第2話 いざないの森



 森の中は薄暗く、陽の光が届きにくい。


 僅かな獣道の痕跡を辿るように、駆けていると巨岩の頭が陽を撥ねて白く見える場所までやってきた。

 あの巨岩の周辺には、草が生えてなくてむき出しの地面が出ている場所で、ちょっとした、休憩場所にもなっている。

 森の中にこじんまりと拓けた不思議な場所で、不思議と獣も毒虫も何故か寄ってこない、そんな場所を知っていたから、森を突っ切ろうと考えたんだ。



 グギャアガグロウ、ガキン!ガキン!「荷はいい!!捨てろ!!街道に抜けろ!」

 いきなり恐ろしい唸り声と、金属のぶつかる音に、怒鳴り合う声が左奥から聞こえてきた。


 直ちに身を潜め、声の響きを確認する、近寄ってくるなら厄介だな、引き返すか、身を潜めて出方を考える、このままだと、トバッチリを食らう。

 大型の獣がいるようだし、動くと見つかるか、どうする?どうする?、巨岩広場とは方向が違うようだが、嗚呼、しゃがみこんだまま動けずにいた。


 程なく、「グゴウゥゥ」グギャシャンギシャンギシャンと獣の咆哮となにやら大きな金属のものを乱暴に運ぶような音が聞こえ、遠ざかっていった。



 助かったのか・・・しばらく身動きできずに、小さくなっていた。

 やがて潜んでいた草むらの小さな虫たちが活動を始めたようだ、体がチクチクする。

 大丈夫そうだ毒虫にやられないうちに、通り抜けよう、いや、引き返そう。

 巨岩広場は諦めて、村に戻ろう、自警団に連絡しなきゃ。


 あーーーーーーーー何があったか、聞かれるな、きっと聞かれる、『争うような声が聞こえた』ってだけじゃなぁ、森の中だしな、なんで森に入ったかも

追及されるな、ボクがみつけた巨岩広場が秘密でなくなるな、んんんっ!



 様子だけでも見ていくか、誰も居なきゃ其れで善し、死体とか在りません様に、怖いもんな、あったらあったときだな覚悟を決めて、物音が聞こえてきていた方向へ歩き出した。




 なにやら、大きな籠のようなものが2つと、荷車の残骸、血痕が方々に散っていた。

 うわ、なんてことだ、血に誘われて、獣がやってくる、早く去らないと。


 ググッと籠が揺れた!ハっと息を呑んだ、ヤバイなんかいる、ヤバイヤバイ、そっと後ろに下がろうとしたところで小さな手が見えた。


 え?人? どうゆうことだ、あの籠は乗り物?イヤイヤイヤ牢か?

 エギラの蔦で作られた鳥籠のような形に担ぎ棒がついている、エギラの蔦籠って、余り程度の良くない人や獣を運んぶ際に使われることがある。

 こんな森の中を、罪人を運ぶ? 

 パっと浮かんだのが、人さらい?どっちにしてもヤバイヤバイ。


 離れなきゃ、助けるなんて、あーー無理だよ、後戻りしながら、 第一、人なのか、妖魔なのか、生きてるのかな・・・視線を向けてしまった。



 なんだよこんな時に、目が良いってのは、あーーもうっ!

 小さな手が動くのが見えた、蔦籠が小さく揺れてる。





 シーンシンシン 耳が痛い、静かすぎて耳が痛い、視界がかすむ。

 ドクドクドクドクドク、ミルダの鼓動がやけに早く大きく聞こえる息が苦しい。

 風の音も草草のこすれる音さえ聞こえない、なんだなんだ、今何が起きてる。

 息がっ!思いっきり吐いた呼吸を忘れていたのか、大きく吸い込んだら音が戻った、その直後。


 「まぁカンド、カンドその泥はなに?どこから持ってきたの」

 「女の子? 貰ったの?ダメよ女の子に返してらっしゃい」

 「オママゴトは・・・・・・・・・・カンド・・・・ね」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」


 遠い昔の記憶がいきなり浮かんだ、母さんの声が耳の奥に響いたが、顔がはっきり見えない、声が遠くに聞こえて、全部は思い出せない・・・。

 知らず知らず、目を閉じていたのか視界が開ける、明るい光が視界を覆う。


 もう一度蔦籠を振り返り、見てみる、小さな手がだらりと横たわっている。

 両手に拳を作り力んでみる、大丈夫、力は入る、覚悟を決めゆっくり蔦籠に近づいて様子を見ると、小さい女の子が入れられていた、水の歳くらいだろうか?


 黒毛の髪の隙間から、グッタリとした顔が見える、生きてるよな?

 死体をこんな籠に入れたりはしないだろう?

