第11話 聖創黎記




モージェス神殿にて


 神殿の主神はゼルサス神が奉られている。

 信者はゼルサス神へ朝の礼拝を行った後、神殿内の各所に存在する、それぞれの信仰する神の社に詣で、祈りや寄進を行い、日常の生活に戻る。


 村や町には、教会が有り、殆どの教会では人々の生活に密着した、女神エロールが奉られているが、他の神への祈りが出来ないわけではない。


 教会ではエロール女神像の足元には小さな祠が3つあり、そこにエロール信徒以外の信者は神像やシンボルを置き祈りを捧げていく。

 ゼルサス神とエロール女神神は2柱ともに至高神であり、全ての神々の根源である為、全ての祈りは至高神へと届けられる。


 至高神ゼルサス、万能の神・創造神・エロールの弟

 至高神エロール、慈愛の神・生と死を司る神・ゼルサス神の姉

 別名至高二柱の姉弟神であり夫婦神



 火の神や武神、運命神、技能神の他にも、闇の神や死神でさえ、信仰の対象とされ祈ることを妨げられることはない。

 全ての神々は、主神ゼルサスが生み出した神々であり、そこには生み出された意味が込められている為、聖神・邪神の区別は無い。


 様々な信徒が入り混じり、様々な活動をしているが、唯一禁止されていることがある、神殿内・教会内での布教活動は主神ゼルザス信徒にも許されていない。


 神の詔を聞く為に神殿・教会があるのであって、布教など必要なく、誰しもが自身の信ずる神への祈りを妨げられるととはない。



 聖創黎記に記されている一節がある。

 嘗て、廃村にある朽ち果てた教会に、年老いた狗該獣が住み込んでいたが、教会から出る事も無く、礼拝段の前で朽ち果てている姿を、冒険者に発見された。

 教会内や周辺には、人骨や獣族骨が見当たら無かったことから、冒険者に同行していた僧侶は、同行の冒険者の反対を押し切り、信徒の一人として丁重に葬り墓を立てた。

 その僧侶は後に邪教徒との謗りを受け処刑され、その躯は墓にも入れられず野ざらしにされた。


 しかしその後その地には、年中、ブガデの花が供えられる事となった、ブガデの花は夏に咲く真っ赤な花で、地域を選ばず咲く有り触れた花ではあるのだが、秋が過ぎても、雪が降る冬においては、乾燥されたブガデの花が人知れず供えられる様になった。


 その後、話しを聞いた、サフォアン十三使徒のブパセズマ(導く者)とズェーゼ(諭す者)にボッチャテロレン(豊饒)が、ブガデの花が供えられている一帯に満ちる静謐さから、これらは敬虔なる信仰であり、邪でも聖でもない純粋な慈愛であると、認めた。


 全てはゼルサス至高神より出し神々、その掌の中では正邪の分け隔て無しとの一節がある。


 その花言葉は、『喜びを共に』『希望』

 ブガデの花が咲くころ、狗該獣の子が生まれる季節である。


 究極の理では、たとえ子邪鬼であろうと、教会内では一信徒であり、己の信ずる祈りであれば、邪神への祈りでも妨げられることは無く、他に危害を加えぬ限り、討伐されることは無いとされているが、実際に子邪鬼が礼拝に訪れたとの記録は無い。


 神殿・教会への祈りへは神聖視され重要性を説いている。




朝の礼拝にて司教が、信者に説教を唱えていた。

「詩節第3章2節8句、総主は大地の富から目をそらせし、民が享楽に溺れしとも、救いの御手を持っておられる、慈悲に触れる機会を閉じられていないこと、ラルフは説きミリュジオ王への提言と致した。」


 聖典を閉じ、「ルミン」ゼルサスの聖印を画く。

「「「「ルミン」」」」教会に集う信者が一斉にゼルサスの聖印を画き祈る。


 ルミンとは、神の元へ祈りを届けよとの意味となる、祈りや説法の締め括りに唱える聖句である。


「聖歌、オルデノスの4番を共に」

 司教の指示と共に、巨大な管楽器が荘厳な楽曲を奏でだし、神殿内の信者が一斉に歌いだす。



 司教が、静かに議段より下がり、袖に引っ込むと、傍に控えていた、聖巫女へ創世記を手渡し、「モルガン神官長をお呼びして下さい」と一声かけ、すぐさま司教部屋に向かった。

