第3話 未来改変、イスタハ=バーナン

「がはっ……!な、なんだてめぇ!いきなり何しやがる!」

 派手に吹っ飛んだ男が殴られた顔を押さえて立ち上がる。


「……情けねぇことしてるからだよ。うずくまっている相手を何度も執拗に叩くのが、仮にも勇者クラスのやることかい?随分と傲慢な勇者様なことで」

 答えながらイスタハに手を貸し、立ち上がらせようとする。


「ほら、立てるかイスタハ?ひとまず救護室に行って、手当てしてもらうぞ」

「えっ……?あ、あの……ありがとう…」

何が起きたのか、と困惑しながらも立ち上がるイスタハ。木刀で何度も叩かれていた割には大した怪我でもなかったようなので一安心する。


「……待てよ、おい。俺に一発浴びせておいて、そのまま立ち去れると思ってんのか?」

振り返ると先程の男と、取り巻きの奴らが何人か集まり、木刀を構えている。やれやれと思いながらもイスタハに声をかける。


「悪ぃなイスタハ。ちょっとだけ待っててくれ。あと、お前の木刀借りるぞ」

 そう言って地面に転がっていたイスタハの木刀を借り、連中に向き直る。


「ほら、相手してやるからかかってこいよ。面倒だからまとめて来い」

 そう言って軽く挑発すると、連中から期待通りの反応が返ってくる。


「っ……この野郎!なめやがって!おい!やっちまうぞ!」

 そう言って連中が一斉に襲い掛かってくる。


……遅い。いくら自分が全盛期の頃にはまだまだ及ばないといえども、感情のままに振り回される攻撃など、目を閉じてでも容易に回避出来る。

相手が武器を振りかぶる間に距離を詰め、一人目の腹を打ち据える。返す刀で背後に立った二人目の木刀を叩き落とす。


 あっという間に二人がやられた事に狼狽したのか、動きの止まった連中の背中に回り込み、手加減した一撃を放つ。あっという間に、取り巻き連中は地面に崩れ落ちた。


「なっ……お前確か、初級クラスだろうが!なんでお前みたいな奴が初級に……」

当然だ。当時の自分は確かに初級クラスだが、仮にも卒業時は首席候補で勇者クラスを卒業したのだ。ましてや、仮にも世界を救う寸前までいった男である。


 全盛期の筋力や反応速度にこそまだ遠く及ばぬものの、二十五年の間で積み重ねた知識や経験はこの程度の連中が相手であれば、文字通り目をつぶってでも余裕である。


「さぁね。あんたらが単純にそれ以下の実力ってことなんじゃないですか、先輩?」

 自分の言葉に、激昂した男が木刀を振りかぶり突進してくる。


「ふざけるなっ!俺は!由緒正しきビエケー家の……」

「知らねぇよ」

振り下ろされた木刀を弾き返し、木刀でさっき殴った方と反対側の頬を引っ叩く。これで両方が腫れ上がるから釣り合いが取れるというものだ。


「がはっ……」

手加減こそしたものの、私情が入って先程の連中より思わず強めに引っ叩いたため、しばらくは起き上がれないだろう。

 男が完全に気絶しているのを確認して、未だに膝を付いたままの取り巻き連中に声をかける。


「……さて、どうします?まだやりますか先輩方?こっちはいくらやっても構いませんが、今度は手加減しませんよ?あ、分かっているとは思いますけども、先生や師範に報告したら、『初級クラスの後輩を集団でいじめていたうえ、同じ初級クラスの相手に多対一で挑んだくせに、みっともなく惨敗しました』って事も全部明るみに出ますんで。ま、こっちは反省文程度で済むと思いますが、そちらは謹慎、最悪除隊処分になると思いますのでよろしく」


自分がそう言い放つも、全員下を向いたまま一言も発しないため、了承の沈黙と受け取りイスタハの元へ戻る。


「ほい、木刀返すぜ。サンキュなイスタハ。あ、あいつの横っ面引っ叩いたから、汚ねぇし後でよーく拭いといた方がいいぞ。じゃ、ひとまず救護室行こうぜ。時間経ったらあいつも救護室に来ることになると思うし」


