第5話 未来改変、ヤム=シャクシー

「へ?手合わせ?……俺と?」

 なおもこちらを見つめる少女に、我ながら間の抜けた声で答えつつ我に返る。


 ……あー。そっちかー。そうだよなー。別に俺、ただ若返っただけで、イスタハみたいな容姿端麗のイケメンに転生したとかじゃないもんなー。


 こちらの様子を怪訝に思ったのか、少女が更に言葉を続ける。

「……聞いているのか?私は、剣士クラス上級所属のヤム=シャクシーだ。お前が自分より上のクラスの連中を複数一度に相手にし、一人で圧倒したという話を聞いた。剣士クラスでも私の相手になる者がおらず、もはやこの施設に留まる意味を見出せないでいた。除隊も考えていたところにお前の話を聞いた。クラスこそ違えども、その腕が本物であるならば、是非手合わせ願いたい」


 ヤムの話を聞きつつも、脳内では別の事を考えていた。

……ヤム=シャクシー、という名前には聞き覚えはないが、そういえば当時、剣士クラスで首席間違いなし、と囁かれていた隊士が突然除隊したという話を聞いた記憶がある。

 ……なるほど、それがこの彼女、ヤム=シャクシーという訳か。


「あー……せっかくだが、腕試しなら他をあたってくれるか?」

 イスタハの時は事情があってのことだったし、わざわざ施設内で決闘の真似事をして、隊士同士で争いごとを起こしたくない。そもそも、下手にこれ以上目立ちたくないし。


 だが、自分の返答に納得がいかないのか、ヤムはなおも食い下がる。

「逃げるというのかハイン!それとも、お前も他の男たちのように女に手は出せぬとほざくか!」

「いやー……別に、そんな訳じゃないけどさ」

 さて、どうしたものかと考えあぐねていると、ヤムがいきなり木刀を振りかぶってきた。


「問答無用!」

「おっと!」

 ……早い。咄嗟にかわしたが正直、あくまで優秀といっても、施設内でのレベルだと思っていたが、予想以上の剣の速さである。

 ぶっちゃけ、当時の自分であれば今の一撃をかわせず、手痛いダメージをもらっていたことだろう。


「ほう……今の一撃を避けるとは。やはり噂は間違いなかったようだな。さぁ、剣を取れ」

 どうやら、上手くはぐらかすのは無理そうだ。……こうなったら仕方ない。


「はぁ……分かったよ。そんなに言うなら相手してやるよ。ただし、負けた時は素直に負けを認めろよ」

「無論だ。仮にそのようなことがあれば、何でもお前の言うことに従おう」

 地面に置かれた木刀を手に取りながら考える。先程の一撃を見た限り、ヤムの実力は確かに本物である。


 ……だが、自分が勇者となり世界を救う直前に至るまで、道中ヤムの名前を耳にしたことはなかった。ということは、施設を除隊した後にどのような道を歩んだかは分からないが、結果として道半ばで倒れたか、才能を開花させるには至らなかったのだろう。


 イスタハのように上手くいくは分からないが、もし彼女が正しく剣の道に進めば、将来絶対に優秀な剣士になる。そう思い、彼女の相手をすることを決めた。


「じゃあ、あともう一つ。もし俺に負けたら除隊すんのは止めろ。少なくとも、俺に勝てるまではな。それを約束するのが条件だ」


「……ふん、既に勝利宣言とはな。良いだろう。本当にお前がそれだけの実力者であれば、むしろお前に従おうではないか」

 そう言って笑い、木刀を構えるヤム。良い構えだ。日々の鍛錬をしっかり積んでいる証拠だろう。


「今の言葉、忘れるなよ。よし来い。稽古つけてやんよ」


「笑止っ!」

 次の瞬間、ヤムがこちらに突きを放ってきた。


 やはり早い。まだまだ動きに無駄な部分があるものの、的確に相手に対して攻め立ててくる。確かに、この若さでこれだけの才があれば、同年代が相手では荷が重いし、自身の実力を過信してしまうのも無理はないだろう。


「くっ……!避けてばかりか、貴様!そちらからも打ち返してこい!」

 ことごとく攻撃をかわしているため、ヤムの表情にも焦りが表れ始める。もう少し煽ってみることにする。


「ほらそれ、突きの前に手首を返すだろ。それが無駄な動きに繋がるし、次にどこを狙うかがバレバレなんだよ。あと、踏み込みの前に視線をずらすな。せっかくの勢いがそこで減速してるぞ」

 こちらのアドバイスに苛立ったのか、再びヤムはこちらに勢い良く向かってくる。

「ふざけるなっ!」


 避けてばかりではどうやら逆効果のようなので、今度は素直に木刀で受け流してやる。

「どうした?狙いが散漫になってきたし、動きが荒くなってきてんぞ。がむしゃらに振り下ろすだけじゃ駄目だ。しっかり定点を狙って、切ることを意識しろ」


 衝撃を受け流しながら会話を挿みつつ、今度はこちらからも攻めに転じる。

「なっ……!早っ!」

 こちらの反撃の速度が予想外だったのか、戸惑いながらヤムが防御に回る。


「ほらほら、どうした!勢いが弱くなってきたぞ!しっかり打ち返してこい!」

 若干速度を速めてヤムに打ちかかる。手を抜いているとはいえど、この速度にそれでも反応して木刀で打ち返してくる。……やはり優秀である。


 それだけに、この才能を腐らせてしまうにはやはり惜しい。彼女には是非、この才を活かして素晴らしい剣士の道を歩んでもらいたい。

「くっ……このっ!このおっ!」

 もはや基本の型も構えも忘れ、ただただこちらにがむしゃらに木刀を振りかぶるヤム。


(……ん、ここまでかな)

 これ以上続け、ヤムの心をへし折ってしまっては元も子もない。彼女には、これからもっと剣士として高みを目指してもらう必要があるのだから。


 ヤムの一撃を打ち払い、後ろに一歩下がり距離を置いて木刀を構える。

(……木刀だし、このレベルなら今の自分でも大丈夫だろう)


「おいヤム、しっかり木刀そのまま構えていろよ。怪我したくなけりゃな」

 ヤムが何か言おうとする前に、木刀を振るう。


「……『烈風斬ウインド・ブレード』!」


 次の瞬間、自身の刀身から放たれた風の刃が、ヤムの木刀を叩き割った。


「な……い、今のは何だ……?た、太刀筋が全く見えなかった……それに、木刀が触れてもいないのに折れただと……?」

 折れた木刀の根元部分を構えたまま、ヤムが呆然としている。それを無視してヤムの様子を確認する。


「大丈夫かヤム?衝撃で手首、傷めてないか?……うん、その様子だと大丈夫そうだな。やっぱお前、才能あるわ」


「いいから答えてくれ!ハイン!何なのだ!今の技は!」

 こちらの言葉を無視してヤムが詰め寄ってくる。いや、近い近い。


「落ち着けって。数ある剣技の中の一つだよ。『風』の力を借りて剣に乗せ、自分の斬撃に衝撃を乗せる技だ。修練を積めばお前にもそのうち出来るようになるよ」

 そう言うと、ヤムは折れた木刀を手から落としてうつむいた。


「私の……負けだ……」

 うつむいたまま、ヤムがぽつりと小さな声でつぶやいた。


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