第3話 ダチュラの仕来たり



 この二人を便宜上、姉と妹と呼ぶ事にする。

 単純に体の大きさからなんだけど、短髪の子を”姉”と黒髪の子を”妹”と、

 まあ、この子達にもそう呼びかけても通じるだろう。たぶん。


 ともかく、このままにして措く訳にもいかないし、取り敢えず、水袋を差しだし

「二人で飲みなさい」と伝えると。

 姉の方の短髪の女の子が水袋を受け取り、徐に口に含むと、妹の上体を抱え、口移しで水をゆっくり飲ませている。

 そこまで衰弱していたのか二度ほど水を飲ませると、次に自分で飲み込んだ。

 両手で捧げるようにして水袋を差しだしてくるが、ボクは首を振り、

「持っていなさい、またすぐに喉が渇くだろう、好きに飲んでいいから」と言い含める。

 姉は水袋の口を左手で握りしめ、妹を労わる様に抱き寄せる。


 ボクは、二人の前ににしゃがみ込み、目線を合わせて、語りかけた。

「ここは危ないから、あっちの方に移動したい。歩けるかい?」

 と、森の出口方向を指さした。


 二人は何故か寄り添っていた体を離し、二人同時に立ち上がったが、妹は少しふら付いているし、痛みもある様だけど、表情には出さない。

 姉の方は横に立ったまま、手を出さず、妹の歩き出す様をじっと見守っている。

「手を繋いであげて、動けるなら、移動するよ」

 姉の方は、コクとうなずくとサット手を繋ぎ、歩き始めた。

 妹の方も同じく歩き出す、ああ大丈夫なんだなと、ボクが先頭になって歩き出そうとして気づいた。

 二人とも裸足だ、素足でこの森を歩こうなんて、無茶だ。


「ああっと待って、二人とも待って、止まりなさい。」声をかけた時の状態で、二人共立ち止まりボクを見ている。

 ボクは背負い袋の中を探り、足を守れそうなものを探した。

 袋状のものは背負い袋しかない、ただ、運搬用に用意した、縄があった。

 これで、背負子紐の代わりにでもしようかと、3メルテ程度の長さに切り、輪っかを作る。


 二人の近くに寄りしゃがみ込んで、何をしたいのかを説明する。

「裸足のままじゃ、この森は抜けられない、だから、妹を背負っていく、支えに紐を使うが構わないか?」

 二人とも頷くと、途端に感情を消した、表情がなくなった、本当に訳が分からない。

 ま、いいや、とりあえず、妹を背負う、尻の下に輪っかの一本を通し、妹の背中から脇の下を通す、縄の両端をボクの肩にかけ、余った分を胸元で結びなおす。


 途端にムワッとした体臭が匂う、ダチュラに漂う様な匂いだが、今は気にするまい。


 でもって、姉の方だが、3アクレゴロンか5クレゴロン程度かな4アクレはないよな。

 ・・・たぶん。

 ええいままよ、ボクは右腕を姉の膝裏に、左腕を脇に通し、横抱きに抱え上げる。

 「ん!」と「あれ?やけに軽いね」ボクの目算より姉が軽いことに驚いた。

 思わず抱えあげた状態で話しかけてみたら、眼をギュッと閉じてしまったが、別段嫌がっているようには見えない。

 くぅぅぅ、姉の方も結構匂いがきつい、今はいい、今は気にするまい。



「じゃ、このまま森を抜けるから、しばらく我慢してくれよ」

 ボクは女の子二人を抱えたまま歩き出した。

 悪路ってほどの所はなかったし、下映えの草が絡みつく程度で、振り切れないこともない。

 眼前の枝に注意しながら、森の外を目指す、休み休み2アザン程度進むと、漸く森の切れ目が見えてきた。


 森を抜けたところで、風が全身を薙ぐ、森の外周に沿って、町の方向に歩き出した。

 さて村に一度帰るにしても、このままじゃ、町の門は通れないか、保護を求めても、フォルだって通してはくれないだろうな。

 このまま追い出されて、放置されたら、この子達は助からないかも。

 けど、どう見ても厄介ごと満載で、ダチュラ少女っぽい余所者が二人とあっては・・・。

 あ!そうだダチュラだ、ダチュラなら村に入るって訳でもなし、なんとかなるかも。



 ダチュラは所謂貧民窟だ、村の外延部にあり、ほとんどが浮浪児や働けなくなった、人達が身を寄せ合って住んでいる、住むといっても、ぼろ布を掛けただけのテントみたいなところに食うや食わずで生活している。

 澱んだ空気で据えた匂いが立ち込めている。


 ボクも今まで関わってきていないが、ある噂を聞いたことがある。

 どこにでも例外があるようにダチュラに医者がいるって。

 ダチュラ区と町の境目に、評判はどうか知らないが、医者が一人いるらしい。


 医者なら中央で屋敷を構えられるのに、態々町の外延部に居を構え、ダチュラの人達や町の人たちを診ているらしい、鼻の頭が赤く酒臭いってことだが、医者をやってる位だから、物知りではあるんだろう。





 孤児院とダチュラは全く別だ、一言でいえば孤児には将来がある、ダチュラには無い。

 孤児が孤児院に入るには寄付金がいる、金でなくても家・土地・証文でもいい。

 ほんの稀に寄付金無しでも飛びぬけた見目の良さや、賢さや、身体能力の良さ、芸術の才能を認められ、引き取られる子もいる。


 両親を突然なくしても、無一文ではない、家財も有れば、仕事の賃金もある、親戚はいるが、事情で引き取りできない場合、その子に幾ばくかの寄付金を持たせ、孤児院に入れられる。


