第4話 タエリテリナの王子様



 開けてくれた扉は勝手口だったのだろう、台所を抜けた先の部屋に出た。

 部屋の中は4メルテと6メルテ四方位で、机と薬架タンスと椅子があるだけの、小さな部屋だ。

 部屋の真ん中の広く空いた床に抱えていた少女を下ろし、背中の少女を隣に座らせた。

 若い女は家政婦だろうか、前掛けを着けながら、こちらを見ている。



「こんな、朝早くから急病人かい、あなた、平民みたいだけど裏口から来たってことは、抜け上がりなの?」

「抜け上がり?よくは解らないけど、ダチュラに入る時に、セロリステンのお伽噺をなぞって案内して来て貰った。上手く通じたようだ」

「ハッ!ハッ!セロリステン!知ったかぶりのアホウじゃないか、よくそんな戯言を信じて通ってきたね、あああ、あんた、孤児院育ちだね。

 ボンクラ話を聞かされて育ってきた口かい。」


 なんて言い草だ、しかし、戯言って言い切られるとはな。


「あああ、そうだ孤児院育ちだ、生憎神様第一な、熱心な信者じゃないし、教会が清廉なんだと思い込むほどの、世間知らずじゃないが、育ててもらった恩は感じている」

「星々の加護持ちが、なんでまた、バルチェの貧民に混じろうとするんだ」

「この子達を連れて、朱の門はくぐれないだろ、巻き込まれちまったが、この子達を置いてこれなかったんだよ、この子達の事を見ても、オオゴトにせずに、診てくれそうな知恵者は、ここの医者しか思いつかなかったんだよ」


「はぁ、そんな子たちは知らないよ、第一ウチとこは真っ当な治療院だ、闇医者でも、裏治療院でもないんだよ。

 大事にせずってってのが良く解らないね。」


「それは言い方が悪かった、すまない、ダチュラでも怪我の治療を断ったり、大げさに騒ぐだけで、通報して終いにされるような医者じゃないって事だよ。

 人が集まるだけで、何も自体が進まないまま、追い出されたら、途方に暮れてしまう」


「面倒ごとに巻き込まれて面倒な所にやってきて、面倒ごとが嫌なのに、面倒な依頼をするって、あんたスノックバ カなの?

 朱の門で憲兵に通報したほうが、あんたの傷は小さかったんじゃないのかい?」



「スノックなことをしている自覚はある、だけど、この子達怪我もしているし、この子たちの仕草がどうにも、気がかりなんだが、怪我だけでも診てもらえないだろうか?

 通報するならしてもいい、けど治療はやってくれないか」


「ふん、ダチュラなら、おかしな仕草したからって気にしたって治しようがないね、でもまあぁ、女の子だものね、怪我は本物みたいだし、いいわ、先生呼んであげる」

「ありがたい、頼むよ」


 女は、姉妹達を見ながら何か書付をしている。


 何とはなしに案内してくれた子供の事を呟いてみた


「案内してくれた子には、セロリステンの物語通りの語りと作法で、ここまで連れてきてくれたから、間違ってなかったと思っていたが・・・」


 その呟きを、耳ざとく聞きつけた女が言った。

「あんたスラグの加護持ちかい?なんて強運な」

「???」

「あきれたね、戯言信じてガラガラ撒いたりしたんだろ、朝早いのが幸いしたね、子供に銭の値打ちなんてわかりゃしないんだよ。


 食いものじゃないから、拾うか拾うまいか迷っただけだよ、その時間を、『盗みでも施しを受けるんでもないって判断する』作法とかってさ、本物のスノックじゃないか、町の法が通じるなら、ここには誰も住んじゃいないよ」


「・・・」


「いいかい、言葉が通じる子達なんて、稀なんだ、戯言の言い回しなんて、ココの子達で理解できる子なんていやしないんだよ」


「あの黒髪の子には通じたようなんだがな」

「!!黒髪のね!、タエリテリナの王子様が案内してくれたのか!

 ふぁっふぁははは、ああおっかしいぃ朝から笑かしてくれるね。

 それじゃしっかり治療してあげなくっちゃね、ふふふ」


そういって女は2階に上がっていく。



タエリテリナの王子様って題材の、お伽話が幾つか有り、有名なのは。

黒目黒髪が特徴の金持ちの息子タエリテリナが、貧民街を無くし町に住まわせ仕事をさせて、みんなで幸せを分かち合おうと孤軍奮闘する青年の話だ。

 貴族や商人からの猛反発を食らいながらも、貧民街の改革をやり遂げた時には、財産を全て無くし友人を失い家族にまで見放されてしまう。

 救済したと思えた貧民たちは、毎日の炊き出しで、只で食事が貰えることを当たり前だと考え、仕事を投げ出し遊び呆けていた現実を見せつけられて、タエリテリナは失意のうちにダチュラに落たものの、襤褸を纏とい泥団子を片手に施しを続けようとして、ダチュラからも相手にされず彷徨い死んだっておとぎ話。


 教訓として「ダチュラに善意を与えるな」と教えられた。


 あの子は、いったい何故ボクに手を貸してくれたんだろう?



