第5話 まずは飯でも食おうや



「あんた、孤児院育ちだろ、聖創黎記読んだことないのか?

 聖創黎記にも、しっかり書かれているだろ奴隷の存在が、『主の慈悲の基、奴隷が付き従い、主の手足となりて主を助け、主の目と耳を助けんと身を捧ぐ、汝の魂を主の傘となりて守り抜かん、これ誉なり』とな、そのころから奴隷は居て、扱いは何ら変わってない。

 聖書に編纂されても奴隷の記述は同じだ。」



「けど聖創黎記の奴隷だって、『子を産み育て主の働き手となり』って、人としての範疇を出ていない。」


「んなもん、扱い方次第でいくらでも変わる、法じゃないんだからな、だがな交雑配奴隷ってのは、法の外にいる、人の良心も及ばない、存在さえ認められず所有したところで、咎められることはない、褒められたもんじゃないがな。

 奴隷として登録されることはない、しかし所有権はある。」


「まるで動物じゃないか」


「ああその通り、動物だぜ、人も妖霊族も獣族も何でもありだ、いろんな血が混じった混血だけに、生きて生まれるなんて奇跡だ。

 長生きするはずがない。五体満足で、知能を持ってるなんざ。

 奇跡だよあの子達は」


「けど生きてるよ、互いに思い遣り持ってるよ。」


「そうだろうよ、見りゃ判る、奇跡なのは、知性があることがじゃねぇ。

 生きてることが奇跡なんだよ、そもそも受胎出来たことが奇跡なんだよ。

 わかるよな」


「人族と獣族と妖霊族の生体の違い・・・」


「そうだ、身体能力どころか寿命まで違う、同じところっちゃ、生殖機能くらいのもんだ、それにしたって、排卵周期も妊娠期間も違う上に生体拒絶もせず、受胎できる筈がねえんだよ」


「・・・・・・・・・」


「なのにアイツ等は生きて、ここに辿り着いた・・・。

 混血は人族同士で行われるもので、獣人や妖霊族との間には成立しない、始まりの種が違うんだ。

 人族同様の二足歩行を始めた獣族の祖先は、人族の祖先と、交じり合うことのない種族的な根源が違うため、混血はあり得ない。


エルフやノームやドワーフの精霊族は、人族との見かけが変わらないが

身体的特徴が部分的な違いないことから、混血はたやすいと思われがちだが

そもそも種族的な寿命が違う、人族は約80年獣族は約60年

ドワーフでは500年 ノームは700年 エルフでは1000年もの

長寿を持つ、体の老化速度が全く違う。

 奇跡的に受精しても、母体での成長途中で流れてしまったり、人の形を保ったまま生まれることがなかったはずだ。

 歴史上種族的混血と知られた存在は記録されていない。

 ただな、あまり知られてないが、人族のみ種族的な根源の違いを乗り越えて、受胎する、生れ出ることもなく死んでしまうがな。」


 獣人は受精可能時期がほぼ決まっている、さらに3~5の多頭出産し、未熟児出産であるため、死産や成長不振が多く人口低下が緩やかに進んでいる。

 妖霊族はマニシの印を迎えるのが生後2~30年前後だが、周期が3~5年程度の不定期で迎え、個別生活を主としているため、つがいで生活する習慣がない、種族的破滅は顕著に進んでいる。


 人族の種族的特徴として、年中発情状態であること、寿命60年にも関わらず受精可能となるマニシの印が10~50歳まである、国が安定すると

ともに、人口の増加が加速している


「こんな煉監獄があっていいはずが・・・・・・・。


 ど、どっから奴隷なんて集まるんだ」



「あ?ああ?ああまぁ、んー奴隷市が盛んなところだと、惨殺遺児・人浚い・戦争孤児・借金・犯罪逃亡者とまぁ、いろいろな処から集めたり、捕まえたり、浚ったりだが、そいつら全部がダチュラ救済事業として、奴隷事業が成立している。」


