第17話 議場の均衡



 ジャジャジャンジャジャジャンと鈴の音が鳴り


 ようやく呼び出しが来て、謁見の間に案内される。

 入室はエクレットがまず入り、衛士の槍が上がってからデガンダとシュクレが続く、ボクは扉から随分離れた位置で足止めされ、片側の扉が閉められてから、入室を許可された。


 謁見のこの場では、伯爵令嬢の家格であれ、エクレット自身に爵位はないため、冒険者の地位が適用される、大鷲の印可では、その地位は准男爵同等として扱われる。


 エクレットは子爵座議場段下より五歩ばかり離れた位置で、顔を正面に向けては居るが、視線は議場段下の金モールに向け片膝をついている。

 デガンダとシュクレは、さらに三歩下がった位置で片膝をつき、利き手を床に付けて顔を伏せて待つ。

 二人は上級領民扱いだ。


 僕は更に後方、扉脇付近でシュクレから教わっていた通りに両膝を着け、腰を落とさず両腕をダラリと下げ、手の平を正面に向けた姿勢で待つことになる、結構きつい姿勢だ。

 平民なのに、この部屋の中に入れて頂いただけで、望外の処遇だ、直接お声が聴けるなんて、生涯にあるかどうかだろうな。



やがて、チリリリリンと鐘の音が鳴り、呼子が口上を大きく述べる。

「ヴァイラス伯爵家息女、エクリフィス=コルディナート・ド・ヴァイラス=バレルステン及びセキュア2名、平民に告げる。

 本領館の主、ロドルグ王国北方子爵領領主レジュルログ=アルデ・ド・フォルド閣下のご出座、畏み控えあれ」

 触れが述べられて、ボクは更に頭を下げる。


 子爵が首座にどっかっと座り、顎をさすと、子爵の左後方に立つ法務大臣でありこの場にあっては議場配爵が声をかける。

「エクリフィス=コルディナート・ド・ヴァイラス=バレルステンよ、ロードの掌を騒がす所為述べよ」


 エクレットは顔を伏せたまま口上を述べ始める。

「叡智なる領主閣下の御足下汚したもう、浅民事柄におきまして、平にご容赦頂き等存じます。

 雄雄しくご健勝のこと、ご尊顔賜れます誉をここに拝し、望外の喜びにございます。

 望みますれば、エロールの謝意をオモテに致す無調法、平に御赦し頂きとうございます」と一旦言葉を止め、エロールの印を切り、口上を続ける。


「今般、御足下汚したもう、御領区内御狩猟場にてご無礼にも拾いし奴隷愚民2頭在りよし、ご奉公致しおり、御領主様への御忠臣憚るとて、遠からぬ財をお返しせねばと、参りました次第でざいます、御領主様の穢れかと憚る愚考致したる所存にて、ご吟味致し下されまし、吾が身の責をご容赦頂きたく、平に平に」

 エクレットは口上が終わるや、そのまま顔を伏せる。



「野にありし、奴隷愚民如き市井の瑣末な財など、閣下には拘り無きこと、御出座を願う罪を知ってか、その責、如何に。」議場下の審問官が詰問する。


「かく高き尖塔の鐘楼には、奴隷愚民を、閣下御前に香華蓮華を献上致して折りますれば、平に平に。妖魔愚獣を廃し、御支配下に御審議いただき御沙汰の程を」


 ブウゥンと風切り音が響き聞こえた。

 首座下段脇の聖騎士が儀仗戦斧をエクレットに突きつけた。

「ジュグダの天秤には、そなたのミルダ心臓しか載っておらぬ」

「ご献上致せし奴隷愚民は、浅見致せし処、掻くも珍しき交雑配種と思えしにて、幾世代にも亘り、神の園より遠ざけられし者共であらば、御不浄のこととは控しも、その在り様に森緑の聖と地博の聖が、人の精に混じり合わさり稀有な存在をバニュダンにて許されたるなれば、耳目伏せ廃棄致さば、領民の責を蔽たると、ご検分ご沙汰の程を」


「妖しき妄言にて、千年の不戦を破りし大罪を煽動せしや!

 その首跳ねませい!」聖騎士の儀仗戦斧が振り上げられる。


 ボクは生きた心地がしなかった、聖騎士様の大音声と伴にヒュンと儀仗戦斧が振り

上げられ空気を切る音に、身をすくめた。


 そっと子爵が指を左から右へ動かす

「止まれい!」大音量が響き渡る。

 首座下段脇の聖騎士の儀仗戦斧がエクレットの首元に目掛け振り下ろされんとする直前に静止させる。

 首座の右斜め後ろに立つ、大きな太刀を持つ守護騎士が、静止させるべく大音声を響かせて下さったようだ。



 静止が掛かかり、エクレットの血が流れてないのを確認すると、脇侍が言葉を紡ぐ。

「エクリフィス・バレルステンよ、不確かな賎奴なる愚隷である、領主へ差出したとて、何を望むや」

「羞恥汗顔の謗りは、吾身に在れ、只ならぬ財の献上返還を請願せしに有らず、益なる求めを致しては居りませぬ。

 我が治療院に於きまして、かの奴隷共には、折檻に纏いし身体への変調と思わしき傾向が見られまするが、ゼルサス聖護印が施されて居りますれば、身体の観察致し、レルグガンの身命板では診断がつかず、ヌクリューチド呪石に僅かな偏色が見られ、よもや禁忌の片鱗有りきかと、御領主様へ急ぎお届出いたさねばとの、真摯なる敬愛の念でございます」