 ボクは、床に座らせたままの姉妹に視線を向けると、二人は抱き合ってこちらを見ている。


「もうすぐ、怪我の具合を診て貰うから、暫く我慢してくれよ。

 水袋の水は飲み干していいからね。」


 そう声をかけ、医者の到着を待つ。


 姉は、水袋から一口飲み、妹にも水袋の吸い口を口に含ませ飲ませる。




 2階の床から、ダッダッダダンとした足音と、コッコッとした靴音が聞こえるので思わず見上げた。



 しばらくして、男の声が聞こえてきた。

「なんだい、”シーの鐘”も鳴ってないっ朝っぱらからかよ、

”バルチェの貧民”なんざ、うっ相変わらずスッゲー臭いだな」

「セロリステンの付き人だってさ」

「セロって、ったく、素直に街にはいりゃいいものを、・・・・・・

スノックバ カなのか・・・」


 痩せて白髪のまじった灰色の髪の中年の男が、2階からおりてきた。


 でっぷり太った赤ら顔の医者って噂だったが容貌は違ってた。


 左目をつぶったままの医者が、ボクを指さして。

「あんたかい、厄介事持ち込んできたヤツってのは」


 その後ろから、髪を結い挙げたしなやかな女性も降りてきた。


「朝早くから済まない、東区で細工師をしているカンドだ。

 ベンソンに行く途中で森を抜けようとして、この子達を見つけたんだ。

 怪我をしてるようだし、ほっとけなくて、連れてきた。」



 医者は、ボクの言葉を聞きながら、姉妹たちに近付きしゃがみ込んだ瞬間、いきなり振り向きざま。

「!!!お前さんが、こいつ等を連れてきたって?・・・」


 髪を結い挙げた女が、怯えた姉妹の顔を覗き込み、医者に話しかける。

「あなた、この子達って、まさか・・・」

「ああ、その判断に間違いなさそうだ」

 医者はうんざりした表情を返してきた。


「タエリテリナの王子様が素直に案内して来たってのも、肯ける」

「あの子が・・・そっか、裏が静かなのは、そのお蔭か」

 髪を結い挙げた女は何か感じ取ったようだ。



「おい、あんたは、なんともないのか?怪我はしてないようだが、こいつ等が居た処には、他に誰もいなかったん?・・・だろうな、その様子だと」


「誰かと獣のうなり声とが聞こえ、争った物音は聞こえた、血の跡もあった、静かになるまで、身をひそめて覗きに行ったら。

 その子達がエギラの蔦篭に入れられていて、怪我してたから連れてきたんだ。」


 髪を結い挙げた女が、「カンドあなた、よく無事でしたね。

 おかしな症状も出てないし、エシュレットの守りかスラグの加護か、バニュダンの気まぐれか・・・」

「なんのことか、サッパリなんだが、運が良かったらしいってことは伝わったよ。

 ところでその子達の怪我はどんな具合だい。」


「ああ、手足はともかく、体の方は診てみんとな」


 ボクは、怯えた表情のままの姉妹の傍にしゃがみ込み、話しかける。

「この人達は、医者だ怪我を直してくれる人たちだ。

 体の方が無事なのか、見せてくれないか?」



 すると、二人はおびえた表情が嘘の様に引き、ふっと感情も表情も消え、痛みも無いかのようにすくっと立ち上がり、おもむろに服を脱いだかと思うと。

 姉妹共に足を開いて、小さな尻を、躊躇なくボクに突き出してきた。


「!!!!」

「!!!!」


「!!」

 ダガッ ドガ!!家政婦からの容赦ない蹴りが腹に決まっり、床に倒れ込んだ。


「!!」

 バチン!!ドゴカァッ! 医者がすっ飛ばされていくのが見えた。


「いらっしゃい!」

 語気荒い声が聞こえ、姉妹が毛布にくるまれ、部屋から連れ出されていく様子が、辛うじて見えた。



 吹っ飛ばされた医者が、身を起し、近くの椅子に腰かける。

「イツテテテテ、なんで俺まで、首が?げるかと思った、容赦なしかい。

 まったく、旦那だぞ、俺は!」


 ボクは不意の一撃が、まともに入り、くの字のに倒れたまま動けない、吐きそうだし漏らしそうだ。


「ああうぐ、げほげほ、ぁうーー、何が起きた? 吐きそう、目がチカチカする」

「ふぅぅぅっ、家内の一撃を久々に食らったら、さすがに効いた。」

「奥さん強いのかい?」

「強いなんてもんじゃない、元戦士で大鷲の金印可を賜った冒険者だぜ」

「オオワシ・・・一流どころじゃないか・・・金印可って」

「まぁな、俺の自慢の家内だ、同じセキュアに属して方々を旅して回ったたな。

 尤も俺は飛燕の証だったがな、薬草が専門の元呪い師マジナイシだったんで、医者に転向した。

 あんたを蹴り飛ばした女は、元術斥候、あの細身で飛燕の証まで頑張ったんだがな、あんた良く死ななかったな」


「飛燕の・・・術斥候の一撃って・・・よく助かったもんだ・・・」

 行き成りの事だったが、次第に落ち着いてきたから、医者に聞いてみた。



 

