第8話 アルサトネの光
モージェス神殿の一室。
まだ夜も明けやらぬ早朝、さほど大きくない執務室の中、頭を抱える男がいる。
机の上には羊皮紙が散乱し、石板がうず高く積み上げられている。
コンコンコンと控えめなノックが聞こえた、とたん、勢いよく顔を上げ「入って下さい」と返事をする。
「失礼します、司教様、ご心労頂いております件、ご報告に参りました」
四十代と思しき、神官服の男、が入室してきた、足さばきが機敏で背が高く体格の良さから、警護役も担っているのだろう。
司教と呼びかけられた、男はこの報告を待ちわびていたのだろう。
「報告をお願いします」と先を促す。
「賊によって持ち出された、聖櫃の奪還に成功いたしました、召喚獣ルビンが賊を追い詰め、5人の賊の内1名を捕えております、他の4人は攻防の内シュウメルの懐に入りましたため、ルビンが体内に取り込み持ち還っております」
(シュウメルの懐とは戦いの中で死んだことを意味する。)
それを聞いた、司教がゼルサスの聖印を画き、祈りを捧げる。
たとえ賊とはいえ、死者への祈りは捧げるもの、司教には迷いがない。
「相解りました、ご苦労様でした、シンパの労いを」司教は指先に光をともし、謝辞を述べた。
「司教様、私奴に罰を、聖櫃と共に持ち出された二頭の奴隷の回収が、間に合いませんでした」深々と頭を下げる神官長。
「エロールの指先に触れましたか?」静かに司教は問うた。
「偶然居合わせた平民に連れ去られてしまいました、現場の喧騒は見られていませんが、事後の場を見られております」
「行方は追えていますか?」司教は静かに問い返す。
「はい、遠見が今も見ております、連れ去った者は、ログルの職人です、見つけた奴隷の正体は知らぬ様子、怪我人の保護との善意から、ログルのダチュラに隣接した治療所に担ぎ込んでおります」
「ログルのダチュラの治療院ですか、では、大鷲のエクレットが治療にあたったのですね」
「仔細ご推察の通りでございます」
「大鷲のエクレットならば、彼の奴隷の正体に気づく事でしょう。
モルガン神官長、あなたの静謐になんら罪を負うべきことはありません。
全ては私の軽挙妄動にあります、全ての罪を我が背に」
そういって、司教はゼルサスの聖印を画く。
「モルガン神官長には、お願いが有ります、子爵様へ中天の頃合いに、ご拝謁頂きたいとの伝令を送って下さい」
「ご下命賜りました、直ぐに参らせましょう」
一度言葉を切り、モルガン神官長は言葉を続けた。
「御調査書は、まもなく仕上がります、後程お持ちいたします。」
「
モルガン神官長」
「なんなりと」モルガンはゼルサスの聖印を画く。
「
「自由を知らぬ奴隷に自由をお与えになられては、アルサトネの光に焦がされましょう」
太陽の下で稼ぐ術も知らない奴隷では飢えと渇きに晒されてしまう、明るい陽の中で健やかに過ごすことは出来ないでしょうと、モルガン神官長は顔を曇らせる。
「エロールの御手からこぼれた滴、ダードゥヒの舌とならんことを」
ダードゥヒは闇の神、その舌は長く星々にまで届くと言われる、奴隷となった者の中の更に日陰者だが、運命に翻弄されず、大きく開けた口から伸ばされる舌先に乗り、闇の世界から逃れ幸運を掴みみ取って欲しい物だ、と司教は語る
「司教様のお慈悲は寛大ではございますが、ツクヨリの陰に庇護されてはいかがかと」
ツクヨリとは月の神、月光輝く歓楽街の闇の中ならば、生きていく手もあるのではないか、そちらに逃してみてはと、モルガン神官長は語る。
「モルガン神官長、大鷲のエクレットなれば、早々に動きがあるやもしれませんね」
「調査書を急がせましょう」
「正確に且つ、簡便に、ジュグダの天秤に御使いの羽一つ」
司教はゼルサスの聖印を画き、祈りをささげる。
「何分子爵様への飛び火は避けなければなりません、私は下がらせ
て頂きます」と、モルガンは、静かにゼルサスの聖印を画き、退出した。
神官長モルガン・ゼス、ゼスは司祭格を現す。
聖職者特有の会話から司教と神官長は、あの奴隷姉妹に関わりが有るようだが、
無下に扱うことはないようだ。
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第八話 アルサトネの光
さて次回は
種芋の仕入れの帰りに、珍品を並べている露店で立ち止まったブルダック爺さん。
サーニャの土産にと、一通り話は聞いたがどれもこれも良く判らない。
そこで店主がエイヤとばかりに、懐から取り出した一枚のコイン。
魔法の呪文を唱えると、一度だけ、ひっくり返すことができるそうだ。
興味をひかれたブルダック爺さん、魔法の一銀貨コインが今なら三銀貨で
譲るとのことで思わず買ってしまった。
魔法の呪文は「裏が表で表が裏で」と唱えて投げ上げて受け止めると良いそうだ。
ひっくり返るのは果たして、コインか、コインの絵柄か、世の中か。
効果のほどは如何に。
次回「第九話 セキュアの絆」
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