「禁忌なる賎奴愚隷の生息を見過ごす、領主の治世に欠穴があると申すか」


 タッタッタッタと音が聞こえたかと思うと、エクレットの周囲に4つの黒い矢が突き刺さったのが見えた。

 矢から黒い影が立ち上りエクレットに絡みつく。

 途端に大量の脂汗を浮かび上がらせ苦悶表情を浮かべるも、エクレットは気丈に答える。

「ガリディオス条約に反する一大事と捉えます」



「・・・・・・・・・」

 エクレットを捕えていた影がスッと床にきえたが、エクレットは身じろぎできない様子だ。


 議場配爵がエクレットを睨みながら声をかける。

「ゼルサス聖護印が施されておったと申したな」


 エクレットを一瞥し、続けて段下の聖職者に声をかける。


「モージェス神殿長司教マヌーバ・グレフォロス・ゼス=オンイ・マイデオール出でませい」



 聖職者のマヌーバ司教は、ずっと儀段左端にいたのだろう、頭を下げたまま左足を出し右足を引くといった、独特な歩き方で段下に進み出て返事をした。


「ここに、ゼルサスの御霊により御方ご招来頂きモージェス市に建立致せし僥倖を賜わり、至高の方を拝する神殿長を努めます司教マヌーバ・グレフォロス=ゼス、御前に出でし誉をここに」


「神殿より奪われし、貴物ありとの届出が成されておるが、詳細を述べよ」

「天空高きホロギストが頂点に差し掛かる頃、心迷いし掬民により神殿に収められし、聖櫃並びに、高尚なるダードウィヒ神に見初められたもう、賎少子2頭を持ち去らる悲劇が生じております。

 聖櫃には金品俗物はなく、救いを求めんと欲す弱き民の訴えが収められておりました」

司教マヌーバ=マイデオール・・・・・・・・・・、賎少子2頭とは神殿

所有の奴隷・・であるか?」


「よもや大罪犯せしダベルドッチの徒にあらんとする神の社はございませぬ。

 さる高貴なる王国土の一柱たる貴人より、救済の請願が我が元に届き、さる商館にて劣悪飼育されていた賎少子を、アルサトネの陽の元に羽ばたかせんと、保護致しておりました」

「そこに控えし、エクリフィス・バレルステン他、領民共が領地森林内で負傷せし賎奴を治療致し、領主の下へ献上致せし也、神殿が届けたるや奴隷・・かと思われるが、神殿は返還を求めるや?」


「上主様の掌に治まりしなれば、神の御手を指し伸ばすにあらず。

神殿は静謐平穏にて安定を望んでおります。」

司教マヌーバ=マイデオール・・・・・・・・・・の弁を聞くに、慈愛たる貴族は誰あろう?主名にて褒美を与えん是非にも教え給らん」


「神殿よりの請願致せしは聖櫃を大神の足下へ収め奉らんこと、幸いにも聖櫃の守護獣が、胸中に収め帰還いたせし、調べにて賎少子が善民の手により救い出され、神殿獣ルビンが見守りて大事無き事承知しておりました。

 請願における目的は達せられ、後光射す慈愛に満ちたる貴人は、名を挙げ善意を詳らかにすることにあらず、御簾より出でしこと望まれませぬ。

 善行ある振る舞いゆえ、お騒ぎになられませば、霞がごとく消え去る例もございます、拙より口上致すはご容赦いただきたい」


「無償の善行善意承知した、しかしながら、我が主の足下汚せし、商館なる卑民は如何」


「アルサトネの陽に羽ばたく雛に、無用な暗雲は酷でございます、パリドレの箱を暴くは我が神殿の責に非ず、ご容赦の程を」


「誠、神殿は奴隷・・を欲しておらぬなら、聖護印を授けるは、生まれ出するべくもない禁忌となりし奴隷・・を欲したからではないのか?」


「ゼルサスに誓い、私欲に賎少子を保護いたしてはおりませぬ。

 禁忌とは恐ろしや、神の眼を欺く術などまさしく禁忌の術に御座います。

 種族の垣根を越えし淡光児などなど、例え例え、天の細光による奇跡とて、佇むものなくば、救う手立て等ありましょうや」



「異種混合配などありえぬと、神殿は認定するのだな」



「至高神輝ける後光たるや広く大きく輝けしに、ツクヨリの杯にても全て掬え適いませぬ。

 種の垣根を超えしは、人の子は人の子、獣族は獣族の子でございます、親の罪業にて生まれ出でしし責はあれど、拾い上げる責は無し、どの井戸より出でしか詮議の要は神殿には御座いません。