「ダチュラ救済・・・って、出所はカドワカシだろ平民の、被害者。

 なんでダチュラ救済なんてことになるんだ」


「そりゃ、ダチュラで一旦生活させるからだろ、ひと月かふた月。

 ダチュラに閉じ込められてから、救済事業団が錦の御旗掲げてやってくる。

 慈善事業に保護政策と一纏めにして、本物のダチュラ以外を綺麗に選別してな。

 微笑みながら引き揚げていく、それを奴隷商人が買い取り、販売される。」


「っ、ここは!ここにもいるのか。連れてこられた人達が!」

「まさか、ここにはいないよ、純然たる貧民屈ダチュラだ、本物のダチュラは奴隷にさえ成れん。

 だから、この町、いやこの子爵領の平民には奴隷制度の歴史の存在は知ってはいても知られてねぇんだ、現存の奴隷って存在そのものがな。」


 衝撃がでかすぎる、頭ン中でグワングワン鐘が鳴っているようだ。

考えが纏まらないってより、話を受け止めきれない。

今まで知っていた日常が、違うものに感じてしまう。


「うっく、うっぷ、、、」また吐き気がおそってきた。

「あああ~あ、なんてこったろうな、首突っ込んできたわりには、自滅かい”バルチェの貧民”みたいな女連れて来るくせに、覚悟も何にも持っちゃいない。

 何にも考えなしに人助けしようなんざ、酷いことしやがる、無責任だ。」


「っ!無責任!?目の前で死にそうな子供に手を差し伸べ「アホウ!!だから無責任だってんだ。お前!ここのダチュラの餓鬼共を見て来たんだろ、助けようなんざ思いつきもしねぇでここまで来たんだろ。

 欠損した幼児や裸の餓鬼、餓鬼腹で寝たきりの餓鬼、なんにも見えてないじゃないか、ここの餓鬼共には、同情心さえ芽生えなかったんだろうが。」」


 医者はボクの言葉を遮り、怒鳴り、言葉をつづけた。

「なにがタエリテリナの王子様だ、セロリステンの作法だ。

 ダチュラの住人だからしかたない、ダチュラの奴らはって、違うか?

 だったら、ダチュラから離れて、街道でくたばってたら、お前、助けたのか?

『ダチュラが出てくんな』とかって、思うだけだろ。」


「・・・・・・」言い返せない


「いつも通りの反応してたら、アイツ等だって、連れてこなかった筈だぜ。

 なんで連れてきた?」


 矢継ぎ早に投げかけられる言葉に打ちのめされる。



「何が目的だ、何がしたかった、女だったからか助けたのか、ゲスいな。

 アイツ等には・・・残酷だぜ。

 与えて貰えることもなかった、人からの優しさを知っちまった。

水を貰い、抱え上げられ、温かい家の中に入れて貰えた、あの子達にとっちゃ十分な夢の世界を見せられたたんだ、どうすんだこれから」



「・・・・・・」頭ン中真っ白だ、言葉が出てこない、ゴンゴン音が響いている、

立っているのか、座り込んでるのか、目に映るものが何か理解できない。


 医者が静かに言い放った。


「元の場所に置いてくるんだな」


「!!!!」オイテクル?オイテクル、オイテ、はぁ!バカな!

 置いてくるってなんだい!

 置いてくるって、オイテクル、オイテ・・・オイテ・・・・・・・・・



「あの子達は、お前を恨んだりはしない、恨み方を知らないだろうよ。

 元々、絶望しか知らない世界で生きてきたんだ、一時の出来事なんざ、その他大勢の絶望に飲み込まれていくだけだ。」

 医者は荒々しい言葉から静かな言葉になって話を続けた。


「あんたは、何にも変わらない日常に戻るだけだ、俺達だって忘れる、覚えてたって何にもいいことない、誰かに話す程の、面白味もねぇ、あんたも、俺たちもあの子達も元の世界に戻るだけだ、簡単だろ」


「・・・・・・フルフルフル・・・」力なく首を振り続ける。



「ホントにどうしたかったんだ、何が出来ると思ったんだ、どんな結末を考えてたんだ、何の目的があったんだ、所詮、一次の英雄気分にでも浸ったんだろ。しょうもない」


「どう・・したい・・かなんて・・・考えて・・なかった・・・・

 英雄的気分は・・・あったのかもしれない・・・。

 何にもできないくせに、臆病な癖に、知恵も勇気もないただの細工師なのに。

薬使って貰って治療して貰って、その後・・・何が出来ると思ったんだろう。」



「・・・」医者は黙って見ている。


「なんにもできないよ、なんにも・・・だけどあのとき、あのとき、あの時!!!

涙をでぐしょ濡れの顔も拭わずに、一心に妹を心配しながら、手を伸ばしたいのに

呪縛に掛かってるかのように、身じろぎ一つ許されないかのように、立ち尽くすあの子を!あの子のあの泣き顔を見てしまったから!!!

