第7話 バニュダンの気まぐ


~2年前~


 森の中で出会った奴隷姉妹を、朝早くからダチュラに隣接する治療院に、怪我をした姉妹を運び込み助けを求めたんだ。

 ボクらが暮らす平民区からも外れた所にあるので、あまり良い評判は聞こえてこないところだった。

 だけど、素人のボクじゃなにもできはしない、縋る思いで尋ねることにした。



 奴隷姉妹の見た目は余りよろしくないが、ダチュラに隣接してるだけあって、すんなり治療をしてもらえた。

 おまけに身ぎれいにして貰って、見違えるように可愛くなった姉妹を促し、用意して頂いた食卓に着いた。


 何もしゃべらず、表情を殺しているのか、感情が面に出てこない、時折、互いに気遣う素振りをみせるのだが、言うことには素直過ぎるくらいに従う、怖いのだろうか、指先が震えていても表情に出さない、恐怖心を無表情で押し隠している、一体全体なにがそうさせるのかは判らない。


 治療院に辿り着いた時はまだ、薄暗い夜明けだったが、外の風景はすっかり明るくなっている。




「さあ、みんな席に着いたか、皿はあるか、では感謝して食おう」

 医者がが皆を見渡し、食事を促す。

 大きな八人掛けの長木飯台には、短辺の主人席を中心に医者が座り、左に奥様、右に家政婦が座り、ボクは家政婦の隣に姉妹を座らせ、その正面に奥様から一つ席を空けて腰かけた。


「大地の恵みと癒しを賜らんことを。」医者の唱えるフパケリトスの聖句。

「天と地と風よ命育みを。」奥様の唱えるミレーセの聖句。

「一筋の光よ闇を拭い去らん。」家政婦が唱えるトレルバンの聖句。

「火と槌の声を聴かん。」ボクがガルバリコドの聖句を唱える。


 それぞれが信じる神・精霊への祈りを、四人が一斉に聖句を唱える中、姉妹は両手を膝に置き、一言もしゃべらず固まっている。

 ボクは祈りを終えると、ブレッグを手に取り、軽く千切れるブレッグをスイプ汁に浸す、残ったブレッグに腸詰のサウサゲを挟み齧り付く。


「柔らかい、なんて柔らかいブレッグだろう」

「そうかい、ありがとね、アタシの手焼きだよ」

 家政婦が、ニンマリと笑い、嬉しそうに食事を続ける。


 奥様がちぎり野菜盛を取り分け、姉妹の前に小皿を並べ「たべなさい」と、ゆっくりとした口調で姉妹に食事を促す。


 姉妹は、胸元で拳を合わせ、両親指の関節を額に付けると、深く頭を下げ、ブレッグに手を伸ばした。

 姉はブレッグを小さく千切りスイプ汁に浸し、汁を飲みながら、時折指でブレッグを突いている。

 妹は、ちぎり野菜を手づかみで食べ、スイプ汁をコウコクと飲み干した。

 ブレッグやサウサゲには手を付けてはいないが、満足げに微笑を浮かべる。


 姉はふやけたブレッグを指で口に入れ、スップ汁で流し込む、それだけで満足したのか、再び合わせた手の両親指の関節を額に付け、感謝を表した、相変わらずなにもしゃべらない。