「あ、あの、その……ありがとう。でも、何で……」

未だ状況が理解できずにイスタハは困惑しているようだ。まぁ無理もないことではあるが。


「まぁまぁ、後でおいおい、な。話は怪我を見てもらってから、な?」

 そう言ってなおも戸惑うイスタハの手を強引に取り、救護室に向かう。


「お、お疲れさん。どうだった?」

 救護室から戻ってきたイスタハに声をかける。


「うん。打撲と擦り傷程度だから問題ないって。塗り薬と、その上から包帯結構ぐるぐると巻かれちゃったから、見た目は少しみっともないけどね」

 そう言って苦笑するイスタハに、水の入った瓶を渡してやる。


「そっか。それなら良かったよ。じゃあ授業もないし、向こうでちょっと話そうぜ」

 二人で人気の少ない校庭に向かい、ベンチに二人で腰掛ける。


「……それでハイン君……だよね?何で、僕を助けてくれたの?自分も目をつけられる事になっちゃうのに」

座って早々、イスタハが聞いてくる。まさか馬鹿正直に『未来のお前の行く末を知っているからだ』とも言えないため、適当にはぐらかす事にする。


「別に……あいつらを見ていて、俺がただ単純にムカついただけさ。なぁイスタハ、俺も聞いていいか?何であいつらに絡まれるようになったんだ?」

 そう言うと、イスタハが躊躇いながらも口を開く。


「それは……多分、あのグループのリーダーの片想いの相手に、僕が告白されて、それを断ったから……かな。あと、僕の得意な魔法の全体実技試験で、上のクラスの彼らより評価が高かったのもあると思う」


……聞いて呆れる。しょうもない奴らだと思ってはいたが、理由は更にしょうもない。

そんなくだらないことがキッカケで、過去のイスタハは長い間苦しみ続け、最終的に人間側の敵に回ることになったのか。もう少し強く叩きのめしてやれば良かったと後悔する。


「はぁ……なんだよそりゃ……本当情けない奴らだな。まぁ、あれだけ叩きのめしてやったし、しばらくは大人しくしているだろうけれど、また何かあったらすぐ俺に言えよな。性懲りもなくまた絡んできたら、さっきよりもっと痛い目に合わせてやるからさ」

 そう自分が言うと、やっとイスタハが笑った。


「うん、ありがとうハイン君。その……良ければだけど、僕と友達になってくれる?」

「バーカ、もう友達だろ?おう、こちらこそよろしくな、イスタハ」

 そう言ってイスタハと握手を交わす。イスタハが嬉しそうにまた微笑む。


「ところでイスタハ、もう一つ質問があるんだが聞いていいか?……お前さ、なんで勇者クラスに入っているんだ?お前さん、自分で言っていた通り、魔法の方が得意だろ?」

 ずっと疑問に思っていたことをイスタハにぶつける。


「それは……多分バーナン家の家柄が理由だと思う。死んだ父さんが、多少名前の知れた剣士だったから。子供の頃、嫌だったけど父さんから剣技の手ほどきは受けていたし」

「……なるほど、それが理由か。じゃあ俺たちのような孤児みたいにお前は、じっくり適正検査を受けた訳じゃないんだな」


剣士の家柄の息子、ということで多少おざなりに適性検査が行われたのだろう。勿論、 全く剣技の才能がなければ最初から魔法使いや司祭等のクラスに進めただろうが、皮肉なことに多少なりとも適正が認められ、勇者クラスに入れられてしまったのだと察しがついた。

 それら不幸の偶然の重なりが、彼を未来の悲劇のルートへ進ませてしまったのだ。


 ……つまり、既にここでまず、一つ未来が変わったのだ。

 彼が施設を飛び出すきっかけの芽は、今こうして自分が摘み取った。次は、イスタハを正しい道に進ませる必要がある。

……そう、『人類の敵』ではなく、『世界を救う魔術師』への道に。


「……なぁ、イスタハ。一つ、俺に提案があるんだが」

 そう言った自分の顔を、不思議そうにイスタハが見つめる。


「お前さ、適性検査……もう一度受けてみないか?きっと、前とは違う結果になると思うんだ」


 そう言った自分の言葉に、イスタハは不思議そうな顔をして目をぱちくりとさせた。

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