ジェグダの大天秤

第6話 ここからの始まり



 日差しが差し込み明るくなって、ベッドの中で微睡んでいると。

 階段を上がってくる軽快な足音が聞こえてくると同時に、押し潰された野太いガラガラ声が、ボクを起こしに来る。

「旦那様~、旦那様、朝食事が出来たましたよ、起ギデ下さい、朝食事が冷えてします」

「ああ起きるよ、おはよう、エリアル、今日も元気いっぱいだね」

 ベッドで上体を起こして、伸びをする。

 扉を開けて、肩口で切りそろえられた灰色髪の小さな顔がひょこりと覗き込む。

「大丈夫、起きたから、直ぐに着替えて降りるよ」そうボクは返事をした。

「ん、起きたるね」ボクが起きたのを確認すると、ひょこと顔を引込め、階下に降りていく足音が聞こえる。



 ガラガラ声で、舌足らずな喋りをしていた子はエアリル。

 もうすぐ”山の歳”になる。

 スラッとした細身で肩口で切りそろえた髪が、大人びた顔立ちの印象を与えている反面、幼さを感じさせるぎこちない動きがアンバランスな危うさを与えている。

 瞳が大きくキラキラしていて緑と金の虹彩異色の女の子だ。

 身長をこないだ測ったら、一テルメ半になっていた、おしゃべりが大好きで、とても明るい子だ。


 潰れた喉から声を出すには、相当体への負担が大きいはずなのに、ニコニコしながら、とても楽しそうだ。

 初めて聞いた人は、ギョッとする、あからさまに避けていく人もいるんだけど、本人は全く気にしていない。

 印象的な瞳の虹彩異色が、物珍しいこともあり、心無い人から罵られることもあった。

 だけどそんなことでは、アリエルは表情を曇らせはしなかった。



 この町にも冒険者が立ち寄ることが増えてきたこの頃では、潰れた喉の声でも、臆することなく、明るく喋るエリアルに冒険者は好意的だ。


 冒険者だと怪我が日常で已む無く、欠損した部位がある者もいる、声が可笑しいくらいで卑屈にならずに、明るく喋り、人の話をキラキラした瞳で聞いている。

 同じ話を何度何度も聴かされても、初めて聴く様なキラッキラッの瞳で聴いてくれるエリアルは、今やこの界隈の冒険者からの評判も良く、好意的で、さりげなく庇ってくれる人までいるようだ。

 愛嬌のある笑顔が人気で、嬢、姫、愛し子と好意的な呼ばれ方をしている。

 エリアルの人脈の広さは驚くばかりだ・・・。



 とまあ、思いを巡らせているうちに、ボクの体制も整ってきたことだし。

「よっと」、勢いをつけ布団を剥ぎ起き、着替えに掛る。

 まあなんだ、朝っぱらから女の子に、毛布を剥ぎ取られるわけにはいかない健康状態だったので、呼びにきたら起きておけば、今日みたいなやり取りでやり過ごせるって寸法さ。


 夜着を脱ぎ、長袖シャツを着てと胸当てズボンを履いて、靴に足を突っ込み、小机に用意してある、水盥で顔を洗ったら、階下の便所で用を足し台所に向かう。


 台所のテーブルの上には、焼き立ての円形平ブレッグが並べられて、小ぶりの焼けたサウサゲ腸詰肉が二本づつ乗っている。

「サリシュ、おはよ、手伝おうか?」火から下ろした鍋に大きめのお玉を使いスイプ汁をカップに注いでいる、背の小さな女の子に声かける。

「大丈夫です、出来ます。」そう言って、黒い瞳を大きく見開いて、スイプ汁の注がれた3つのカップをトレイに乗せているのは。


 サリシュ、”月の歳”の女の子だ、身長は1テルメ三十小柄で、腰まである柔らかな黒髪を大きな三つ編みで背中で纏め、青いリボンを後頭部に着け、三つ編みの先は白い布で包んでいる。