「おや、もういいのかい?サウサゲも頂いてもいいんだよ。」

 姉妹は笑顔を浮かべ、ニッコリした、初めて感情らしい表情を出した事に驚いたが、更に驚くことがあった。


 妹の前歯が上下4本抜けている、姉の口には歯が無かった。

 いや上下の奥歯が二本づつで合計八本しかない。

 ボクのその驚きを見た姉妹は、再び表情を消してしまった。



 奥様はなんでもないかのように、「スイプ汁が少し余っているわ、お代わり入れてあげる」と姉妹のカップにスップ汁を継ぎ足して、二人の前に並べていく。


 ボクは事態が解らず、医者に向かって小声で、「歯を売られたんだろうか」などと聞いてみた。

 途端に医者の眉間には深い皺が寄り。

「そんなんじゃねーえよ。そんな目的の為じゃねぇ」と絞り出すように答える。

 家政婦の表情は変わらないが、目に青い焔が見えるような、底冷えのする眼光に、ボクは怯んでしまった。



 姉がカップの底にへばり付いた葉野菜の欠片を舌先で舐めとろうとしている仕草を見て、いきなり理解した。

「ああ、な・・ん・て・・・」握りしめた拳の爪が掌に食い込む。



 医者は、突然明るい声で姉妹に話しかける。

「飯はうまかったか?腹が膨れたら、眠くないか?夜通し起きてたんだろ、少し眠りなさい。」とゆっくりと諭すように話しかける。

 家政婦が姉妹の椅子を引き、二人の手を引いて、診察室へと連れて行き、ベッドへ寝かしつける。

 ほどなくして、姉妹は深く眠ったようだ。



「お代わりのスイプ汁にスイニンの根の汁を入れたから、暫く起きてこないわ」

 奥様がニッコリと微笑みながらボクに語りかける。

 他の二人も解っていたようだ、黙々と朝食の続きを食べている。



 食器の片付けられたテーブルで、「さてと、次の手を話す前に、お前さん治療費は払えるんだろうな。」と医者の言葉。


「ああ、踏み倒すつもりはないが、相場が判らん、今まで医者にかかったことがないんだ、野生のチドメグサを擦り込むか、ハラクダシを磨り潰して飲むくらいしかしたことがない。

 今は仕入れ金があるから、これで足りるなら、全額払う、金貨四十に、大貨五十と小貨が百、あとはガラガラが一掴み」

 奥様が、書き込んでいた木板を見ながら、請求額を読み上げていく。


「そうね、治療費に金貨十六と衣装代に大貨4枚と薬代十四日分で大貨14枚と食事代と湯浴み代と身支度代で小貨12枚って所だね」

 ボクは順番に貨幣を積み上げていく、医者にかかるって凄く大変なことなんだなと、改めて身に染みたよ。

 奥様は、一山ごとに確認しながら、箱に詰めていった。



「うん、あんたの誠実さは伝わったよ、細工物師だってね、今度品物持っておいで、気に入ったものがあったら買い取ってもいいよ」

「ありがとうございます、まだまだ”矢床”の駆け出しですが、お客様になって頂けるような品物を持参致します」

 金貨26枚分に相当する金額を、仕入れ代金から支払っていく様を、家政婦も医者も黙って見ている。




 食器の片付けられたテーブルで、「おっし、ほんじゃ、まっ、次の段階に移ろうかね」医者は仕切り直しとばかりに、パンと手を打って話を戻していった。


 医者の言葉を皮切りに。

「こっからはあんたの性根がためされるからね、しっかりやんな」と、奥様。

「訳も判らないなりにも、手を伸ばしたんだ手放すんじゃないよ」と、家政婦から発破をかけられる。



「で、お前さんは、どこまで理解できている?」

「腹くくったよな。」

「もう引けないわよ、逃がすつもりもないから」

「攻め場所を絞らねえとな」

「どこまで巻き込む?」

「子爵んとこには、話し通しとかねぇとな」

「一個ずつ気になるとこ挙げていこっか」


「こりゃ、どこかのボンボン貴族だけじゃないね」

「恐らく、大富豪のジジイ共辺りかと思えるが、にしちゃ、ボロ出しすぎだな」

「なら、商人か商館あたりも怪しいな」

「カイルの商人の荷馬車が増えたようだが」

「「「カイルっていや、グラバリア商館!!」」」

 三人がいきなりてんでに嵐のように話だし、ボクは聞くだけで、まったくついていけてない。

 誰の台詞なのかも、聞き取るだけで判別できないくらいの、情報量だ。


「グラバリア商館はカリューグ男爵の贔屓だろ、堅実派のカリューク男爵が、交雑配種の奴隷と関わってるとは思えねえ」

「貴族のお屋敷から、奴隷を掻っ攫うとなると、賊の規模がデカ過ぎないか?」

「となると、貴族の下げ渡しの対応に追いつかず、止む得ず交雑配種が増えた?」

「男爵家四男のダリグなら?」

「グラバリア商館の三男が、ほれ「ドリグ熱に掛った時に、「カリューク男爵経由で、フォリジョイン聖国のメタリア草と「ゴルバの実と千虫熱鳴犬の臓腑を融通して貰って、」命拾いしたって聞いたことあるぞ」