   助けたいって思ったんだ、あの場所から、そうだよあの場所から、引き離したいと思ったんだ!どこにいくかとか、その後の事なんて考えてなかった。

 何も。


 ただただ、なんとかしてあげたいって思ったんだ・・・それだけだよ・・・。

 ・・・巻き込んですまない」


 一気に捲し上げ、言葉尻がしぼみながら言葉を結んだ。

 荒くなった呼吸を整えようと大きく息を吸い込む。


 暫し沈黙が訪れたが、医者は静かに話し始めた。

「・・・ならば、戦え。あの子達をなんとかする方法を勝ち取れ、戦え。」

 視線を上げて見た医者は、本気の目でそう言った。


「た・た・・かう。なにと・・・どこで・・・だれと・・・たたかう・・・?」

 町のいろん人達の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

 なんだかすごく大きな暗闇が迫ってくる、圧倒的な闇が襲ってくる、息ができないくらい、苦しい、すがりたい何かに。


 ボクは何ができるんだ、潰される、押し潰される、その時真っ白な光が一筋。

 ボクを照らしていく、柔らかい、温かい、細い光が。



「カアサン・・・・」

 淡い一筋の光が、全身を照らす明るい光に広がり、ボクを包んでいく。


 一瞬の内に視界が戻る、元の医者の家の中、辺りを見渡すと、肘掛椅子に座り黙って見つめる医者と、女が四人、二人はこちらを黙って見ている、奥さんと家政婦。

 顔を伏せて佇む少女が二人。



「落ち着いたようだね、決まったかい?」奥さんが聞いてくる。

「キマッタ?」呆けた声で聞き返す。

「いいさね、応えなくって、あんたの腹ん中で収まりがついたなら、それでいい」

 奥さんの言葉で、何かがボクの中でカチリと嵌まった。



『カアサン』って聞かれてしまったのだろうか。

 なぜか彼女達に目を向け見渡してしまう、家政婦は親指を立ててニッと笑った。



 医者が静かに語りかけてきた。

「冒険者やってりゃ、命の遣り取りのその瞬間や、どうしても切り捨てなきゃならない決断の時、自分の胸の中の奥底からの声が漏れたりするもんさ」

 そんな事もあるさと「気にしない気にしない」そう言って家政婦は部屋を出ていく。


「お腹空いてないかい、朝ご飯たべていきな」

 そういう奥さんが少女達に語り掛ける。


「ま、朝飯でも食いながら、作戦考えようや」

 そう言った医者がポンと、僕の肩をたたく。



 そういや、その二人、連れてきた姉妹かい。

 見違えるような姿に、ほーっと見てしまう。

 姉の方の煤けた顔も、黒ずんだ手足の汚れもなく、ザンバラに毟り取られたかの様な髪の毛先が揃えられ、淡い緑のワンピースを着ている、胸元の白いレースが愛らしい。


 妹の方も手足の汚れが無く、淡いピンクに血色が戻っている、髪がサラサラだ。

 なんて細い髪の毛だろう、青いリボンが結ばれている薄い黄色のワンピースが、良く似合っている。


 二人の元に歩み寄り、両膝を着いた姿勢で視線を合わせたら、思わず口をついて出てしまった。

「可愛いよ、良く似合ってる、とても可愛い」

 二人を交互に見ながら、褒めていた。


 なのに、いきなり姉妹の表情が消えた、え?どうした?

 諦めきった顔、荒い石像の様な表情に一変し戸惑う。



 ポンッと背中をたたかれた。


「これが、この子達の現実。

 あんたの言葉と同じ台詞の後に辿ってきた実体験が、こんな表情をさせるんだ。

 あんたが悪いんじゃない、あんたの知らない現実があったってことだ。

 戦えそうか?」


 体の奥底から、何かが吹出してくる、視界が歪んだことに気づいたら。

 涙が止まらなくなった。


隣の部屋の方からは、奥さんの声が聞こえてくる。

「あの子達、大きな怪我はなかったよ。

 大きい子の痣や擦り傷は、あったけどねムサムクの軟膏で消えたよ、足の爪剥がれはアンギル液に浸けて直しといた。

小さい子の背中の烙印は消せなかったの、けど、化膿はしてないわ。


 二人ともマニシの証は来てないようだけど、メノとイニレに裂傷があってね。

 そのせいか聖護印が刻まれてるの、サフォルビーネ使って良いかしら?

 それとね・・・・・・・・」


 平静な顔で何でもないように、医者と治療について打合せをしている。


「このちっこい子の髪がすっごく柔らかいんだ、洗っていくうちに・・・・・・・」

 家政婦が湯あみをさせた時の話を楽しげに話している。


 目を瞑ってなるものか、二人に手を差し伸べて語りかける。

「朝ごはんを頂こう、テーブルに座ろう」

 左右から手を繋いでくる姉妹の手を引き、朝飯が並べられた隣部屋のテーブルまで歩いていく。





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第五話 「まずは飯でも食おうや」


さて次回は

昼飯の魚を釣り上げるブルダック爺さん、立派なカワマスがビチビチと

水を求めて跳ね上がる

手早く締めないと逃げられてしまう、ゆるゆると手を伸ばしていくが、

勢いのあるカワマスは捕まらない

徐々にカワマスが川辺に近づく、屈みこんでようやく尻尾を掴み上げて、

ホット一息、ブルダック爺さん

その時水中に映る大きな黒い影。


次回「第六話 始まりはここから」

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