお迎え致せます事、喜びでございます」

 タタタタタタと駆ける音と、扉の閉まる音が同時に聞こえてきた。






 そんな執務室の中の様子に視点を移す。



 子爵は丈足の長いスツールに腰掛けながら、話をしていた。

 執事は扉を閉めると、子爵の下に駈け寄っているエクレットを優雅にソファーまでエスコートして行った。


「アルディごめんんさい、迷惑かけてしまったわ」

「なんてことねぇよ、ちと神殿のやつら、絞めときたかったしな、領内で好き勝手してやがった連中も炙り出せたし、ま、良い頃合いだったってことだ」

「ありがとう、うん、それにあの子達も引き取らせてくれるなんて、思ってもみなかった、この後神殿とひと悶着あるかと、懸念してたの」

「なーに、王都のクズ連中に玩具にされることは目に見えてるしな、信じられるか、あいつら眼球までツボ詰めにしやがんだぜ、絶対に領内から出すなよ」


「王都がって、陛下もご存じだったの?」

「知らなかったのか、、、おっと、あ~、嘘だろ気づかなかったのか」

「交雑配種奴隷で、貴族の性奴隷にされていた様だってことくらい?」

「エクリフィス様、あの二頭の奴隷にはそれぞれエルフの血と、ノームの血が混じっております」

「ええ、シュクレが気付いたわエルフとノームの血・・・、それなのにあんな惨い状態に・・・」



「雑じりもんが有るのかも知んないが、血族の解明など必要ない、陛下もそのようにご判断された」

「騒ぎ立てている学者共は、陛下のご不興を買うこととなり、じきに下火になりましょう、追って愚鈍貴族共も手を引くだろう」

「陛下のお気持ちでは、血脈争い等は王族だけで充分なのだろう。

 三大公殿下方も陛下とお考えを同じくしておられる。

 あの者たちは、ただの貧民孤児だ、そのように扱え」



「神殿にまで押し入った賊って」

「ああ、それな頭痛い、ダグラスがやらかした」子爵は心底、頭が痛いのだろう、こめかみを抑えて俯く。


「まあ、ガリグレン様が?」ハット口元を押さえている。

「まぁな、あやつは、奴隷を密かに大森林に逃がすつもりだったようだ」

「まあ、大森林に?保護じゃなくて??報告もなく???」


「サーフェデラ伯爵は、お優しい方なのですよ、閣下へ火の粉が飛ばないようにと、苦心惨憺されまして、あれこれ試行錯誤された結果、大森林へ放逐なされようとなさったのでございます」

「まあ、まあ、まあ!」



「お優しい方なのですよ」にっこり微笑む、執事の目が剣呑だ。

「また、お優しい伯爵様の尻ぬぐいをせねばならん、ダグラスめ、あんのダグラスめ!!」

 そこへ、タイミングを計ったかのように剥啄が入る。


「「「・・・・・・」」」

「あ~、ダグラスめにございます、当屋敷にグラバの花が三樽ばかり届きまして、いかなることかと、真偽を確かめに参りましたのですが・・・」

「「「・・・・・・」」」無言で、三人は茶を飲んでいる。



「あの、あ~子爵、フォルド子爵、ドュヌバが参りました、お目に留まりませんでしょうか。

 ドュヌバが参りました」

「ガリグレン様、お久しゅうございます、長らくお目道理り致さず、不調法いたしておりました」

「うんうん、エクレット久しぶりだね、大変奇麗だよ、けどね、まだ僕から話し掛けていないんだよ、少々はしたなくないかい。

 ヴァイラス伯爵から、れ「ダグラス!!!!!!」 ひぃ!!」



「エリスへの礼儀作法ご教授痛み入る。

ガリグレン=ドュヌバ・ド・サーフェデラ伯爵閣下、我が領内でのご活躍恐悦至極に存じます。


さて我が領内の事なれど、ご協力頂きたく恥を忍んで申し上げますれば、昨晩のこと、不敬にも神殿への背信行為が御座いました。

 恐れ多くも、深夜モージェス神殿への強奪行為が発生致しました。

 マヌーバ・グレフォロス・ゼス=オンイ・マイデオール司教より賊の捕縛嘆願が届いております。



 敬虔なるガリグレン=ドュヌバ・ド・サーフェデラ伯爵閣下に置かれましては、此度のモージェス神殿への拝殿の他、御用向きがありましたか確認させて頂きたく、当家ご訪問の御用向きとは意を異にさせますでしょうが、御聴聞達せられ頂きたく平に、お願い致します。

 