 三人が三様に言葉を繋ぎながら、一つのエピソードを語る。

「男爵の四男ダリグか、グラバリア公相手に絵図が書けるとは思えないんだけど、女癖の悪評はあるけど、生来小物でしょ、猟奇さは持ち合わせてないんじゃない」

「商館とは限らんが、奴隷がそこそこ関わっていそうだが、目立たず抱え込めるとなりゃ、豪農か」

「どこがある?」

「サルチャス農園ぐらいだが、方向が違うな、見つけた森の位置から、カイルからベンソン方向、更に北西方向だろうな」

「カイルにベンソン、その先はモージェス」

「あの子達には聖護印が掛けてあったわ」

「「「・・・・・・」」」

三人が顔を見合わせ一瞬の沈黙に、すかさず、話しを振る。


「あ、あの、あの子達を見つける少し前だけど・・・」

「賊をみたのか?」三人が一斉に視線を向けてきた

「いや、見てない、隠れてた身を潜めてたんで見てないが、大型の獣の咆哮と、複数の人と争う声、剣戟、大型の金属の何かを運ぶ音が聞こえた、血の後はあったんだが、死体も何もなかった」


「「「!」」」


「大型の獣だと、森の外延部に大型獣が居たとなると、話しは変わってくるが、賊の会話は聞こえなかったか?」

「『荷は捨てろ、街道に抜けろ』とは聞き取れた」

「追っ手の襲撃は、判っていたような気配だな」

「召喚獣か保護獣、奴隷は囮か、捨てたまま見向きもせず」

「街道に抜けて、振り切れると踏んだんなら」

「やはりモージェスの、神殿・・・・・・か」

「なんで、神殿って教会がからんでると?」

「平民には知られていないか、神殿にも召喚獣や保護獣がいる、追いかけていくが街道に出たものには手を出さない。」

「どれ程凶悪な野盗を追っていても、無辜の民を巻き込まないようにね」

「神殿の保護獣だって!!??神殿がそんなものを飼ってるなんて」

「はぁそっからかい、おいおい、神殿に行ったことないのか?」

「いやある、洗礼を受けたし、加護も貰った」

「なら居ただろ、入口の神獣二体に屋根に四体、ゼルサス神の足元に1体」

「像だろ?」

「像だよ」

「あのでっかい石像の?」

「見てるじゃないか」

「見てたよ、触ったよ、ペチペチしたよ」

「尤も、神殿の石像は、守護獣だがな、戦争でも起きない限りは、動いたりはしないがね」

「動く・・・」

「まぁ今回のは、規模から推測しても、葛篭か金庫にでも仕掛けられた保護獣ってところだろう。

 保護獣ってのは、貴族や富裕層ではごく一般的なものだ、ただ神殿のと違って、獲物を取り戻すか破壊されるまで、執拗に追いかける」



「今回賊が街道に逃げ出せたんなら、神殿の保護獣が濃厚ってことだ」

「逃げ出せたのかどうかは解らん、直ぐに争う物音が止んだからね」

「それじゃ貴族や商館って線も残ってるな、一気に噛み殺して、死体事回収したんだろうな」

「あの子達、籠に入れられてたって?」

「そうだよ、エギラの蔦の鳥籠みたいな格好した蔦籠に入れられてた」

「ルグリダッチの鳥籠だとしたら、やはり神殿じゃねえか」

「おかしいだろ、教会が奴隷を所有してるなんて聞いたことないよ。

 交雑配なんて火あぶりになったりしないかい!」

「んまぁ、いろいろ思い込みはあるようだが、火あぶりなんてねぇよ。

 神殿が絡んでるとなると、ジュグダの天秤は、エロールの左手とでるか、リリアの鎚とでるか」何故か奥様の表情が緩んだ。



「案外、あんたが投げたガラガラの数だけ、こっちに傾いてるかもしれないね」と、家政婦はニヤリと笑う。




************************************* 

第七話 バニュダンの気まぐれ


さて次回は

畑に種をまくブルダック爺さん、種を蒔いてはガオーと吠える、

種を蒔いてはガオーと吠える、

近づくガーガーを追い払うため、吠える爺さん、その姿を余所に

そっぽを向くガーガー

一畝一畝種をまき、土をかぶせていく、蒔いた種を、後ろから近づく

ガーガーが穿る、今此処にガーガーとの孤独な戦いが始まった。

ブルダック爺さんの種は実を結ぶのか。


次回「第八話 アルサトネの光」

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