「元でも冒険者なら、あの姉妹のことも何か心当たりがあったんだね、知ってることがあるのかい?」

「ああ、ありゃトッパチの厄介モンだ、アレは奴隷で、しかも無登録だ。

 しかし生きてるなんざ信じられん、初めて見たが、間違げぇねぇ交雑配種だ」

「ん?ん?なんだって、奴隷???コウザツハイシュ?聞きなれん言葉だが」

「そうだな、こんな田舎だしな、ただの平民じゃ奴隷を見ることも無えわな、そこいらを歩いることも無えし、飼われてる屋敷の外に出ることも無え。

 でっかい農場なんかもここいらには無えしな」


「奴隷がいるってのは聞いたことはある、ロレニアンの冒険譚に出てくる。」


「ロレニアン、はぁっ!あんな四方山話の奇麗事じゃ無えんだ、奴隷ってのは、人が人を売り買いして、家畜のイヤイヤ、それどころか使い捨ての便所ブラシのような扱いを受けてるヤツラだ。

 けどな、この王国では奴隷の売買は合法なんだ、

 この子爵領でも所持は禁止されては無えんだ、禁止されては無えんだが、人前ってかオモテに出されることはまず無えな。」


「知られると拙いものなのかい」


「そうじゃ無えんだ、所持も売買も合法だって言っただろ。

 人前に出せるような身綺麗ぎれいな恰好も、仕事もさせてねぇってことで、町で暮らしてる平民には知られてないだけだな。

 貴族の屋敷には、多少なりとも居る、ドデカイ商人や農場なんかでも所持してる家があるな。

 ここの子爵だって、奴隷を所有している。」


「子爵様が・・・」ボクは思わず言葉を失った。


「都合のいい働き手だと割り切れば、便利な者たちだ。

 キケンで汚くて、キツイ仕事でも黙々とこなす、襤褸でも着る物が与えられて、残飯でも飯は毎日食える。

 この界隈の”バルチェの貧民”より、飢えはして無えな。

 華芸街区の華芸娘も、売り買いされた身の上っていや似たようなもんだが、そもそもの扱いが違うがな。」


「・・・・」


「奴隷だとな衝動的な暴力の捌け口なんて日常だ、何かしらの試し事に使われることもある。

 薬品の効きやら武器の試し切りやら」


 聞いていて「うっうげぇぇ」強烈な吐き気が襲ってきて、思わず背負い袋の中に吐いた。


「おいおいおいおい吐くんじゃないよ、咄嗟に自分の背負い袋に吐いたのは、褒めといてやる」



 なんて医者だ、吐いてるボクを冷めた目でみて随分なことを言いやがる。


「この子爵領は、ずいぶん穏やかで過ごしやすい所だぜ、余所じゃ、町のど真ん中で奴隷市が定期的に開かれている。

 働き盛りの男は勿論、年頃の娘だって素っ裸で並ばされて、競りに掛けられていく、見物客共々お祭り騒ぎだぜ。

 尤も安い買い物じゃないから、無下に殺されたりはしないのが一般的だがな」



 冒険者としていろんな処で、観てきたのかもしらんが、こっちは免疫なしだぜ、

キツイ。


「で、あの子達が交雑配種って言ってたが?」


「おうよ、そいつだがな、俺もイカレ野朗のヨタ話しに聞いたことがあるが、実際に居るなんざ思ってもいなかったよ。

 見たのは今日が始めてだ、ただの交配種と違がってよ、なんでも奴隷も一か所に集めて餌だけ食わして放置しとくんだと、すりゃその内子供ができるわな、近親に異民族とかの交配種は良く見るヤツだ。

 珍しくもない、しかしな稀に異種族とか様々が、入り混じって生まれてくるヤツらがいるそうだ。


 何世代に亘る劣悪な環境が、生への渇望からなのか、本来なら入り混じる事のない筈の異種族間交配。


 生まれながらにして奴隷、奴隷の子にして奴隷、親子の繋がりさえ剥奪され、人肌の温もりすら知らないで生かされた奴隷が・・・交雑配奴隷だ。」



 思わず胸でエロールの印を切る、なんてこったい、ゼルサスは何て者を見逃すんだい。



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第四話 タエリテリナの王子様


さて次回は

井戸で水をくみ上げるブルダック爺さん、釣瓶から桶に水を移し、

釣瓶を逆さまにして井戸に投げ入れる

ザッグンとなる音を聞き分け、釣瓶を引き上げる、桶に水を移しては、

何度も何度も汲み上げている。

一抱えもある桶にナミナミと水を溜めて、持ち上がるのかブルダック爺さん、

腰は!膝は!


次回「第五話 まずは飯でも食おうや」


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