第6話 ハイン、決意を新たにする

「何も……反応できなかった……完敗だ」


 うつむいたままそう言い、顔を上げないヤムの顔を確認する。……よし、泣いてないな。

 もし泣いていたらどうしようかと思ったが、そんなこともなさそうなので一安心。


「おう。じゃ、俺の勝ちってことで、約束通り除隊の話はナシな。あ、落ち込む必要はないぜ。お前さん程の腕前なら、申請すればもう特別師範や教官が直接稽古付けて貰えると思うぜ。本来なら、卒業前の首席クラスだけの対応だが、お前なら特例ですぐ許可も下りると思うしな。さっきの癖も意識して直せば、今よりもっと強くなるぞ、お前」

 そう言って自分の木刀をヤムに返す。


「悪ぃ。そういやお前の木刀、折っちまったな。ま、授業料ってことで勘弁してくれ」

「……れ」

「え?」

 うつむいたまま、ヤムが小声で言っているので聞き返す。


「……私を、お前の弟子にしてくれ!ハイン!いや、師匠!」

「はぁああああああああ!?」

 ……まいった。この展開は流石に予想していなかった。

 まさかの展開にどう反応して良いか分からない自分に、ヤムが近づいてくる。


「いやいやいや!無理だって!クラスも違うし、そもそも隊士同士で弟子とか師匠とかあり得ないから!」

 自分がそう言うも、ヤムの勢いは止まらない。


「そんなことはない!ハイン……いや、師匠は私の天狗になっていた鼻をへし折ってくれたばかりか、そんな私にアドバイスを実戦という形で伝えてくれ、貴方という目標まで授けてくれた!師匠!どうか私にこれからも色々と指導という形で色々と教えて欲しい!」

 顔が触れんばかりの距離までなおもヤムが詰め寄ってくる。凄いな女の子って。あんだけ動いたのに、ほのかにいい香りするし。


「……落ち着け!距離が近い!……剣のアドバイスぐらいはいつでもしてやる!だがその師匠と言うのは止めろ!……あぁもう!おいイスタハ!教室に戻るぞ!」


 離れたところで一部始終を見ていたイスタハに声をかけ、教室に戻ろうとする。

 が、納得のいかないヤムに咄嗟に手を掴まれる。


「師匠!待ってください!まだ話は……」

 イスタハの方に駆け出そうとしたところに手首を掴まれ、体勢を崩す。慌てて体を反転して体勢を整えようとするも、勢いが付いていたため手遅れだった。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 ……気付けば、ヤムを押し倒すような形で地面に倒れていた。

 掴まれた反対の手に、何やら柔らかい感触が伝わるが、決して故意ではない事だけは理解していただきたい。


「うわぁ……だ、大胆だね、ハイン……」

 両手を口に当てながらイスタハが言う。

「じ、事故だ事故!ていうか、余計なこと言うなイスタハ!す、すまんヤム!大丈夫か?」

 そう言って慌てて体を離しヤムの方を見ると、そのままの体勢で何やら顔を横に向けて赤らめている。


「し、師匠……確かに色々と教えて欲しいとは言いましたが……その……私の言うのはこういう事では……で、ですが師匠が望むのでしたら……その……」

「……ああもう!お前もいい加減にしろ!と、とりあえず教室に戻るからなっ!」


「あっ!ハイン!待ってよ!」

「ああっ!師匠!」


 二人の声を無視して教室へと駆け出す。何やら余計な課題は残ったが、ともあれ、ヤムの除隊という未来はおそらくこれで回避できた。

 ……その代償として、何か色々と背負ってしまったような気はするが。



「あー……疲れた。あの騒ぎの後に座学とか、もう拷問レベルだろ……」

 あれから何とか教室に戻り、疲れと眠気に全力で抗い、何とか授業を乗り切った。早く寮に戻って寝たい。暖かい布団に癒されたい。

 ……が、そう思った次の瞬間、自分のその願いはもろくも崩れ去った。


「お待ちしておりました!師匠っ!」

 教室にヤムが駆け込んでくる。

「げえっ!?ヤム!お前何しにきた!?」


「は?師匠?……あのハインがか?」

「……あの子、確か剣士クラスの子でしょ?何でハイン君と?」

 クラスメイトが口々に言う。……面倒なことになった。


 が、そんな空気の中でヤムが振り返り、一礼した後皆の方に向けて話し出す。


「はい。剣士クラス上級所属、ヤム=シャクシーと申します。本日より私、ハイン様へ弟子入りすることとなりました。……ゆ、ゆくゆくはただの弟子ではなく、それ以上の関係にはなりたいと思いますが……」

 顔を赤らめながら言うヤムの一言で、教室にざわめきが起こる。当然だが。


「……おいハイン!どういうことだ!こんな美人がお前の弟子とか、どういうことだ!」

「裏切り者!お前だけは仲間だと思っていたのに!」

 クラスメイトから口々に罵声が飛んでくる。


「……知るかっ!」

 そう吐き捨て、教室から脱兎の如く駆け出す。


「あぁ!師匠!待ってください!」

 ヤムの声を無視して教室を飛び出し、ひたすら走る。……あの様子だと、もう除隊の可能性は心配いらないだろう。今後の事を考えると色々頭が痛いが。


 ……走りながらも、頭の中で考えていた。

 思えば、イスタハもヤムも、本来自分が過ごした未来では、決してこのような形では出会うことは出来なかった。

 だが、このまま順調にいけば必ず、魔王を滅ぼすための勇士として旅立てるだろう。

 同時に頭の中に、これまでの人生で出会った中で救えなかった数々の仲間たちの顔が次々に浮かぶ。この施設で出会った者、勇者として旅立ってから出会った者たちの顔。


 魔剣の誘惑に抗えず、剣に呪われ狂人と化し、命を落とした男。

 仲間に打ち明けることが出来ず、貴族の家に盗みに入り、罪人として処刑された少年。

 魔族と恋に落ち、叶わぬ恋を憂いて自らの手で命を絶った少女。


 ……数え上げればきりがない出会いと別れが、二十五年の月日の中であった。

 全てを救える訳では無いが、未来を変える事が今の自分なら出来る。


 いいだろう。魔王。お前のこの最後の嫌がらせ、全力で利用してやるよ。

 お前に再び辿り着くまでに、少しでも未来を改変してやる。


 あの頃、あの時、救えなかった仲間たちを、可能な限り一人でも多く救ってやるさ。

 ……そして、今度こそお前を完全に討伐してやる。あの時よりも強くなり、多くの仲間を引き連れて。


 走りながら、俺はそう固く心に誓っていた。


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