 更には、聖都大神殿、第241代教皇ブパセスマ2143世猊下への申し開きに同席していただけますかな」


「ぁぅぁぅぁ、、、義兄様、ううううううう」

言葉がつながらず、跪きながら伯爵が泣き出してしまった。


「虹玉二個と賠償金70だ、一つは私に、一つは猊下に、陛下には私から献上致しておいた!!!」コツン

 泣き崩れる伯爵の頭に、小さく拳骨を入れる子爵は、そのまま伯爵の髪をグシャグシャに崩す。




「お役に立ちたかったのです、グラバラス準男爵家から不埒な噂を聞き、真偽を確かめましたので、大事になる前にと、手筈いたしました」

「取り溢すんじゃねぇよ。

今回の事は、オメエが動く前から、教会も陛下もグレグランも!動いておったわ」

「え!王立技量技術館までが、ただの劣悪な環境下での、多頭飼育の奴隷の話では・・・??」

「グレグランの奴、精霊族の混血奴隷ってことを掴みやがって、王立技量技術館での引き取りを、画策してやがった、陛下のお考えでは、血の系譜の解明は必要なしとご判断されている、魔術で生み出された怪物では無い純粋に生き物としての混血なれば、禁忌など無かったのだと仰せだ」


「それでは、奴隷を使った混血実験が繰り返されるのではないでしょうか」

「まあなそう考えるわな、けどな人間サイドの一歩的なエゴで、

種族混在の多頭飼育など繰り返されて、エルフが黙っているとでも、ドワーフやノームが種族を上げて抗えば、人族との戦争が起きるぞ」

「あっ・・・・・・!」


「ハーリゼロインの再開、第何次かの種族間戦争、次起これば、規模の程が予測できん、人族の分が悪すぎる、大陸全土に広がるやもしれん、無事では済むまい」



 訪れる沈黙の中で、事の重大性を理解していった。






「ところでエリス、家名を名乗って、押し入って来たそうだね、そんなお転婆だったとは、私も驚いたよ。

 エリス、自由にはね権利と義務があるんだよ、次は義務を果たさねばならないんじゃないかな」

「お待ちください、事前に騎士団の沙汰を受けご面会の先触れを出し、ご許可証と大鷲の金印可を掲げて、衛士に来訪を告げました。

決して押し入ったりはしていません、どうしてそんなに捻じ曲げてしまわれるのですか」


「家名を告げた事実は消えないよ、なら義務を果たさなきゃ、一度伯爵領に帰って、御尊父と話し合いなさい。

 御母堂とも、何年も話してないだろ」そう言いながら子爵はエクレットの頭を、そっと胸に抱き寄せた。


「だけど両尊爵も、・・・・・・」

「エリス、エリス、私の可愛いエリス・・・、私は一度話し合えと言ったんだよ」

「・・・」

「エリス」

「わかりましたよ、上爵様と「んんんん」」と子爵が拒む。

「父爵「んんん」」再度拒む。

「お父様とお母様とも話して参ります、だけど、帰ってこれなくなったら、その時は、思念体飛ばしてでも、城壁ぶっ壊してでもエルディの鼻を捻りに来るからね」

「フフフ、いいよ、私の鼻で済むなら、なんの問題もない」と破顔する。



 社交界ではエクリフィスと正式な貴族名で呼ばれ、親しき間であろうと、本来は変わらずエクリフィスと呼ばれるのだが、伯爵家を飛び出し冒険者として足を踏み出したときに、エクレットと名乗り出した頃から、市井ではエクレットが定着している。


 貴族名では、敬称を付けなければならないため、冒険者であることを知っている人達は、親しく気軽に呼び掛ける場合エクレットと呼んでいる。


 幼名愛称でエリスと呼んでいいのは、母親と兄弟ぐらい、私的な場ではセキュアの二人もエリスと呼んでいる、父親は洗礼名からコーディと呼ぶ。


 フィルド子爵との血縁は遠いが、兄弟同様に過ごした時期があり、互いの信頼関係が濃くエクレットの母親が容認していることから、私的にエリスと呼んでいる。



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第十八話 人想う気遣い


さて次回は

今日は山にゴタ芋堀にやって来た、ブルダック爺さん

蔓を引っ張りゴロゴロと丸いゴタ芋が連なって顔を出す

沢山収穫できたブルダック爺さん

籠一杯のゴタ芋を、ヨッコラセと担ぎ上げ、山を降りるブルダック爺さん

ヒョッコリヒョッコリ降りていく、足場の悪い岩場に差し掛かり

岩場の斜面を前かがみで降りちゃった



次回「第十九話 ダグラスを名乗るもの、ダグラスと呼ばれるもの」



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