 ”水の歳”を過ぎてからすっかり大人びて、モスグリーンのワンピースがひらりと揺れる。





 ボクの名前はカンド、住んでいるのは、グログル王国北部隣接地帯フォルド子爵領西部地区に位置するログルっていう小さな町だ。

 町の南側に奇麗な湖があり、フォルド子爵様の御静養邸がある。

 さっきの子達は三年前に出会って、二年前からボクの助手をして貰っている。

 ボクはこの町で小さい工房を構えて、細々ながら細工師を営んでいる職人だ。

 二十一歳の若輩とはいえ親方なんだ、大きな商いはないけど、正直な商いをしていると自負している。


 ボクがこの工房を開いたのは、まだ十七歳の時だった。

 物心がついた時から、孤児院にいて、読み書き言葉づかい計算を習い、空いた時間で木彫りの小間物を作っていた。

 そんな時孤児院のバザーで親方に見いだされ、”水の歳”から親方に仕込んで貰い、”人の歳”の時に仕上げた銀細工で、”金床の資格”を頂いた。


 ”金床の資格”があれば、お客さんの依頼の相談に乗ることが出来るようになり、依頼品の試作品を作り親方に提案することが出来るようになる。

 単独での受注生産はまだできないけどね。


 何度も何度も試作品を潰され、投げ捨てられながらも、幾度も幾度も作品をつくった。

 十七を半ば過ぎたあたりで、”矢床の資格”を頂けた時には、凄く嬉しかった。

 店にボクの作品を並べてもらえる様になるから。

 一人前の仲間入りだ、この後も精進を重ね”鎚の資格”を頂けたら、押しも押されぬ一人前の証だ。




 工房には兄弟子が四人と弟弟子が三人いて、”矢床の資格”以上を頂いたのは、ボク以外では一番兄と二番兄のお二人だけ、工房での三番目の職人として、名前が掲げられた時の感動は、今でも思い出すよ。


 だけどこれからってときに、親方が仕入れの途中で山中の地崩れに捲き込まれて急死してしまわれた。

 慣例に従って一番兄が工房を継ぐことになり、この時に、”矢床の資格”を貰っているボクには三つの道があった。



一つ目は一番兄と新たに師弟関係を結んで工房で働く。

 飯と仕事と寝床の心配はいらない、給金か小遣いはもらえる。


二つ目は、一番兄の印可を得て兄弟工房を持ち、下請け作業を請け負うのが主な仕事になる。

 仕事はそこそこ回して貰えるて、ある程度の収入は得られる筈だ、ただ新規のお客さんを得たり、弟子を持てるようになるには、相当な腕と努力がいる。


三つ目は、工房を離れ独立する、仕込んでもらった親方工房からの完全独立をすることになる。

 ただ、親方工房から離れた”矢床の資格”程度では、知名度もなく商人は相手にもしないだろう。

 商業ギルドに持ち込んだところで、販売委託などできず、出来の良し悪しに拘らず、十羽一絡げで引き取ってもらえたら、御の字だろう、銘も打てず一籠いくらの世界では材料費も稼げない。


 雑多売りの中から、客が気に入ってくれたとしても、銘がないから、客から注文が入ることも難しい。


 だけど、あえて独立を選んだ、一番険しい道だろうけど、自由はある、思い通りに作る自由、材料を吟味する自由、投げ出す自由もね。




 一番兄との仲は悪くないんだが、三番兄と四番兄の二人の兄弟子を飛び越して、”矢床の資格”を頂いただけに、工房内の序列で一悶着ありそうだったので仕方ない。

 二番兄にはそれらを含めて、腕一本で跳ね返さなきゃ、肩書き持っただけのガンダダ未熟者のままだぜと言われたんだけどね。


 独立して工房を開く際の登録料は、親方工房を出る際の選別金として、一番兄は出してくれた。


 