 ※神殿・教会に従属する女性は、神殿では聖巫女、教会では聖姉妹と呼ぶ。


 司教部屋に飛び込んだ司教は、机に纏められた、報告書に目を通しだした。

 暫くして、控えめに剥啄が聞こえ、モルガン神官長が入室してきた。

「司教様、モルガン罷り越しました」

「ご苦労様です、モルガン神官長。報告書の内容に矛盾は有りません、子爵様へのご報告と致しましょう」

「司教様にとって、不利な状況となりますが、よろしいのでしょうか」

「構いません、取り繕った報告致しても、子爵様は既に内容は、把握して居られるでしょう。

齟齬がありますと、中央本殿へも影響いたします。ミスは全て私、マヌーバの責任です」

そうして、司教が封蝋を施した書簡を差し出し、モルガン神官長は、恭しく受け取った。


「馬車のご用意は出来ております、司教様。

 お支度をお手伝い致します。」

 チリンとマヌーバ司教が机の鐸を軽く鳴らすと、控えの間から一般の神官が纏う、黒色の神官服とは違った、濃紺色の神官服を纏った、若い神官が伏せ目がちに入室してきた。


「ディーン神官、御領主様に届けて頂きたい書簡がございます」

 その言葉を聴いたディーン神官はモルガン神官長へ歩み寄り、書簡を受け取り、静かに退出して言った。

 程なく支度を終えたマヌーバ司教は、「急ぎましょう、出来ればエクレット嬢の到着前に、子爵様とご面会を致さねば」



 マヌーバ司教、その名を、

 マヌーバ・グレフォロス・ゼス=オンイ・マイデオール


 モージェスの街の中心地に立つ、ゼルサス神を主神とした神殿を治める、フォルド子爵領内全ての教会のトップだ。

 教皇がおわすゼルサス信仰の総本山、神聖ケッシュ中央神殿総国に於いては、

 大司教位を持つ。



 村や町の教会の神父は、神の教えの説教の他、生まれた赤ん坊への祝福や結婚の承諾、死者の弔いを行い、地域に根付き、信仰を広めている。

 教会には孤児院の運営という側面も持っている、フォルド子爵領での孤児院に対する領民の感情は、他の爵領家とは違い、とても友好的である。


 子爵領内教会孤児院では、その指導において、フォルド子爵の政策が色濃く反映されている。

 その教育施策には聖創黎記書の一節を諳んじ、読み書き計算が出来、礼節を弁えた働き手を育てることにある。

 学力の程は、専門の教育機関に通う子供よりは劣ってはいるが、侮る程の劣り様ではないからだ。

 教会に於いても教育の重要性を承知しており、寄付金の増額や孤児の引き取り契約で、少なくない収益が有り、子爵領内の働き手の質の向上が、より良く発展につながる、孤児も飢えずに育つことができ、三方得となっている。




 そして教会を束ねる存在として神殿がある、一般的にゼルサス神を主神と置き、眷属神の祠を祀っている。

 モージェスの街の中心に位置し、子爵領内の全ての教会の信仰の中心地となっている。

 教会と決定的な違いは、神殿では領民全てに洗礼を行い、加護を与えてきた。



 王族・貴族・平民であれ全てに、その人物の資質に応じた神の加護は顕現する。

 但し、加護をその身に宿せるのは極々僅か、殆どの者が、受けた加護は半年ほどで消え失せる。

 加護を受けた体験は忘れがたいもので、全ての人々は消えた加護は、体内の何処かに眠ってしまっているものと捉えている。




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第十一話 聖創黎記書



さて次回は

木陰で吊るし籠に揺られ、昼寝を楽しむ、ブルダック爺さん。

籠を吊るした幹には、ヒリヒリ毒を持つモウセン虫の巣があった!

静かに風に揺られて過ごす、ブルダック爺さんに、忍び寄る影。

マンデス坊やが、クッサイクッサイ、カヤック棒を爺さんの鼻先へ



次回 「第十二回 ダチュラ姉妹」

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