第4話 イスタハと世間話、そして新たな出会い

「お待たせハイン!遅くなってごめん!」


食堂の前でぼんやりとメニューを眺めていると、授業を終えたばかりであろうイスタハが、息を切らせてこちらに急いで駆け寄ってきた。


「おぅ、全然大丈夫だぞ。それより聞いたぜ、イスタハ。お前、この前の魔法の試験の成績もダントツでトップだったんだってな」

 そう言うとイスタハは照れくさそうに頬をかき笑う。


「う、うん。なんとかね。それで、授業を終えたらクラスメイトに授業の内容の質問をされて、教えていたら遅くなっちゃって……」

「だから気にしてないっての。さ、早く飯にしようぜ」

 そう言って二人で改めて食堂に向かう。


 あれからすぐ、困惑するイスタハをどうにか説き伏せ、自分同伴のもと、教官に改めて適性検査を依頼した。

 検査の結果はやはり、というか当然ではあるが、イスタハには『黒及び白魔法、精霊魔法の類まれなる素質有り』との判定が出た。


 その判定結果にイスタハ自身は最初こそ戸惑っていたものの、施設内でのクラス変更による編入はさほど珍しいことではなかったため、イスタハの魔術師クラスへの編入は本人が意外に思うほどすんなりと受け入れられた。


 ちなみに、例の連中はあれからというもの、自分たちを見かける度にこそこそと、どこかへ逃げるように移動するようになった。

 何人かの連中にはあの情けない有様を見られていただろうし、除隊こそしていないものの、今までのように横暴に振舞うことはもう不可能だろう。


 最初の頃こそ急なクラス編入に戸惑っていたイスタハであったが、悩みの種であったイジメから解放され、自分の長所を存分に発揮することが出来、かつそれが教官やクラスの皆に評価され、多くの人に認められていくうちに自然と明るくなり、かつてのイスタハとはまるで別人になっていた。

 その証拠に、自分の呼び名も最初は君付けだったのに、今では自然と呼び捨てである。定食のプレートを受け取り、二人で空いている席に座る。


「ハインには本当、感謝してもし切れないよ。……もし、あのままだったらきっと、僕は施設を抜け出してどこか遠くに逃げ出してしまったと思うからさ」

 ……思う、じゃなくてお前は実際に逃げ出しちまったんだがな、と心の中で思いつつも適当にはぐらかす。


「……さぁ、どうだろうな。まぁ何にせよ、今のお前が楽しそうで良かったよ。さ、冷めないうちに早く食おうぜ」

 そう言ってイスタハを促し、自分も定食に箸を伸ばす。


「……ハイン、ご飯とおかずのお替り、それぞれ二回目?さ、流石に食べすぎじゃ……」

「あ?しょうがねえだろ?食欲が止まらねぇんだからさ」


 十代の若さに戻った反動だろうか。年齢的に受け付けなくなっていたはずのから揚げを始めとした脂っこいような食べ物や、濃い味付けの肉類が美味くてたまらないのだ。四十路を迎えてからというもの、野菜や魚ばかりを中心に食べていたはずが、この姿に戻ってからは、胃もたれや食欲不振とは無縁の生活になっていた。

 美味しいものを、欲望のままに食べたいだけ食べられる。……若さとはそれだけで素晴らしいものである。


「人のことより自分の心配をしろってイスタハ。何だお前、サラダにスープ、それっぽっちのパンだけで足りんのか?ほれ、から揚げ一つ分けてやるよ。食え食え」

「ぼ、僕はこれで充分だから……」

 そう言って固辞しようとするイスタハの皿に、無理矢理から揚げを乗せる。


「いいから食えって。若いうちに沢山食わないと、年取ってから後悔すんぞ?」

「……ハインってさ、たまに凄く年寄り臭くなるよね」


「ぐっ」

 ……痛いところを突かれる。まぁ、実際に中身は四十路のおっさんなのだが。


 思い起こせば、当時も自分より若い子がパーティーに加わると、酒場や飯屋に行く度に同じようなことを何度もやらかし、若い子らに苦笑されていたことを思い出す。

「……うるせぇ。自覚はしてるよ」

 そんな軽口を叩きあいながら、二人で食事を済ませた。


「あー……食った食った。でももうちょっと食おうと思えば食えたなー」

「……あれだけ食べたのに?どんな胃袋してるのさ、ハイン……」

 食堂を後にして、二人で校庭に出る。午後の授業にはまだ互いに空き時間があるため、ベンチで他愛もない世間話に花を咲かせる。


「はぁ?……お前、まーた告白されたのかよ。……さすがイケメンは違うねぇ」

 世間話を続けていると、困った顔でイスタハが報告してきた。これで何回目だろうか。

 まぁ無理もない。元々ストレートの亜麻色の髪と瞳、中性的で整った顔立ちのイスタハである。そもそもイジメのきっかけもそれに対する妬みからだろう。


 ましてや、今のイスタハはそのイジメから解放され、自分の才覚を存分に発揮できる環境にいる訳だし、人が変わった様に明るくなった。才能を鼻にかけることもなく、誰にでも優しく接する。まだ少し引っ込み思案なところはあるが。

 そんなイスタハがモテない訳がない。こちらからしてみれば誠に贅沢な悩みである。


「そ、そんなことないから!ていうか、ハインだってあれだけ強いんだし、モテるでしょ?」

「……泣くぞお前。声を張り上げて、今すぐ大声で泣くぞ」


 悲しきかな、イケメンには人の心が分からないと見える。容姿端麗なイスタハと違い、こちらはどう贔屓目に見ても十人並みの容姿である。髪だって普通の黒髪だし、伸ばしても似合わないから常に短くして逆立てている。神様って本当不公平。

腹いせに本当にイスタハの前で泣いてやろうかと思っていると、自分たちのところに、一人の少女が近づいてきた。凛とした雰囲気、白い肌に青い髪がよく映える、クール系の細身の美少女である。


「……ほらほらイスタハ。またお客さんだぞ。モテる男は辛いねぇ。じゃ、俺はクラスに戻るとするわ」

 そう言って立ち上がり、教室に戻ろうとするが、少女は自分の前に立ちはだかる。


「ハイン=ディアン。お前に話がある」

「……へ、俺?イスタハにじゃなくて?」


 マジか。イスタハの未来を変えたことで、他の未来も変わったからであろうか。少なくとも、二十五年前に自分に対して、こんなふうに異性から声がかかる機会が起こることは卒業までの間にただの一度としてなかった。


 ……自分で言っていて心底悲しくなるが、事実だから仕方がない。だからこそ、自分にこんな事が起こるとは思ってもみなかった。いやぁ、奇跡ってあるんだなぁ。

 そんな事を頭で考えていると、少女はこちらに木刀を差し出して言った。


「ハイン=ディアン。貴殿と手合わせ願いたい」


 木刀を差し出したまま、少女はきりっとした表情でそう言った。

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