 誰ともなく確認しながら近づいて見てみる。

 胸元が動いている、息はしているようだ、持っていた小刀で、茶巾のように留められている蔦籠の先端を切ると、一気に開いた。

 ゴロンと半回転転がり、仰向けになったが、黒い髪が半分顔を隠したままで、見えている片側の目は閉じたままだ。



 もう一つの籠にも人がいるようだな、近づいて見ると、ビクッとしたよ、思わず身を竦めた。

 小さく蹲ったまま、こちらを見ている眼と合った。

 恐怖の眼だ、飛び掛かってこられたら、逃げきれるかな。


 「出してやるから、動くなよ」と、声をかけながら近づくと、恐怖で目を見開いているが、じっとしている。

 縛っている紐を一気に切り、蔦籠が開いた。


 相手の恐怖が伝播する、身が竦む様だ、だけど、動かずにじっとしていてくれてる。

 んっ!んっ!唸ってるのか、息を殺しているのか、唇は固く閉じたまま、見開いた目から涙が流れている。


 襲いかかては来なさそうだ、手を伸ばしながら、「動けるか?立てるか?怪我はないか?」などと声をかけて、近づいていく。

 するとどうだろ、素直に上体を起こし、立ち上がった。


「??????」

 なんだなんだスゴイ違和感だらけだ、呼吸が荒く恐怖に満ちた目を向けているのに、動きには戸惑いがない、躊躇わずに立ち上がるが、蔦籠の残骸から出ようとはせずに佇んでいる。


 女の子だよな、こちらは灰色掛かった髪の毛だが、ボッサボサの短い髪型いやいや、ざっくり切りとられた短髪ってところか。

 麻袋のようなゴワゴワの服?貫頭衣と言った方が分かりやすい、そんな服を着て腰あたりには結ぶものがなく、ズボット着ただけの簡易服。


 背丈は1メルテ4~5アソッテ位かな、山の歳か日の歳位か、胸元が少しふっくらしてる様だし女の子だな。

 顔も腕も足も擦り傷だらけで汚れが目立つ、素足で立つ足には大きな痣が2・3見える、足の爪が割れているのか、血がにじんでいる。


 手を取ろうと、「おいで」籠の中から出てくるように促した。

 すると素直に躊躇いなく蔦籠から出てくる、近づいてきたところで、もう一方の蔦籠の方へ目を向け、「あの籠の中の子、知り合いかい?」と尋ねてみると。

 大きく目を見開き、声にならない悲鳴が聞こえるかのような、反応が返ってくる。


 駆け出しもせず、「うぅぐ、んっ!!」わずかに呻きを漏らしただけで、見開いた目からホロホロと涙が流れる。

 暗がりでは判らなかったが見開いた目は、ミャオマウのように両目の色が違うミャオマウ目虹彩異色・オッドアイだ、身じろぎもせず、駆け寄りもせず、訴えかけることもしないが、身を案じる切ない哀愁は感じる。



「診てあげて、いいよ、行ってあげなさい」

 一瞬こちらを見る目が輝いた。

 すぐさま伏目になりはしたが、涙を拭いもせず、頭を垂れて両手を胸もとで包み込むように握りしめ、片膝をついて礼をすると、小さな女の子に近寄り、そっと抱え上げ、抱きしめる。


 体温を感じたのか、腕や足を摩り気づかせようとしているようだ。

 ボクは濡らした手ぬぐいを、横から差し出したが視線を向けるが、受け取ろうとしない。

「使いなさい」と声をかけると、「ぐぁぁっふ」切なげな弄えを出すと、額を擦り付けるように感謝の意を表し、手ぬぐいを受け取り、小さな女の子の顔をそっと拭っていく、唇を優しく拭き取り、首筋をそっと吹き上げていく。



 姉妹だろうか、姉妹のような関係の他人なのかはまだ判らない。

 小さな女の子が気が付いたようだ、ゆっくり目を開くと「ブラム・・・」と、小さく呟く。

 途端に抱え上げてる女の子が僅かに首を横に振る、小さな女の子はハッとした表情になり、周囲を見てボクを見上げると、ノロノロと体を動かし、小さく蹲る。


「?????」なんだよどういうことだよ、「痛いところは無いかい?動けるか?」と、聞いてみた。


 やはり、この子も、素直に上体を起こしこちらを見る、黒い瞳に生気が戻ってきたようだ、少し朦朧とした様子を見せるが、ビクッと全身に力をいれて、ふら付いた姿勢を止めようとする。

 喋れなくはない様だし、こっちの言葉も理解できている様だ、しかし、怯えた表情がなんとも痛ましい。

 どういう子たちなんだ、この子達、ワカラン。



 小さい子の背丈は1メルテ2アソッテ位か、大きい子と同様に、ズボットしたゴワゴワの簡易服と言うか、麦袋みたいな服を着ている。



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第二話 いざないの森


さて次回は

酒好きなブルダック爺さんが、ご機嫌な様子で畑を耕す、

月替わりの収穫を楽しみに、黄色い種を一つまみづづ、

畝に植えていく、せっせせっせと植えていく。

孫娘のサーニャと一緒にサイレックを収穫するんだと、

ご機嫌な様子で畑仕事に精を出す。

サイレックの種は橙色。

バルダック爺さん、蒔いてる黄色い種はレクショーの種だぜ、

季節が反対だよ。


次回「第三話 ダチュラの仕来り」


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