独立した以上、自分で”槌の印可”を出すことも出来なくはないが、独立したから”槌資格”同等だなんて、誰も認めてはくれない。


 じゃどうすればいいか、工房を廻り、外弟子をとってくれる親方をみつけるか、ギルドからの直接依頼を受け、限定での槌資格を貰うかだが、どちらも途方もなく銭がかかる、外弟子なんかになったら、一生家畜同然になっちまう、独立した意味がまったくねぇ。


 工房内で地道に作品を作って、銘は打てないが顔は売れる、そうやって買ってくれる客を掴み、マウマウ(メシの稚拙語だが下町言葉として成人後も日常的に使われる)を食っていける事が、日常になってから、数年もすればギルド審査を受けて、”槌印可”の登録審査に合格すれば、堂々と”槌の資格”を看板に上げられるだろう。

 尤も親方印可とギルド印可では、どうしてもギルド印可は下に見られてしまい、デカイ商売はできないだろうが、食っていけない事はないだろう。




 そんな先の見えない時、子爵様の街道事業へ参加することにした。

 弟子の時代には、街道整備が始まった話がアチラコチラで聞いてはいたが。

 工房に住み込みの弟子では、参加出来るような時間はもちろん作れ無かったが、整備されていく街道の様子を飯屋の噂話で聞くのが面白かった。


 そんな街道事業のこぼれ話を聞いていたもんだから、売れない工房で燻っているより、細工物を身に着けて街道整備をすれば、どこかで誰かの目に留まるかしれないと思い、力仕事にも精を出した。


 街道整備を始めて10日ほど経過したあたりから、日当が出るようになった。

 小貨5枚だったが、とても有り難かった、無給だと思っていたが、子爵様のセイサクでは銭が支払われると知った、十日程度は試験期間らしい、続けていたら、さらに十日後に試験期間中の賃金として大貨が一枚追加で支払われた。


 正直工房にいるより儲かった。

 親方になってなかったら工房外の仕事は出来なかっただけに、毎日毎日街道整備に出かけた。


 銭を貯めて、行商に出るために荷車を買うんだ、商業ギルドとの取引や地べたで路地売りするより、材料を仕入れに出かけて、仕入れついでに売り歩く、人の声や町の声を聴かないと良いものは作れないと、親方は日々言っていた。