 陽光にさらせし穢れである成れば、その身に纏われし獄火より清めあられん」



「神殿は一度は手にした奴隷・・を欲するか?」


「羽ばたける依り代があるならお任せいたします」


「此度の請願における神殿の要求は如何に?」


「上主様の心中お騒がせ致しましたこと、平に平にご容赦頂きたい神殿保有の聖櫃は戻り、悲しき賎少子は翼ある大鳥の元に庇護され安堵しております、上主様の御心を痛めさせております賎少子は、奴隷に非ず、人の財たる奴隷なれば、ゼルサス聖護印の守りの力は顕現いたしておりませぬ、恐れながら、マヌーバ=ゼス個人の見解と致しましては、劣悪な生活を強いられた孤児と見受け致します」



「ほう、彼の賎民は、孤児とな、奴隷としてではなく、孤児として神殿預かりと申すか」


「いえ、孤児は引き取り手がおらば、孤児に非ず、神殿は領民の子・・・・へ祝福を贈るのみ」


「引き取り手とは、エクリフィス=コルディナート・ド・ヴァイラス=バレルステン、其の方の所有と致すか」


 

「恐れながら、御領主様、奴隷愚民ならば、領の財として所在を詳らかにし領庫の糧にとお届け出いたしまし次第也、孤児なれば見つけし者に責はあるものと思われます、財となすや遺棄となすや末席を汚せし平民にその責を纏わせ至らん」

 身動き取れないまでも、エクレットは声を張り上げて主張する。


「よかろう」


「恐れながら御賢上閣下に、信賞諫言の愚をお許し頂きたい」


 ブゥーーーーンと、聖騎士が儀仗戦斧がエクレットに迫る。


「良い」議場配爵が声を掛ける。


 瞬間、戦斧はギュンと方向を変え、エクレットの頭上を一回転して、聖騎士の脇に立て掛けられた。


「末席を汚せし平民は、偶然に出会いし孤児であるに、見捨てず救い、治療を施し食事を与え、賎民孤児の灰色の瞳にエロールの光を射しさせし善行を積みに際し、少なからず金品の負担を躊躇わず施しております由に、領地潤す民の増員となるや、御領館騒がせし責を、減罪頂き等に存じます」




 暫く無言の時間が流れる。




 子爵が議場配爵・大太刀・大楯の騎士を呼び寄せ、何やら囁きあっている。


 やがて、議場配爵が右手を前方に突き出した。

 すると、エクレット達も司教もその場で首を垂れる。


「申し渡す。

ログルの元冒険者大鷲金印可エクリフィス=コルディナート・ド・ヴァイラス=バレルステン。

 モージェス神殿長司教マヌーバ・グレフォロス・ゼス=オンイ・マイデオール。


 両名より届けられし請願、双方善行による重複申請と看做す。

 疑われしし異種族混合なる妖魔愚獣の奴隷は居らず、神殿保護下の賎奴2頭は、悲運なる勾引かしに合いし貧民孤児2名と認む、孤児の庇護は、領民の責務。

 孤児は救出治療致したる平民に下げ渡す。


 事の始まるたるは商館であれ、神殿の減罪秘匿の決まりにより、責めを負わせられぬ、しかし、神の庭より摘み出だし賊は大罪である。


 既にシュウメルの懐に入りし賊を糺すは時を戻せぬが、財あらば召上げ補填致そう」


二呼吸ほど後、続けて。

「レジュルログ=アルデ・ド・フォルドの名において、只今より、子爵領内領民と定め、孤児達の生活が安定したと認められるまで、特定保護対象とする。

 よって神殿並びに王立技量技術館であれ、手出し無用である旨を申し渡す」


 最後に、子爵が立ち上がり左足を、ズダァーンと打ち付けて退出して行った。


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第十七話 議場の均衡


さて次回は

ブルダック爺さんは格闘中。

婆さんから手渡された、毛糸玉の籠、全部の毛糸が絡み合い毛糸が全部使えない

ホチホチホチホチ毛糸を解す、ホチホチホチホチ毛糸を巻き取る

ブルダック爺さんのぶっとく大きな指先が、毛糸のダマを解き解す

赤い毛糸、黄色い毛糸ダンダンダンダン大きな玉に戻っていく

あと一息じゃ一息じゃと、しばし休憩と横になったっところに

婆さんが無理なもんは無理じゃと、新しい毛糸を買ってきた

毛糸籠のダマの部分をチョキチョキチョキ、使えるとこだけ籠に戻して

裁縫部屋に持ってった


次回「第十八話 人想う気遣い」


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