 突然親が破産したとか、捕縛されたとかで、身寄りがなくなった場合でも、何かしらの家財があればそれらを担保に孤児院に入れる。


 親を亡くした子たちも、すべての財産を取り上げられることは無く、孤児院に入れるだけの金銭を持たせるか、証文を与えることで、孤児院で引き取って貰うことができる。

 これらは子爵様の施策の一つで残された親族・大人たちの義務となっている。


 それらは寄付金となり、運営資金となる、だから額は決まってはいないが、多ければ多いほど、子供の孤児院での立場が良くなる。



 孤児院は教会が運営していて、孤児を育て教育し読み書き計算を教え、その他に裁縫や料理、大工仕事や鍛冶や農作業を行わせ、生活に必要な知識を学ばせている。

 偶に芸術への才能を咲かせる子供もいる。


 そんな子たちが、定期的に開かれるバザーを通し、町の親方に見込まれた子たちは、引き取られていく、もちろん教会はその時に寄進を受ける、巣立った子たちも稼ぎの中から、寄付を続けていく。


 秀でた才能のない子でも、農家に働き手として引き取られていく子もいる、土地を貰える事はないが、食うに困ることはない。

 旦那様次第で結婚もさせてもらえるようだ。

 その他にも、特に優秀な子たちは、教会が聖職者への道を開くこともある。




 一方ダチュラは、体に欠損があったり、体が弱かったり、その日暮らしの貧民の親に面倒が見られずに捨てられた子たちや、人生を転げ落ちた大人たちが、集まっている。

 体が丈夫なら、華芸館やら博打場にでも売られることで、生きていく術はあるんだが。


 華芸館の華売りにもなれない女や、屑拾いも出来ない体の子、何も持たず何もできず髪の一房も売ることもできない闇を抱えた子や大人達。

 身を寄せる場とはなっているようだが、這い出すチャンスまでは、なかなか手に入れられない。





 ダチュラを通り抜けるだけなら、鼻をつまんで通ればいい。

 何か用があるなら、手順がある、ダチュラの入り口といった決まった場所はないが外周部には、浮浪児がたむろしている場所が、いくつかある・・・


 そんな場所で黒髪のリーダーらしき子供に目を付け、近づく。

 視線は向けてこないが、気配は探っている。

 リーダーの近くには、小さい子供達5・6人がが座り込んだり、棒立ちになったりしている。

 裸の子もいれば、襤褸を巻き付けているだけの子もいる。

 ボクが抱えている女の子二人が、いかにもダチュラっぽい女の子ってことが、向こうには判るのか、緊張感を持ったまま、刺すような警戒感が強まっている。


 ボクはズボンのポケットからガラガラを掴み、地面にばらまくと、10を数えた辺りから小さな子たちが、ノロノロと拾い始める。

 リーダー格の子に背を向け、ショウカを投げる。

 しばらくして、拾ったのだろう、少年が声をかけてきた。


「旦那さん、迷ったのかい、町の入り口は、ここじゃないぜ」

「ああ、少し迷ったようだ、マズルの腕からこぼれたようでな、ラホスタンまで失くしたようだ、ヒッポゴバンを知らないか?」

(要約すると、”捨てられた子たちが正気を失って死にかけてる、医者に見せたいが、伝手は無いか”との意味合いの隠語で話しかける。)


 医者に行きたいとダチュラには直接言わない方がいいらしい、ダチュラの人も知っているとは言えないらしいから、回りくどいが、隠語での会話となる。


「旦那さん、影を繋いだんだね」といって歩き出した。

 まだだ、まだ動けない、小さい子供達が顔を伏せ始めたところで、少年の後を追った。

 道すがら、大人も子供も人を見かけるたびに、ガラガラを少しずつ落としていく。



 5ザン程、歩いただろうか、一枚の戸板の前で少年が蹲る。

 そこで僕はももう一度ポケットに手を入れ。

「あああ、ラフネの花が咲いてるじゃないか、香りにつられそうだ。」

(これ以上は関わるな、忘れてしまえってことだ)

 そう言って、ショウカを1枚落として、戸板を潜っる。



 ほっ、なんとか辿り付けたようだな。

 一軒の小屋の裏口を、「ココココココ」と小さく連打する。

 しばらくして扉の外見窓から、若いが成人している小柄な女がヒョイト顔を覗かせ、ボクの顔をマジマジと見つめ、腕に抱えた少女を見ると、外見窓を閉めた。

 ダメなのかな、そう思わずにはいられない。


 カタリと音が聞こえて、扉を開けてくれた、そのまま中に入る。



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第三話 ダチュラの仕来たり



さて次回は

吊り駕籠に寝そべり、昼寝を満喫中のブルダック爺さん、尻ポケットから

垂れ下る手拭いに、愛犬ジョリンが狙いを定めている、前足を屈め尻を上

げて後ろ脚に力をため込む。

寝ぼけたブルダック爺さんの手から、こぼれるセリり豆がカランカッラと

音を立てていく。

塀の上にはヤブサメ鳥が止まりセリリ豆に狙いを定めている、ブルダック

爺さんが寝返りを打ち、尻を突き出した!


次回「第四話 タエリテリナの王子様」


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