 大貨や小貨っていうのは、この王国内の貨幣だ、種類が多いけど、一度覚えてしまえば、難しくない、教えてあげるよ。

 小さい方から。

通称ナマリ(一鉛貨)、ゴマセン(五鉛貨)、マメセン(十鉛貨)、

ジャリセン(五銅貨)、アカセン(十銅貨)。

ここまでをひっくるめてガラガラって言ってる、駄賃や教会の寄付銭とか宿や、飯屋のビブ心付けにに使われたりする、補助通貨としての役割のほうが強い。


 そして、小貨(一銀貨)、大貨(五銀貨)、金貨の順、通常通貨はここまでが使われている。


 この上に、純金貨って言われるセリマンがあるけど、ボクはめったに使わない、一枚で金貨十枚分の価値があるから、落としたり失くしたり、奪われたりしたら、大損害だしね。


 貨幣の価値は、金貨一枚=大貨二枚=小貨十枚

 小貨一枚=アカセン十枚=ジャリセン二十枚=マメセン百枚

 マメセン一枚=ゴマセン二枚=ナマリ十枚


 数が多くなるとボクが数えられないから、刻ませてもらったよ。

 ブレッグが1個でだいたい二十銅貨アカセン二つってところかな、グデ汁一杯でアカセン三つ辺りが相場だ。



 貨幣は金貨以上の価値のあるものは、王国では作られていない、贋金が出回ると大変らしいから。

 セリマンだって純金貨と呼ばれてるけど、同じ大きさの金より軽い、ただ、加工の緻密さから王歴の長い歴史の中でも偽セリマンが出回ったことはないんだ。


 セリマンは王暦1100年記念式典から発行されることになった新しい貨幣だけど、この子爵様の領内の市民街では殆ど流通もしてないらしい。



 取引の時にも、せいぜい金貨を持ち歩く、ズッシリしているから、大量には持ち歩けないので、自衛にもなってる。

 貨幣にはそれぞれ特徴があって、手探りでも分かるんだ。

ナマリは2ソッテの円形(ソッテは長さの単位)。

ゴマセンは2ソッテの穴の開いた四角。

マメセンは豆型をしている、ジャリセンは四角で、アカセンは六角形。

小貨は3ソッテの八角形で、大貨は3ソッテ5の縁無しの丸形。

金貨は丸くて縁取りしてある。



 それぞれ表面の中央に1、5、10の数字が刻印してあるほか、裏面には様々図柄が描かれていて、地方領主の依願貨幣とか年代によって小貨だけでも何百とさまざまな図柄が描かれている

 尤もガラガラは擦り切れて良く見えないし、形で見分ける習慣が付いている。

 貨幣の形状と色は切り換えられてないので、図柄なんて関係無しに、暗闇でも手探りだけで貨幣を判別できる。


 平民の大半は文盲だし、見えない人も居るから、文字や数字が読めなくっても、店先の値札には、四角が四つとか、六角形が二つとか書かれてると、それを出せばいいんだ、簡単だろ。

 偶に小貨とか大貨とかから、釣銭貰うときには一枚づつ掌に落としていって、貰うんだ、なので子供の時分にガラガラ位は見分けつけられないと、誤魔化されても大人には知らん顔されちゃうからね。


 ナマリやゴマセンくらいの多い少ないは良くあることで、釣銭にしたって小銭はビブとして勝手にとられて出してくれないことも良くある。

 どうしたいかは、相手との交渉次第だね。



 あと、セリマンだけは、数字はなく裏表共に初代女王様の横顔の絵が、画れている。

 セリマンは純金貨の名前で、勿論の事女王様のお名前ではないってことは判るよね、恐れ多いから。


 

 セリマンの由来は、『美しく高貴な花』を意味していて、『日輪の左辺に属する女神』に由来しているんだ。

 初代女王様って王歴六年、成人をお迎えした”人の歳”十六歳で、初代王アルジェス=デュヌバ様と、ご成婚なされて、わずか八年後に王都を救う大きな奇跡を起され、お命を亡くされたそうだ。


 王歴(統一暦)十四年の冬、花の月。

 正史(大陸暦)では六九一年。

 皇紀(神聖暦)では九九九年の事だ、そうだ。

 今からざっと千百四十四年前だな。


 そのお姿は大した美女で、肖像画が王都の凱旋門に掲げられていて、肖像画に見惚れて動けなくなる人が未だにいるらしい。

 ボクはまだ王都になんて行ったことなくって、セリマンの横顔でしか女王様のご尊顔を伺ったことがないんだけど、とても美しい肖像画だよ。



 随分横道にそれちゃったけど、話を戻すと。


 街道整備で季節が巡った頃、作業も一段落したし、工房の火入れを再開して、隣村にいる知り合いの鍛冶師の所に行く途中で、あの子達に出会ったんだ。


 その時のことは、今でも鮮明に覚えている、大切でとても長い一日だった、ボクの勇気と運を最大に使った日だった。



 王歴1168年 正史1845年 皇紀2153年 初夏牡鹿の月

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第六話 ここからの始まり


さて次回は

粉ひき小屋の臼の調子が悪いと、修理をしているブルダック爺さん、

回転歯車に楔を噛ませて、ブレーキを掛けている。

止まった臼の歯車の歯の削れ具合が気になる様子、トンカチ片手に

トントントントン位置合わせ、当たりがついたのか、満足げに試運転

あ、主軸と歯車を固定しているピンが一本抜けてるよ


「第七話 バニュダンのきまぐれ」

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